~物語全体の伏線・・?~″ウェルダン″さんの断罪ショウ 第1話
視点が変わります。上手くは言えませんが、とりあえず伏線回です。
※追記※
残酷な描写が強めな展開なので、苦手な方はこの先ご注意下さい
m(_ _)m
同日のこと。関東圏某所にて。
「は、っはあっ、くそ・・・・・・っ!」
ダッ、ダッ、ダと、ぼんやり薄暗い路地を一人駆ける男の姿がある。鉄道駅のすぐ側、高架下の狭い道。他に人の姿はなく、そろそろタクシーの深夜料金三割増が始まる時間帯。
時おり、結構な速度で一台また一台と車が通過していくが、息せき切っているこの男には車道から縁石を一つ挟んだ向こうの歩道に移動する余裕もないらしい。迷惑そうな表情で、車の運転手がルーフ越しににらんでくるのも、そんなの知るかという様子だった。
実際、気を遣っている余裕などない。
もう、ヤバい。何でヤバい、マジでヤバい・・・・・・。
「何でこうなるんだああああああっ!?」
心から絶叫する。
自分が、こんな目に遭う、意味が、分からない・・・・・・。今日まで、普通にやってきた。
悪いことなんて、何一つ・・・・・・っ。なのに、こんな目に・・・・・・。
「ちっ、ちっ、チィイ・・・・・・っ!」
苛立ち紛れに幾度も舌打ちし、来た道を行こうとして、しかしやっぱり違うという様子で、視界の端に見える横道を選び、そちらに駆けていく。
ビィッ、という車のクラクション。「うるせぇ!」と、急に道路を横断した男の方がそちらを怒鳴りつけて、しかし少しも立ち止まったりせず、その細い路地に入っていく。
「は、っはあっ、はあ・・・・・・っ?」
その細い路地、ふと入り口の開け放たれた建物が目に留まり、そこへと入っていく。
郵便受け、階段、エレベーターの扉・・・・・・コンクリートで覆われた、古びた雑居ビル。エレベーター前の開けたスペースまで行き、入り口から自分の姿が見えないよう隠れる格好で、ベージュ色の壁に力なくもたれかかった。
「あ、はあ、はあっ、はあ・・・・・・っ、くそ・・・・・・っ!」
イライラと、横っ腹の痛みがするのに顔をしかめつつ、つかの間、男は呼吸を整える。ほとんど坊主頭な金茶色のスキンヘッドを、何度かガシガシかきむしる。ようやく少し落ち着いたところで、その雑居ビルから出ようと階段を下りかける。
「っ、ッ!?」
ふと目線を上げた瞬間、男の顔に戦慄めいた恐怖が張りつく。ビルの入り口、天井いっぱいまで覆いそうなくらいデカい″黒い影″--それが、静かに佇みながらこちらを--
「くっそおおおおおおっ!!」
再び絶叫し、他にどうすることも出来ず、男はビルの階段をガンガンガンっと駆け上がっていった。二回、三回、四回と段差のステップを踏み・・・・・・最終的には屋上含め五階分くらいの高さまで上ったことになるが、無論、男にはそんなことを認識する余裕などない。
階段を上がりきり、バタンと、これまた入り口と同じく施錠されていない扉を開けて、開けた屋上へと飛び出すしかなかった。
「どこに、どこにっ、どこに・・・・・・っ!?」
屋上のあちこちを行ったり来たり、隣の建物に飛び移れそうかと、すぐにそんな算段をする。
結論を言うと、それは無理だった。周りはこのビルより高い建物ばかりで、逃走を考える男にとって完全などん詰まり状態、最悪な場所なのである。
「くっそ・・・・・・っ!」
決まり文句のように悪態をつくものの、もう声の限りに叫ぶことはしなかった。それだけ本格的に追い詰められたのである。誰に・・・・・・いや違う、何に・・・・・・?
「いい加減に・・・・・・っ!」
バサッと、むしるように上着のスカジャンをどかして、ジーンズの右ポケットに手を入れ、そこからスマホを取り出す。ジャラッと音がしたのは、メタリックなドクロやらヘビやら何かのエンブレムやらといった、ストラップのアクセサリーが多いため。
「いい加減にしろよ、オイ!?」
そのジャラジャラしたスマホに向かって、やっぱり再び絶叫した。その画面には、さっきから同じグラフィックと文章が、ずっとそのまま映っている。
【ウェルダンさんが断罪の判決を下しました】
という、黒と橙色が織り交ざった物々しい感じのポップアップ、その下に続くもうひとつの文章。
【Syogoさんに極刑の判決が下されました】
という、これまた黒と橙色の物々しい感じの。
要するに、このスマホの画面に映る文章のせいで、この男はさっきからから全力で逃げ回る羽目になっているのだった。
「何で俺なんだ、何で俺なんだ、何でっ!!俺なんだよっ!?」
ダン、ダン、ダンッと何度も地団駄を踏み、スマホに向かって怒鳴り散らす。しかしそんなことを繰り返しても、何かが変わるわけもなく。
「どうすんだオイ、どうすんだオイ、どうすん・・・・・・?」
その場を忙しなく行き来し、何度も何度も頭をかきむしる。ふと、イヤなものを感じたかのように、男の歩みが止まった。
「ッっ・・・・・・!?」
屋上の入り口、開け放たれた扉--このスキンヘッドの男より大柄だとひと目で分かるほどデカい″黒い影″--男が恐れる″ソレ″が、やはり静かに佇んでいた。
「う、あ・・・・・・」
逃げようとした。どこに、とかではなく、とにかく逃げようと。しかし次の瞬間、男は自分の身体がドンという衝撃に襲われ、一歩も動かぬうちに何もかもがどうにもならなくなるという感覚を味わった。
「痛っ・・・・・・!?」
衝撃に思わず閉じてしまった目を、恐々、薄っすら開けてみると、一面黒い視界・・・・・・自分の身体が、その″黒い影″に捕らわれた状態で、ほとんど宙吊りにされている、その点だけを理解した。
「テメ、何しやがる・・・・・・っ!」
とりあえず、男の方はそう口にするしかない。ついでに「放せ!」も「降ろせ!」も口にしてみた。しかしまぁ、状況が変わるわけもなく。
しかし、自分は″黒い影″の何に掴まれているのか・・・・・・手か、足か・・・・・・まあとにかく、人間の型に近い肢体をしているのは何となく見て取れたので、全くどうにもならないわけではなさそうだと思う。
男が今感じている恐怖みたいなものも、段々落ち着きを取り戻しつつあった。
『ヒドい顏してるな。″ショウゴ″さん?』
と、男の表情に再び恐怖と、更に驚きの気色が同時に浮かんだ。目の前の″黒い影″・・・・・・″コレ″がいきなり喋ったというか何というべきか・・・・・・とにかく目の前の″コレ″から、拡声マイクが遠くまで響き渡るような声が発せられたのである。
『まあ、初めてだし、ビックリするよね?あ、あとハンドルネームに″Syogo″って書くと、読み方は″ショゴ″ってなっちゃうよ?ローマ字で読ますなら、″u″を入れて″Syougo″にしないとさ。″ショウゴ″さんには、ならないかな』
人間的な・・・・・・しかし無理に機械で変声されているような、温かみのない声。無論、聞き覚えなどない・・・・・・と言いたいところなのだが、しかし男はこの声を知っていた。
″コイツ″のせいで・・・・・・自分は今、こんな目に遭っているのだから。
「″ウェルダン″さん、か?アンタ・・・・・・?」
ひとの名前を呼ぶ、そんな調子で、男は息も不満足に途切れ途切れそう呟く。ふと思い出したかのように自分の身体をよじり、スマホはどこか・・・・・・それが、いつの間にか自分の手から屋上の床に落下していることを知る。″黒い影″と、そのスマホに向かって、何度も何度も必死に目線を向けた。
「なあ、おい、″裁き″なんかやめてくれよ!俺ら、上手くやってただろ?″チャット″も盛り上げてたし、″ゲーム″だって楽しくやってたし、何より俺、何も悪いことしちゃいない!!そうだ、そうだろ、なあ!?」
必死の形相。まるで旧来の友人に懇願するかのように、男は″黒い影″を正面から見つめる。
その″黒い影″は--顔などないため表情も分からないが--かすかに身じろぎをして、まるでため息でもついたかのような間をひとつ取り、周囲に響くようなその機械めいた声で、再び言葉を発した。
『″ボク″が、″誰″なのか・・・・・・本当に、分からないのかな?』
ジッと--目のひとつなどもないため、やはり分からないが--その″黒い影″が、男を見つめ返そうとするかのように、気持ち少しだけ、男にその頭らしき部分を近づけていく。男はそれに恐怖しつつも、それをにらみ、そして今言われたことを反芻するかのように、思考も巡らせた。
「誰って、アンタは・・・・・・″あのコミュニティの管理人″で・・・・・・?」
『そうそう、それで?』
一、二度、縦に頷いてみせたかのように、″黒い影″が上下に揺らめく。その足元がするりと--二本の足などもなく、まるでカーテンの裾みたいに見える足が--それが、思考に夢中な男に気づかれない程度に、徐々に滑るように前進し始める。
「だから俺は、″アンタに招待されて″ソコに入って・・・・・・?」
『うんうん。そうだったね?』
男を掴んで宙吊りにしたまま、するすると、やがて屋上の、フェンスで仕切られたひと隅まで滑りついた。
そして・・・・・・″黒い影″の胴体らしき部分、そこから伸びる二本の腕のようなものに掴まれた男の身体が、いつしか、ぶらりと屋上から空中に垂れる、そんな危うい状態になっていた。しかし思考に夢中な男はそれに気づくこともなく、まだそれを繰り返していた。
「だからアレだ、″メンバーの多数決″で、″【断罪ショウ】を開くことに″なって・・・・・・?」
『・・・・・・そう。いや、正確には″開かせた″、だな。ゆっくりゆっくり、みんなで仲良しごっこのコミュニティ運営なんかしながら、時間をかけてね?』
と、ここで、″黒い影″の機械めいた声に、かすかに、初めて人間的な熱っぽさがこめられたようである。それは男の思考のニブさを茶化すような響きにも聞こえるし、男が早く答えを出さないものかと、その瞬間を待ちわびているかのような響きにも聞こえる。
しかし、そこで男の方がしばらく無言になってしまい、屋上の辺りは途端にシンと静まってしまう。″黒い影″の方は『仕方ないな』と言わんばかりに少し身じろぎし、やはり男の身体をガッシリと掴んだまま、男が考えをまとめるのを辛抱して待った。
やがて、そのときは訪れる。
「だから、要するに・・・・・・?いや、だから、アンタは、つまり・・・・・・最初から″俺のリアルを知っていたヤツ″で・・・・・・?」
この答えを待っていたとばかりに、″黒い影″は初めて感情をあらわにしたようだ。その黒い巨体を、ブルリと大きく震わせる。
『もちろん。ずっとずっと、君のことを知っているさ。当たり前だろう?ねえ、″Syogo″さん・・・・・・いいや、違う、違うよ。ねえ・・・・・・″ヌマダ ショウゴ″君?』
ニヤリという擬音が聞こえてきそうなほど、その″黒い影″の声にはっきりと、ほくそ笑みの気持ちがこめられて--
「っ、テメエええええええっ!!!!」
自分の、リアルーーつまり″本名″ーーを呼ばれた瞬間、男の、つまり″ヌマダ ショウゴ″の顔に、はっきりと怒りの感情が浮かび出た。そしてその瞬間、男は自分の身体が未だに拘束されたまま、屋上のてっぺんで宙吊りにされている事実を、あらためて認識したようでーー
「くそ、チクショウ・・・・・・っ!放せ、放しやがれコラァっ!!」
矢継ぎ早に悪態をつき、身をよじって何とか″黒い影″の拘束を解こうとする。しかし男がどんなに力を振り絞っても、″黒い影″の両手・・・・・・らしきもの、は、びくともしないのだった。
「俺が一体何をしたあっ、何の恨みがある。言え、いいから言いやがれええええええっ!!!!」
それでもジタバタと諦めずに、男は″黒い影″に向かってわめき散らす。
『本当に、本当に・・・・・・?自分がやってきたこと、本当に分からないの?嘘だあ、ウソ。まあ、でも・・・・・・やっぱり、君には分からないんだよねえ?』
と、やれやれと調子で頭らしき部分を横に振り、″黒い影″はゆっくりと、男の耳元まで、その頭部を近づけていく。男はギョッとしたように首の辺りがすくんだみたいだが、″黒い影″は構わず男の耳元に向かって、そっとひと言、こう囁いてみせた。
『″ボク″の名前はね・・・・・・』
その答えを聞いた瞬間、男の顔からは一瞬全ての情動が消えて、まるで毒気を抜かれたかのようになる。
しかし直後、その顔に驚きと怒りと恐怖の色合いがごちゃ混ぜになった凄まじい表情が浮かび、コンクリートの周囲の建物が砕けんばかりの、彼の大絶叫がこだました。
「おま、お、てめ、テメエだったのかああああああっ!?」
しかしその声は、″黒い影″にとって何の衝撃にもならず、″黒い影″はじっくりと、まるで思い出の写真でも見るかのように、男の絶望的な表情を見つめるだけだった。やがて″黒い影″はひと言、ただこう呟いたのだった。
『あ。放してほしいんだっけ』
ふと思い出した、そんな口調で、″黒い影″は不意に両手らしきものをパッと広げて、男の身体の拘束を解いた。屋上のてっぺん、何の支えもなし。そんなことをしたらどうなるかなんて、誰でも分かる。しかし、″黒い影″はそれをやった。
『あらら・・・・・・』
ひと言、まるで一切が他人事のように。″黒い影″は頭らしき部分から屋上のフェンスを越すように身を乗り出し、たった今屋上から落下していく男の姿を、ただジッと見つめていた。一秒、二秒・・・・・・と、ゆっくり数えていく。
間を取って三秒数えたかどうかのところで、男の顔が完全に見えなくなった。続いてドォンッ・・・・・・という、重たいものが地面に墜落した大音が、周りのビルの平面を反響するように聞こえてきた。
『お し ま い・・・・・・と』
そう呟いて、″黒い影″はその巨体の向きを変えて、男が残した唯一の落とし物、ストラップがついてジャラジャラしたスマホに近づき、ぐぐっとぎこちない仕草で腰を屈めて、その画面を覗き込んだ。
【Syogoさんへの断罪が執行されました】
という一文が、画面に表示されている。″黒い影″が見つめているうちに、更に細かい文字が後に続く。
【二十三時二十二分、ユーザーのコミュニティ参加権限が失効しました。当アプリケーションをアンインストールしますか?】
という一文。
しばらく、無言のまま、″黒い影″はその一文を見つめ続ける。何かを噛みしめるように、やがてゆっくりと首を縦に振るかのような、そんな動作をする。するとかちり、かちりとスマホの画面が更新されていき、″黒い影″が一切スマホに触れることもなく、勝手にアンインストールが実行された。
それを見届けてからゆっくりと、″黒い影″はその場から立ち上がる。
『お し ま い・・・・・・と』
その言葉の意味を噛みしめるように、ゆっくり同じことを呟く。
終わった・・・・・・″自分″の中にあるのは、そんな思いだけ。ずっと前から、やるべきと決めていた当然のことを、為すべきを為した。ただそれだけ。
ふとのこと。
″黒い影″の真っ暗闇な口元、そこから、フッいう吐息のようなものが漏れる。ふふふと、それは次第に意味を持つ笑い声となり、間もなく狂喜という感情に変わった。
都心の宵に響くその笑い声は、聞く者もなく、乾いたコンクリートに響いては消えていった。