剣谷 桐 11歳、4月の話。(2)ーある日曜日の一コマ。ー
また後程、修正するかもです;
…――ああ。これは前にも見た事がある気がする。前にも、こんな事が無かったかな?
そんな夢を見ていたーー…
そこは城下町の外れにある、石で作られたブリッジ型の大きな橋の上だ。汚れる事など気にもせず…と言うよりも。そんな事すら、もうどうだっていいのだ、と。
両膝を付いて、ぼうっと。ただ鉛色の空を見上げていた藍色の髪の、若い女性を不審がる様子で避けて行く人混みの中から、一人の男性が現れた。
その男性は女性に声を掛けた。
『ーー嬢ですね?』
『……そうだと言ったら、何なのです?』
――ザザザッ…と、ノイズ混じりの音と共に画面がブレる。次にハッキリと見えた時には少しばかり時が飛んだようで、次の場面では男性と女性の会話が進んでいた。
『――でしたら、貴女を私に預けてみませんか? 後悔はさせません』
その男性の口調は穏やかで、温かさを感じさせる笑みを浮かべながら女性に手を差し伸べる。
『あ、貴方、何を…?! 本気で仰っているの? 私は家からも婚約者からも捨てられたのよ? 利用価値など無い、いいえ。むしろマイナスにしかならないわよ? だって、私は身一つで追放…されたのだから、もう何も無いのよ』
女性は握った拳に力を入れて、ぎゅっと唇を噛み締めた。
『本気ですよ。そして、元より私は貴女を利用しようなどと考えていませんよ。私は貴女ならば今までの行いを悔い改め、まだやり直す事ができると思ったから声を掛けたまでです。それに、何も無いなんて事はありません。…そうですねぇ。時折、私の手伝いをして頂けますか? 手伝って頂ければ私も助かりますし、もしかしたら貴女にも得られるものがあるかもしれません』
慈愛、とはこういう事なのだろうか。男性は優しい眼差しを向けながら『さあ、女性がいつまでも、こんな冷たく硬い地面に座り込んで居たら冷えてしまいますよ? それに、もうすぐ雨が降る。そうしたら濡れてしまいます』そう言い、女性の手を取り立ち上がらせた。
『あ。私から貴女の手を取ってしまいましたね』
私の手を取れ、なんて言いながら自分から女性の手を取る男性の行動に私は、小さく笑ってしまった。
そうだ、このとても優しかった人は――…
『ふふ。本当、おかしな方ね。まあ…いいわ。どうせ行く宛なんて、どこにもありませんし。貴方にお任せするわ。それで、どこに行くのかしら? …神父様』
「……神父様」
暗く鉛色しか映って居なかった瞳に、少しだけ明るい色が見えてきた女性ー…キリエと、私の声が重なった。
「…ちゃん、きーちゃん。起きて下さーい。起きないと、イタズラしちゃいますよー?」
「んー……いたずら、だめ…ぜったい……」
今日は日曜日の筈だ。新しくできた友達の七海ちゃんに借りたゲームをしてて、夜更かししてしまったから、まだ眠いんだよ、私。だから、揺すらないで――…
「イタズラは冗談ですけど、起きてー、きーちゃーん」
「んあー? あー…わかった。わかったから、あと、5分……5分…寝かせてよ」
「困りましたねぇ。せっかく、きーちゃんにも、と思っていたのですが、悠くんは待ちきれないみたいですし、僕と悠くんでNisijimaのケーキは食べちゃいましょうかねぇ…」
んん? 今。何て言った…Nisijima、だと!? あの超高級洋菓子店のNisijimaと言った!?
あそこはケーキを始め、他のお菓子もむちゃくちゃ美味しい…と聞いた。そして、値段もむちゃくちゃ高いんだよね! TVのスイーツ特集で見て以来、いつか食べに行ってみたいと思っていたお店だ。
「ままま、待って! 起きるよ! 起きるからっ…一人占めすんな! にいちゃ……んん?」
パチっと目を開き、ほら! 見て、起きたよ! と言いながら。
ガバッと勢いよく身体を起こすと、そこには兄の悠ではなく、綺麗な深緑色の目を細めて優しく微笑む兄の親友、せっちゃんこと、三神 雪が寝ぼけた顔をした私の視界に入った。
「おはよう、きーちゃん。ようやく起きてくれましたね?勝手に部屋に入ってごめんね。外からも声掛けたんだけど中々起きて貰えなかったから…直接起こしに来たんですよ」
うっわ、恥ずかしい…!! イビキとかかいてなかったかな、私。そう言えばパジャマの柄がピンクの花柄なんだよ、私の趣味じゃないんだよ! これはママの趣味ですからー!
「せ、せっちゃん、おはよう。起こしてくれて、ありがとう。…その、来てたんだね?」
寝癖が付いてるのでは、と思って、髪を撫で付ける…が。私の髪はとても短いので無意味な事をしてしまっている。
「うん。悠くんにね学校の課題を手伝って欲しいって頼まれてね」
そう、せっちゃんが言い終えたと同時に『なー、雪ー、もう桐には、お前がケーキ持ってきた事、内緒にして俺らだけで食っちまおうぜー』と部屋の外から兄の声がした。
「なんて事を言うんだ兄ちゃん!! そうはさせるか!! せっちゃん、早くリビングへ行こう!」
バッとベッドから降りて、パジャマ姿な事も忘れた私は『えっ? えっ? きーちゃん?!』と戸惑う、せっちゃんの手を引きリビングへ向かった。
「私の分のケーキは食わせん!!」
うん、寝起きの私はケーキの事で頭が一杯だったんだよ。
「あ? 何でお前ら手繋いでんの? おまけに桐はパジャマのままとか、どんだけ食い意地はってんだよ」
兄ちゃんに言われたくない…と言い返したいところだが。
「ごっ、ごめんね! せっちゃん」
今は、せっちゃんから手を離し、謝り、顔を洗って着替える事を優先する事にした。
ケーキは、せっちゃんが守ってくれるに違いない。