~それでも過ぎる日々からの~再びウェルダンさんのターンだそうです? 第9話
再び伏線回です。ウェルダンさんのところは特に残酷な描写が強めな展開なので、あらかじめ前置きしておきます。苦手な方は、この先ご注意下さいm(_ _)m
かつん、かつん。
宵の帳の下りた、薄暗い室内。硬いもの同士が打たれるように乾いた音が、小気味良く響いている。
かつん、かつん。
部屋の四隅がごちゃついている、しかし開けたところ。どこかの工場のような作業場のような、物が多くて粗雑な場所。
その部屋の中央辺りで響き渡る″それ″は、先ほどから断続的に繰り返されている。
音を打ち鳴らすのは人でなし・・・・・・つまり、黒一色に包まれた″黒い影″。
かつん、かつん。
部屋の中央には大きなテーブルが一つ、それを傍らから見下ろしつつ何やら道具で打ち込みなどしている様子。そんな″黒い影″の振る舞いを目にしている者が、側にいた。
「・・・・・・や・・・・・・いい加減に・・・・・・」
と、弱々しい口調で呟く一人の女性。テーブルの上に手足をおっ拡げて寝かされた、無防備な姿。しきりに身じろぎして、さっきからその姿勢を何とか変えようとしている。
しかし片方の手を何とかしようとすればもう片方の手が、片方の足を何とかしようとすればもう片方の足が、それぞれ中途半端に動かなくなり、にっちもさっちも行かない状態に。それでも女性は身じろぎを止めない。
″黒い影″はそんな女性の声には構わず、さっきからただ一定のリズムで打ち鳴らしを続けている。
かつん、かつん。
それは淡々と、しかし絶え間なく響いて、その度にテーブル上の女性は恐怖と苦痛にうめき声を漏らす。その顔は汗に濡れ、ペンシルで傾斜角度に描かれただろう眉毛など化粧塗料が落ちかけている。それの滴が滴ってこめかみの辺りを流れているが、女性はそんな些細なことには気づかない。
額の辺りからも、汗と一緒に重たくどろりとした水分が流れ落ちている。しかしやはり、女性はそれに気づかない。
かつん、かつん。
″黒い影″はそれを続ける。その乾いた音は無機質に響くだけで、また″黒い影″にはいちいち動作をすることに対する情動の揺らぎなども一切ない。そんな″黒い影″の様子に、テーブルに横たわる女性は只々怯えるしかない。くすんだ金色混じりの茶髪はそろそろ染め直しが必要なのだろうが、もしかすると今の女性の心情に最も似合っているかもしれない。
そして恐怖のあまりにふと、女性の口からこんな言葉が漏れた。
「ば、化け物・・・・・・」
小さな、今にも消え入ってしまいそうな声で。すぐ近くにいても、果たして聞こえるか分からないくらいの小声。しかし、その言葉がきっかけになったのだろう。かつん、かつんする″黒い影″の手が、ふと止まった。
ぬん、と。″黒い影″の顔らしき部分が横たわる女性の、ほとんど間近に寄せられる。無言のまま、只々その女性を見据えるように。
女性は一瞬だけ大いにギョッとしたものの、しかし自分の言葉が届いたことに気を持ち直したのだろうか、急に強気な表情でまくし立て始めた。
「そう、そうよ化け物っ!怪物、あんたこんなことしてタダで済むと思ってるの!?今に覚えてなさいよ!マサヤが黙っちゃいないし、ショウゴだってアタシにゾッコンなんだから!そうよ、あんたなんか今に・・・・・・っ!!」
その声が、途中で止まる。
がつんっ。
不意に″黒い影″が腕らしき部分でテーブルを叩き、女性が叫ぶ。右手の指先に、ぐしゃりと押し潰される鈍痛が走ったのだ。
じゃらじゃら。
絶叫、泣き声。女性が、有らん限りに全身をくねらせて痛みに悶える。その度に女性の手足にまとわりつく金属製の鎖がじゃらついて、テーブルも揺れる。鎖が絡み合った先には、見るからに重そうなコンクリートブロックがいくつか・・・・・・。
『ショウゴ君なら、もういないよ?』
どこか遠くから反響するような声音をした、″黒い影″の声。機械のように無機質で、何の温かみもない。
右手・・・・・・らしき部分に握ったゲンノウ、大きな金槌を・・・・・・女性に向けつつ。ゲンノウを見つめる女性の目に、これ以上ないほどの怯えが浮かんでいる。「痛・・・・・・ぃ」と、思わず声が漏れるくらいに。
そしてその言葉を聞いた女性は、痛みに悶えつつもその意味を何とか飲み込もうとして、しかしやはり痛みは耐え難いと、不自由な状態ながらしばらく指先を労る。右手の人差し指のところが、かなり″不自然な状態″になっていた。
「ショウゴが・・・・・・何、だって・・・・・・?」
やがてのこと。またもや弱々しい声音に戻ってしまった女性が、それでも″黒い影″に問いただしてくる。『だからあ~』と、やはり無機質に″黒い影″はその言葉を繰り返した。
『ショウゴ君ならとっくに″ココ″に行ったよ?』
と、″黒い影″の腕らしき部分で地面を指し示しつつ。
左手・・・・・・らしき部分。尖った鉄製の杭らしきものを・・・・・・握りつつ。やはり怯えた目で、女性はその杭を見つめている。
そして二度もそんなふうに言われたら、さすがに女性も最悪の理解に至ったようだった。
「あ、んた・・・・・・っ」
すっと、血の気の引いた表情に。「化、け物・・・・・・っ!」と、再び口にする。
『ニュース、観てないんだ?』
と、″黒い影″。女性にどう言われようと、その無機質な様子は微動だにしない。『今回は、君の番だから』と、そのひと言に女性の強気な威勢は容赦なく奪われただろう。やがて、
かつん、かつん。
と、″黒い影″は女性の側に近づき屈んでの打ち鳴らしを再開する。右手にゲンノウを、左手に杭を、それぞれ・・・・・・女性の頭部、額の真ん中に当てつつ。「やめ・・・・・・っ!?」の声など、もう一切気に留めなかった。
かつん、かつん。
打ち鳴らす度に、硬いものの削り減る音と女性の絶望の声とが、混じり合って響き渡る。
かつん、かつん。
かつん、かつん。
かつん、かつん。
かつん、かつん。
″黒い影″の打ち鳴らしは続く。それに、次第と″黒い影″の狂喜的な笑い声が混じるようになる頃には、反対に女性の叫び声は段々弱々しいものになっていく。
かつん、かつん。
かつん、かつん。
かつん、かつん。
かつん、かつん。
かつん、かっ、かちゃりっ。
両腕・・・・・・らしき部分をだらりと下ろす″黒い影″。黒一色のその姿に、一分も隙間なく赤々と染まった金槌と杭。何も動かない、動かされない。金槌と杭から滴る″どろりとした赤色″のみが、ささやかながらの例外になる。
打ち鳴らしが、とうとう終わった。
【ウェルダンさんが断罪の判決を下しました】
【リアナさんに極刑の判決が下されました】
部屋の隅で、スマホの画面が光る。黒の背景に、橙色の文字が踊るように表示され続けている。それを手に取る者も気づく者もなく、只々画面は更新されていく。
【リアナさんへの断罪が執行されました】
【零時四十二分、ユーザーのコミュニティ参加権限が失効しました。当アプリケーションをアンインストールしますか?】