ジルヴァルドとキリエ(1)
城下町の外れにある小高い丘の上には、古くから続く小さな教会がある。
滅多に顔を合わせる事の無い、おれの父上や母上、兄上達や姉上達。城に勤め、政務を補佐する者達も。城の隣にある大聖堂で祈りを捧げているから、城に居る者で、わざわざ町外れの教会まで来るのは、おれ位だろう。そんなおれを変わり者だという奴も居るけど、好きに言えばいいさ。
「おい!キリエ!今日も来てやったぞ!」
「まあ、ジルヴァルド王子。またお付きの方を置いて、お一人でいらしたのですか?お一人で出歩いてはいけませんわ。幾ら自国内と言えども危険ですわ……ですよ?」
箒を片手に外の掃き掃除をしていた、キリエ。彼女は少し前に、この教会の神父が隣国から連れ帰って来た女性だ。
連れ帰ったと行っても神父の嫁という訳ではなく、行く宛の無かったキリエを、神父が彼女の後見人となって引き取ったらしい。
「ふん、平気だ!おれは強いからな!不届き者なんて、あっという間に叩きのめしてやるぞ!つ、ついでにキリエの事も守ってやってもいいぞ!」
「…いいですか、王子。不届き者だけではござ…ありません。最近は野犬の目撃情報も多くあるのです。昼間だからと油断をしてはいけません。私の事も守って頂けるとは有難い事ですが、王子に守って頂くなど、恐れ多い事です。私のような平民よりも、まずご自分を優先なさって下さいま…いえ、下さい」
キリエは隠しているつもりかもしれないから、口には出さないが、時々言葉使いが貴族の者達のようになる事がある。それに、立ち振る舞いも平民と言うには随分と上品で綺麗だった。
最初は…そんな、突如この教会に現れた(まあ、教会の上層部には連絡済みだったらしいけどな)謎の女キリエに興味を持ち、前から時々、城を抜け出しては神父が面倒を見ている孤児や、親と暮らせない訳ありのチビ達と遊んでやる為に、ここには顔を出していたが…。今は、前よりも頻繁に訪れていた。べ、別にキリエに会うのが目当てな訳じゃないからなっ!?チビ達と遊んでやる為だからな!
「平気だって!…キリエは、おれの事が心配か?」
「ええ。王子に万が一にも何かあっては、神父様も子供達も。勿論王子の周りに居る方も皆、心配しますし、悲しくなります」
「ふーん。キリエも?」
「勿論、心配しますし、悲しくもなります。ですから、今後はお一人で出歩いてはいけませんよ?」
「…しょうがないから、考えておいてやる」
「ふふっ、ええ。お願いします」
キリエが笑ったので、おれは眉をひそめた。
「おれは何かおかしな事を言ったか?」
「いいえ。別に何も、おかしな事は仰っていませんわ」
「うそだね。何だよ、言えよー!」
「いえ、本当に何でもありませんから…ただ、その失礼を承知で申し上げますと、王子はお可愛らしい方だと思いまして」
「んなっ!?」
おれが可愛いだと!?可愛いのはキリエ、お前だろう!!と言ったところで。今のおれでは悔しいが…子供が何をマセた事を言っているのだか…(もっと、丁寧な言い方はするだろうが)で、話は終了だ。
「ふんっ、今に見ていろ!キリエの身長なんてあっという間に追い越すんだからな!!」
そう言い、おれは教会の中に居るチビ達の所へと向かった。そんなおれの後ろ姿にキリエが…
「身長…?何の事かしら?」
そう呟いていたが、聞こえない振りをした―――…
「……うーわー…しょっぱい夢見ちまったなー…。コレも熱のせいかね…」
布団から起き上がり、ボリボリと頭を掻きながら。枕元に置いておいたスポーツドリンクに手を伸ばし、喉を潤した。
時計を見れば、時刻はもうすぐ昼になるところだった。
今日は平日。本来なら俺も職場でマジメにお仕事をしていた訳だが…。昨日の夕方から熱が出てしまった為、急遽休みを取っていた。この熱の原因がまた俺の頭を悩ませているから困る。
まさか…
「…アレが前世のガキの頃の俺で、一丁前に片思いしていた頃とか…マジしょっぱすぎるだろ。笑うしかねぇよ…コレ。しかもさー、今度は俺が年上になってるとか、マジか!…ハハハハ!…はあ…明日から、ビミョーだな。どんな顔しろってんだ…」
前世、なんて普通そう簡単に思い出すもんじゃねぇだろ…。なーんで、一気に思い出しちゃうかねぇ。もう、俺の容量オーバーですから、発熱しちゃってますからー。ちゃんと記憶には蓋しといてくれなきゃ困るんだよ…って、これ誰への文句だ……わからん。
「どうせなら、キリエが“今は”誰なのか位は解らないままにして置いて欲しかった……」
そう呟いて。もう一口、グビッと喉を鳴らしてスポーツドリンクを喉へと流し込み、額に貼ると気持ちがいい冷たいアレを新しいのに貼り替え、俺はもう一度布団に潜り込んだ――…。
現世での名前は出していませんが、誰だかは解って頂けていますか…ね?




