無力な反発から~芽生えてくるもの~第11話
ーー りょっちー ーー
【そんでさあー。そいつ、
床に落っことしてやんのよw】
ーー ブクロン ーー
【え~www】
いつもの、夜のこと。自室にて。
夕食後の、気だるい眠気に揺られつつ。ベッドの上にゴロンと寝転ぶ裕紀は、友人らとLINEで日常会話をダベっていた。
話題は、りょっちーこと良治が二年C組の同級生と学食で昼食を食べていた話で、まあよくある出来事について大げさに面白おかしく盛り上がる感じの内容だった。
ー りょっちー ー
【答えようとして、口から・・・・・・】
ーー ブクロン ーー
【ラーメン、リ・バぁ~スっ!!!】
こんな調子で、さっきから二人とも大爆笑である。冷静に考えると、実はそこまで笑うほどの出来事でもないのだが、まあ友人との会話なんて大体そんなものだし、裕紀はそれに適当に調子を合わせるだけで良いのだから。
ーー ユウちゃん ーー
【さっきから戻し過ぎやろwラーメンwwww】
と、そんな適当なツッコミでも、良治や岸川は反応良く大笑いだった。
ーー ニムラン ーー
【悪りぃ、もう今日オチるわ】
と、ニムランこと仁村のコメント。
不意のことだったので、良治や岸川が【何、どうしたん?】と返信するも、
ーー ニムラン ーー
【いやぁ~・・・・・・勉強w?】
と普段の仁村からすれば″あり得ない理由″を、冗談めかして文にしてくる。【えぇ~www】と、三人はそれぞれ仁村への苦笑いをあらわした。それはない、というのが仁村に対する友人らの評価である。
実際、仁村がチャットの部屋から退室したという頃合いに、
ーー りょっちー ーー
【何か、ニムラン機嫌悪いよなぁ~?】
と、それまで普通の話題で会話をつないでた良治が、とうとう友人に感じた違和感に触れた。
ーー ブクロン ーー
【ニムラン、女子にフラれたんか?】
と、岸谷。【そりゃお前だろw】とすぐさま良治がツッコミを入れると、【ひでぇw】と岸谷。
ーー ブクロン ーー
【三日前の話ですが、何か?】
と続けて、良治や裕紀を笑わせた。
ーー ユウちゃん ーー
【期末は、ホントあっという間だけど】
とりあえず自分もそろそろ試験の範囲に手をつけてはいるので、裕紀はそう言う。【いや、ニムランはまだやんねーだろ】と良治。まあ、裕紀もそうだろうとは思うものの。
ーー りょっちー ーー
【ま。明日は普通にフツウで】
要は、仁村の不機嫌な事情については触れないと、そんな感じでその日は過ぎていく。
○○○○○○○○○○
翌日。五月も終わりに近づいた、金曜日のこと。
「~っ。ふぁっ、ふぁ・・・・・・」
二時限目を終えた休み時間。
裕紀は眠たげにふぁと欠伸などしつつ、机のなかに教科書やらノートやらを出し入れしていく。「ユウちゃん、しゃきっとぉ~っ!」と、クラスメイトの男子ーー恩田景という。放送委員で、たまに昼休みの学校放送などでBGM(音楽)など流していて、裕紀とはそこそこに話したりもする、まあそういうヤツーーが、通り過ぎさまに声をかけてくる。「眠いんだよ、しゃきっとぉ~」と、適当に調子を合わせつつ裕紀は答えた。
さて。国語が終わって、次は・・・・・・理科か。
教室を理科室に移動して行う授業になっているので、その前に手洗いをすませておこうと、裕紀は教室を出てトイレに向かった。廊下を通って角を曲がり、階段の側の突き当たりのところ。
裕紀がそこに入ろうとするとーー
「っ、とと!?」
バッ、と。
不意にトイレから出てきたひと影に、裕紀は危うくぶつかりそうになった。
「ち、っ・・・・・・!」
裕紀の・・・・・・″クラスで一番嫌いなアイツ″ーー″ヨウサイ″さんーーそう、森川拓矢。威圧的なその顔つきをさらに不機嫌にさせつつ、ひと言「邪魔だ」と裕紀を押しのけて、 教室の方へ戻っていった。
「邪魔、邪魔ぁっ」
「ふ。確かし」
その後ろから、森川の取り巻きの二人ーーどちらが田中だったか山谷だったかーーがこちらを見てあざ笑うように、裕紀の横を通り過ぎていった。
「・・・・・・」
舌打ちしたいのはこっちだと、森川らの背中をにらみつつ。手洗いの用事を済ませるため、裕紀は男子トイレの側に入っていきーー
「ん」
ふと、そこに生徒の一人がいるのを見つける。「岩附、君?」と、クラスメイトであるその生徒に、裕紀は声をかけた。
「ん。あ、ユウちゃん・・・・・・か」
トイレの隅っこ、換気用の小窓に寄りかかり背中を向けていた岩附が、ゆっくり振り返って、裕紀の方に目を向けてくる。「っ~・・・・・・っッ」と、しかし裕紀はすぐに岩附の様子が変だと気づいた。
「どうした?」
手洗いの用事など放り置き、裕紀は岩附の側に駆け寄る。「何でもない、何でも」と岩附は言うが、その顔のしかめ具合を見れば「そっか」とは言えまい。
「腹、か?」
と、岩附が自らの腹部を押さえてさすっているのに気がつく裕紀。岩附は「あ、いや」と慌ててごまかそうとしたが、それはもう無理があった。
「アイツら・・・・・・っ!!」
トイレの出入り口を振り返り、今しがたこの部屋を出ていった森川ら三人の姿を思い起こす裕紀。岩附と森川ら三人がこの場で一緒にいたのは明白で、岩附が苦しんでいるのを見れば、″何があったのか″は明白だった。
「頼、む。ユウちゃん・・・・・・っ!」
しかし裕紀が怒りの表情を見せると、岩附が声を振り絞るように言った。まだ腹の辺りが痛むのだろう、前のめりに屈みながらこちらを見上げて、
「何も、っ言わんでく、れっ」
と、そう請い願うのである。「だけど・・・・・・っ!」と裕紀。頭の中にカッとするものを、何とか抑えつつ岩附の方に向き直った。
「仁村。頑張ってんだ、よ・・・・・・」
と、岩附。クラスメイトで、同じバスケ部の友人の名前を口にする。小窓のところに預けた身体を、少し楽な姿勢に変えつつ、
「一年の頃から、ベンチ入り出来るくらい上手くて、さ。ウチは、そんな強いトコじゃないけど、仁村が先輩たちと出たら、都の大会も、けっこう勝てるんじゃないかって、さ・・・・・・。だから、まだベンチ入りも難しいオレが、今部活の方に迷惑、かけたくなくて・・・・・・」
そう言って、裕紀の方に再び目を向けて、
「頼むよ」
と念押しまでしてくる。「岩附君・・・・・・」と、裕紀。「分かった」とも、「ダメだ」とも言えなかった。
昨今は確かに、″そういう″問題があるとあちこちに波及してしまう部分も多いし、″それ″が原因で部活動の方がダメになってしまう例も、ままあるとは聞くがーー
「助かる」
しかし岩附の中では、裕紀の言葉は了解の意に聞こえてしまったようである。いや、友達ならそうして欲しいからという、彼のそういう″決めつけ″だった。
「次、何だっけ?」
と、岩附が次の授業について尋ねてくる。裕紀は内心もどかしく思いつつ、しかしその問いに答えるしかない。
「教室、移動か」
理科室で授業と聞いた岩附が、「っ、っ・・・・・・」とうめきつつもゆっくり姿勢を正して身体を起こした。
「っ、行くか」
腹部の辺りを何度かさすった後、岩附は裕紀の側を通って、裕紀がついてくるかも気にせず、トイレから出ていってしまう。
裕紀は、その後を追いかけようとして、しかし自分に何が出来るのだと、はたと足を止めた。
(バカやろ・・・・・・う)
呟く。
無理をする岩附がそうだし、ひとを″殴って″何とも思わない森川のヤツらがそうだし、そして・・・・・・今、この場に立ち尽くすしかない自分さえも、ただただバカな存在だと思った。
○○○○○○○○○○
同日、夜のこと。
夕飯を終えて自室に戻った裕紀は、「はあ・・・・・・」とため息を吐きつつ、ベッドの真ん中に倒れ込んでいた。
「何だかなぁ」
と呟きつつ、もどかしい気持ちで布団の上を右にゴロン、左にゴロンとしたりする。
自分のことでは、ない。しかしーー
そんな風に、今日のことを思い浮かべていたときだった。
ピコン、と。
携帯の、メールを受信する音が流れる。「はい、はい」と面倒くさいという思いで、裕紀は枕元に放ったスマホを手に取った。
メールの差出人・・・・・・白田紗耶。裕紀が″少し″苦手にしている、図書室の司書教諭の女性。「ん、うぅ~」と、面倒くさいという思いがさらに増えていく裕紀。用件としては、『今メールして大丈夫かな?』という、短い伺いの内容であった。
「ダメ、です・・・・・・と」
ピピピ、と返信メールを打ち込んでいく。すると間もなく電話のプルルという着信音がして、裕紀は「う、あ・・・・・・」とうめきつつ、電話に出た。
「はい、です」
『あ。裕紀君っ!』
気乗りせず電話に出た裕紀に、白田は『こんばんは~』と陽気に接してくる。
相変わらず、な人だな。本当に・・・・・・。
『メールはダメ、って言われたからさー』
と、面白そうな口調で。
確かに言いました。でも、ダメって言われたら今は連絡したくないんだなと、ちゃんと空気をヨンデクダサイ。
とりあえず電話に出てしまったものは仕方がないので、裕紀は「まあ、お疲れさまです」と、会話続行の意を示した。
『特に、用はないんだけどね~』
と白田。『調子はどう?』の彼女の言葉から、ひとしきり互いの近況など話し合う。
「まあ、早く夏休み欲しいですね~」
期末試験のことなど聞かれて、そう返事をした。「何か、もう色々あるんで・・・・・・」と、ふと思わず疲れた声音で、愚痴みたいな言葉を漏らしてしまう。白田は『お疲れさま』と、裕紀を労うように言いながら、
『今度、パアーッと遊びに行っちゃおっか!』
励ますように、そんな提案をしてくる。普段なら、白田がそんな軽口をしてくるたびに「は、は、は」と受け流す裕紀なのだが、今は少し気落ちもしてるので、
「ありがとう、です」
と素直に感謝の言葉が出てくる。『よし!』と、白田は電話の向こうでとても嬉しそうな声を出し、
『ユウちゃんと~っ、デートだデートぉ~っ!』
裕紀にとって、″フラグ″という名の恐ろしい予定を立ててくるのだった。
え。ちょ、冗談・・・・・・だよね?普通に、自分を励ますための社交辞令じゃ・・・・・・ってか「ありがとう」とは言いましたけど、「行きます」とは言ってないし・・・・・・あ、何かマズい気がーー
白田の陽気な声に呆然としつつ、しかし今はそれを否定するだけの気力も起きないので、とりあえず裕紀は聞き流すことにした。
『ま。細かいことはまた今度決めるとして・・・・・・』
と、デートに行くことはすでに決定事項だという言いぐさで、白田。苦笑いする裕紀に対して、
『いつでも、頼ってね』
と、さっき裕紀が口にした愚痴に対して、そんな包容的なひと言もつけ加えるのだった。
この人は・・・・・・やっぱり、相変わらずである。
『うん。よし!これで、裕紀君の好感度は日に日にぐんぐん上昇していくでしょうね!!』
「は、は、は」
ソンナワケナイデス、と裕紀。普段の調子で「は、は、は」と、機械的な愛想笑いを白田に返した。
白田は、裕紀に対して好意的である。″一年前″に出会ったあのときから、まあ知り合った経緯なども含め今に至る。裕紀の白田に対する好感度は・・・・・・これはまあ、そんなに高くも低くもないものの。
それでも図書室にて本の話などするうちに、元来人付き合いの得意でない裕紀も、徐々に打ち解けていった感じだ。
白田とは年の離れた″友人″のような・・・・・・あるいは、まるで″きょうだい″のような。
とりあえず現在、二人はそんな感じの間柄になっている。