誤解されやすいポジション
何となくかっとなって書いた。 (改行・誤字脱字の修正しました)
「そんな、なぜ、ナジェイラ様がそれをお持ちなの…!」
ショックを受けていると言うには元気すぎる声で、彼女はわめいた。
「なぜと言われましても、会場の端に落ちていたのです」
「そんな、ひどい…!」
落とし物を拾ってひどいと言われたのは初めてだ。
「そんなに私が目障りなのですね…!」
そうね。今までは思っていなかったけれど、今は割りとそう思っているわ。などと思いながらも、それを表へ出さないように問いかける。
「あの、どうかなされたの?」
「そのブローチは母の形見なのです…!それを、それを…、あぁ…!」
「…そ、そう、見つかってよかったわ。もう落とさないように、お気をつけなさってね」
一人歌劇を始めそうな声量に軽く引きつつ、ブローチを手渡そうとするが、相手が受け取ってくれない。
「酷い…酷いわ…!」
「あの、ですからなにを」
良いから早く受けとりなさいよ。
「何を揉めているのだ」
やって来たのは第二王子殿下。
「トゥルス様ぁ!」
「どうしたんだい、リュシアーナ」
「ナジェイラ様が…、私の母の形見のブローチを…!」
「なん…だと…!ナジェイラ!君がそんな人だったとは、がっかりだ!そんな女を王子妃になどできない!」
「トゥルスさまぁ…!」
この人たち、ずっと叫んでいて疲れないのかしら。
「ナジェイラ!なんとか言ったらどうだ!」
「もうよろしいのですか?」
「何がだ!」
「ひどい…!トゥルス様に相手にされないからって…!私に嫌がらせするなんて…!」
「……えっ?」
「母の形見のブローチを盗むなんて…!あんまりです…!」
「えっ?」
「なんて女だ!見損なったぞ!」
たまの親切で落とし物を拾ってみればこれだ。ほぼ初対面の相手に避難されるわ、久しぶりに会った幼馴染みに罵倒されるわ、こんなボロボロのブローチ、拾わなければよかった。
「私は、そこの端で拾っただけです」
「嘘よ…!いつも私に嫌がらせをしていたのはあなたなのでしょう…!?」
「いいえちがいます」
「見苦しいぞ!」
「謝りたまえ!」
「そうだそうだ!」
いつのまにか増えた人数に口を挟む暇もなく困り果てていると、その彼らの後ろからひょこひょこ近寄ってくる長身が見えた。
「やあ、かわいいナジェイラと愚弟よ。何かあったのかな?」
「兄上!」
「殿下…」
「こんな所で騒いでいると、後でリリィに怒られてしまうぞ?」
かつての乳母の名を挙げ、なんの事もないように笑って見せる様はさすが王太子殿下。
「ルーディス様ぁ…!ひっ!」
「許可なく殿下の御名を口にしたな。不敬罪だ警備のものを呼べ!」
「どぅどぅ」
空気を読まずに王太子殿下の名前を呼んだ彼女の喉元に杖を突き付けた、さらに空気の読めない人物をなだめる殿下。その様子を見て、空気読めないそのいちであるリュシアーナ嬢がうっとりと王太子殿下を見つめる。回りを囲む取り巻きは無視だ。
「ルー…、王太子殿下ぁ、私…!怖かった…!」
空気読まない男の視線に呼び掛けた名を言い直し、震えながら大声を出す器用さは実に演劇向きなのではなかろうか。素晴らしい声量だ。
「それで、何があったのかな。そこの君、見ていたままに教えてくれないか」
「えっ、はっ、はいっ」
当事者ではなく野次馬にあてるとは、なかなかやりますね殿下。
「そちらのリュシアーナ嬢が突然大声を上げたので、驚いてそちらを見ました」
近くにいる他のものもうなずいている。
「いきなりでしたので、何か出し物でも始まったのかと思いました」
「ふむ、それは中々にはしたない行為だね。それで?」
リュシアーナ嬢と取り巻きは空気読まない男に睨まれて静かにしています。
「どうやらナジェイラ嬢がリュシアーナ嬢のブローチを拾い、それに対してリュシアーナ嬢は盗んだと主張しているようでした」
野次馬さん、結構しっかり聞いてたんですね。
「そこへトゥルス殿下がいらっしゃり、一緒になってナジェイラ嬢を攻め立てておられました。途中にいつもの嫌がらせがどうのと言っていましたが、それについてもナジェイラ嬢は首をかしげておられました」
「なるほど、分かりやすい証言であった。ありがとう」
「御役に立てたのならば光栄です」
一礼して下がる野次馬さん。目が輝いていらっしゃいました。さすが殿下、相変わらずのひとたらしぶりですね。などと考えていると、その殿下が私たちの方を向いた。
「さて、それでは当事者の話を聞こうか」
「ナジェイラがリュシアーナのブローチを盗み、嫌がらせを行っていたのです!」
「なんと。それは本当か?」
「はい!」
「ではお前は関係ないのだね?」
「え?」
「トゥルス、お前は関係ないのだろう?」
「何を言っておられるのですか!リュシアーナがいじめられたのです!」
「ふむ。やはり、お前は関係ないではないか。この話はナジェイラとそちらのご令嬢の揉め事なのだろう?」
「関係なくはありません!私はリュシアーナと将来を誓い合ったのです!」
「おお、そうか、それはおめでとう」
「ありがとうございます!」
いつも通り噛み合ってるようで噛み合ってない会話をするご兄弟だ。
「ではあとは衛兵たちに任せよう」
「えっ」
「そこの、ああ、君だ。見たままに証言してくれ」
「はっ」
私の後ろにいた衛兵が進み出る。
「嫌がらせ云々は今はよい、今日、この会場で起きた事を」
「かしこまりました。ナジェイラ嬢はそちらの、壁際で何かを拾い、その後持ち主を探しておられました」
「ふむ、件のブローチかね?」
「そのようです。そしてそこへリュシアーナ嬢がいらっしゃり、あとは先ほどの話の通り、リュシアーナ嬢が一方的に声をあげていらっしゃいました」
「なるほど、」
王太子殿下はリュシアーナ嬢を見た。
「盗まれた訳ではないようだ。この場ではひとまず、君が詫びを述べれば良いだろう」
「そんな…、ひどい…!」
「言いがかりをつけた者の言葉ではないと思うがね?」
「兄上!ですが、ナジェイラはリュシアーナをいじめていたのですよ!」
「ふむ、だがね、それは今は関係のない話だろう」
あとは当事者同士で話し合いたまえ、と言い、王太子殿下は回りに散るように指図する。
「二人の令嬢は別室へ。立ち会いは私が勤めよう。妹分と将来の妹候補の問題だ」
「兄上!私も参ります!」
王太子殿下の言葉に、取り巻きたちも騒ぎ出す。
「ではトゥルス、お前だけ来なさい。あとのものはこちらで待つように」
そんなわけで、別室へつれていかれることになった。
「あの、まず、こちらをお返ししてもよろしいでしょうか」
別室につき、ソファーに落ち着いたところで口を開く。
「お母様の形見だそうですから、はやくお渡ししたく思います」
「それもそうだね。リュシアーナ嬢、大事なものなのだろう?」
「…ありがとうございます」
ずいぶん静かになってしまったリュシアーナ嬢は、ひとまずは大人しくブローチを受け取った。
「さて」
王太子殿下が咳払いをすると、視線がそちらに集まる。
「いじめだなんだと言っていたが、それは本当のことかな?ナジェイラ」
「全くもって記憶にございません」
「言い逃れするつもりか!」
「少し声量を落としなさい」
「兄上!」
「それで、本当にナジェイラにいじめられたのかい?リュシアーナ嬢」
「はい…、私がトゥルス様と親しくしている事に嫉妬なされたのだと思います…」
「えっなんで?」
「え?」
王太子殿下は驚いて私を見る。
「え、なに?ナジェイラ、トゥルスの事好きだったの?なら僕か陛下に言ってくれればすぐ婚約させたのに」
「好きじゃありませんし婚約したくもありません」
「えっ」
今度のえっ、はトゥルス殿下だ。
「ナジェイラは私の婚約者だろう!?それでリュシアーナに嫌がらせをしていたのではなかったのか!?」
「えっ」
「えっ」
「なんで!?ナジェイラ様はトゥルス様の婚約者でしょ!?」
「違うよ?」
「違います」
「えっ」
「最初はね、そういう話もあったんだけどね?」
「そういえばありましたね」
「うん、でも当時のナジェイラが、くっ」
「もう、笑わないでくださいませ!まだ五つの時のお話でしょう!」
「ごめんごめん、ナジェイラにトゥルスと結婚する?って聞いたら「きょうだいでけっこんはできませんのよ、ルーにいさまはもっとほうりつをべんきょうなさらないとだめよ、おうさまになるんですから!」だっけ?可愛かったなあ」
「ああ、もう、恥ずかしい、忘れてくださいませ、子供でしたのよ」
「…ど、どういう、こと?」
混乱しきったリュシアーナ様が吐き出すように言う。
「私たちは幼少の頃から親しく育ったのだよ。そのせいで、ナジェイラは我々の事をきょうだいだと思い込んでいてね」
「ええ、ですから、今も昔も殿下方のことはお兄様のようにしか思えません」
「幼いナジェイラの言葉に父上も腹を抱えて笑っていてな、それならば婚約は無しとして、ナジェイラの結婚は王家の信頼の厚いものとさせようとおっしゃっておられた」
「まあ、陛下はそんなことを?」
「ああ、母上と一緒にどの男ならナジェイラを嫁にやれるかなどと話していたよ」
皇太子殿下は微笑みを浮かべたまま、リュシアーナ様へ問いかけた。
「さて、そういうわけだが、いったい誰が誰に嫉妬していたと?」
結局、リュシアーナ嬢が受けていた嫌がらせは他の令嬢によるものと自演だと言うことが発覚し、第二王子殿下は他国からきた王女を嫁にめとり、私は王太子殿下の側近である男性に嫁ぐ事になりました。
めでたしめでたし。
空気よめない人=お付の人