剣谷 桐 11歳、5月の話。(3)
「えっ、桐ちゃん!どうしたの!?顔が真っ青だよ…!気分悪くなっちゃった?大丈夫!?」
七海ちゃんが驚いた顔で私を見ている。そんなに酷い顔色なのか…。
「ごめん…何か気分が悪くなっちゃったみたい。私、外でみんなを待ってるね…」
「私も降りるよ、桐ちゃん!」
「ううん、大丈夫だよ。ありがとね、七海ちゃん」
ふと、七海ちゃんを一人で座らせるのも気になったので、私の後ろに座っていて移動がしやすい山やんに、七海ちゃんの隣に座ってくれるようお願いした。幸いな事に、“彼”(性別は解らないけど、女の子達が騒いでいる所を見ると、男の子だと思う)の隣を争っていた女の子達のおかげで、まだ降りる事ができた。
「きり…」
結と“彼”の前を通った時、結が自分も降りると言い出しそうだったので『ごめんね…ちょっと一人で休んで待ってるよ』と、一人を強調し、私はジェットコースター乗り場を後にした。
「はあぁ……なんで」
「こんな所で“王子様”に会っちゃったのかしら?って感じ?」
「あはは『かしら?』なんてお上品な言葉、今の私は使わないよ…って、ん?………ひっ!?」
私は、みんなが乗っているジェットコースターの乗り場近くのベンチで頭を抱えて座っていた。一人で。もう一度言おう、一人で。
「なっ!?ななななななんで?!!」
ここに居るの!!?
「…うーん、気になったから?後、確認したい事があったから。あ。隣、いい?…って、もう座ってるからいいよな」
気付けば何故か“彼”が隣に座っていて、私の方を見てニヤリと笑った…!ひー!怖いんですけどー!それに…
「あの〜、口調が変わっていませんか?その…さっき見た時と、違う気がするのですが…」
「ああ、あれは…女避けみたいなもん?オネェキャラだと、勝手に女の方が俺の恋愛対象は男だと思ってくれちゃうらしくて、あまり意識しないでくれて、ウザいアピールとか少なくて楽なんだよ」
あー、確かにモテそうだもんね、この人。しかし…それなら、さっきの争奪戦は何だったんだろうか??
「ああ。さっきの子達は、見目麗しい“桜ちゃん”のファンだよ」
「あれ?私、口に出して言いました?」
「そう言いたそうにしていたから、言わなくても解る。あんた、分かり易いって言われない?」
「……言われます」
ところで、この人は何をしに来たのだろうか。よもや、雑談をしにきた訳ではあるまい。確認したい事があるって言ってたし…
(それに、さっき…王子様って言っていた。彼にも前世の記憶が…?)
私は緊張から顔が強張っていたのか、彼(で、間違いないようだ)は『ハハッ、何その顔!こえー』とか言って笑ってくれちゃっている。いや、だって、前世のトラウマ…って言うのかな、一応。そんなのを作ってくれちゃった内の一人が隣に居るのだから、そこは察して下さいよ。
あれ?そう言えば、結に対しては割と平気だった気がする。記憶を思い出す前から一緒に居たからかな?…まあ、とりあえず、この人との話に集中しよう。
「安心しろよ。あんたを国外に追いやる程に憎いとか思わないし。そもそも、追いやれるような力もないだろ。ここまで言えば誰だか解ると思うけど、今の俺は俺であって…もうブロッサム・ウェストランドじゃないからな。ところで、あんたも“記憶持ち”だよな?俺が勝手に記憶があるやつの事を“記憶持ち”って呼んでるんだけど、まあ、その顔見れば間違いないな。ただ、誰だったかはハッキリしないんだよな…。裁判?みたいな場面で王子と隣に居た女…ユイマと対峙してたよな?」
「…私だって、今はもう、ごく普通の一般家庭の小学生女子ですよ。“記憶持ち”…なるほど、分かり易いですね。ああ…私は、王子の元婚約者キリエ・ソディスの記憶があります。まあ全部の記憶は無いから、何かの拍子に思い出した時は、断片的に映画を見せられてる気分ですね」
とりあえず、彼に敵意が無い事が解りホッとした。
「ああ、解る。俺も前世の記憶があるのは一部だけだ。まずは、記憶持ちか確認したかったんだけど、まだ聞きたい事があるんだ。なぁ、あんたはさ、あの世界で……おっと、今日はここまでだな」
何かを言い掛けた彼の視線の先に、ジェットコースター乗り場から出てくる結達や、桜と呼ばれていた彼のファンの子や他の連れらしき人達が出て来るのが見えた。あ、男の子も居たんですね。ファンの子達がすごかったので…気づかなかった。
彼が、ベンチから立ち上がり…私は慌てて呼び止めた。
「あっ、あの!桜ちゃん!」
彼には私も、まだ聞きたい事がある。
「…おい。あんたは桜ちゃん言うな。素を見せてるやつに…しかも前世知ってるやつに桜ちゃん言われると、何か気が抜けるわ。あー、そっか。そう言えば名乗ってなかったか。俺は西島 桜士だ」
…わお。王子とな。
「王子じゃないから。桜士、な?」
「……ハイ」
はい、黒い笑顔いただきましたー。
「私は剣谷 桐です」
私も名乗ると、王子は……
「王子って言うな。キリエって呼ぶぞ」
「いや、言ってませんよ…思っただけで。キリエって呼ばないで下さい」
だから、黒い笑顔も引っ込めて下さい!
「えっと、西島さん?」
「桜でいい。皆、そう呼んでるし。桜士って呼びたきゃ別にそれでもいいし。但し王子ってのは駄目だ。あ、俺も桐って呼ぶから。んじゃ、またな!」
そう言って“彼”だった、あの人…西島 桜士は『あっ!今度の月曜日の放課後、あんたの所の学校に行くから、予定空けておけよ!』と言って去って行ってしまったー…。
学校名は、すぐ解る(今日、遠足で来ていたのは私達の学校の他には、彼の学校だけだったので)からいいとして…
「あれ、私の予定は…無視?」
いや、せいぜい山やん達とサッカーかバスケをするか、家でゲームする位ですけどね?
桜くん(と、呼ぶ事にした)は、見た目は中性的な美形だけど中身は、結構俺様なんじゃないかなと思った。
桐が桜士に敬語なのは、ビビッていた事からと、年上だと思っているからだったりします。