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「法螺會」課題

神様の新年会

作者: ミス・グリーン 齋藤一明

これは、ミス・グリーンと齋藤一明の共作です。

初めて体験した共作。楽しかったです。


本文中のエピソードには、一切の悪意はありません。

宗教的意図はありません。

「走っていたのです」

 会場の入り口でにこやかに来場者の対応にあたっていた釈迦に、キリストが意味不明のことを言った。

「えっ? な、何やの、いきなり。さっぱり意味がわかりまへんが」

「ですから、走っていたのです」

「せやから、何が? 仕事を終えたウマが喜んで走ってたんどすか?」

「……どうしてウマなのですか、私が走っていたのですよ」

「はあ、さよかぁ。あぁ、なるほどねぇ、あんさんは十字架にぶら下がっているんが仕事やさかい、筋トレどすか?」

「しっ、失礼な! それならあなただって年中座ったままじゃないですか、お互い様でしょう」

「何を言うかと思ぅたら……。残念やけど、あては時折横になって休みますよって、筋トレなんぞ。それよっか、こういう機会やないとでけへんお話かておまっしゃろ? 始まるまでの間、あんじょうたのんまっせ」


 釈迦とキリストが立ち話している脇を避け、来場者はそそくさと会場に案内されてゆく。いちいち会釈するのは釈迦だけで、キリストは知らんぷり。

 釈迦に会釈する来場者には、キッキッと片目をつむった釈迦が、早くこの場を離れるように指先で合図をしていた。それでわかるように、キリストは鼻つまみ者なのである。

 尊大ぶって両手を広げてみたって、歓迎するポーズだなんて誰も思わない。鳩に餌をやっているのと同じにしか受け止めてもらえないのだ。皆が裏でどんな噂をしているかくらい、キリストだって薄々感づいている。しかし、相手の言い分に耳をかすつもりなどまったくなく、自分の意見ばかりを声高に押し通そうとするのである。当然のことに反発もあるが、事あれば叩き潰してやると豪語するばかりで、反省ということをしないのがキリストなのだ。


「いやぁ、ゼウスさんやおへんか。遠いところをおおきにぃ、お疲れどっしゃろ」

 キリストの相手をするのに辟易していた釈迦は、ある一団が受け付けを済ますのを待っていた。筋骨隆々とした男、造形の極致ともいえる女の一団である。釈迦は、たった今気付いたように相好を崩した。懐かしい顔ぶればかりである。竪琴を小脇にした者、葦笛を吹き鳴らしている者、勇ましい出で立ちの若い女や、貝殻で秘部を隠しただけの娘もいる。三つも首がある犬を連れた者もいた。

 おざなりに目礼を残してキリストから離れた釈迦は、御茶屋の女将さえ真っ青になるほどの歓待である。


「おおっ、これはインドのお方。久方ぶりですなぁ。あいかわらずにこやかで」

 ピカピカッ、ゴロゴロゴロゴロ…… 

 筋肉質の巨漢で、天然パーマのかかった金髪である。釈迦と会えたことが嬉しいのか、稲妻を何発も床に打ち込むしまつである。

「相変わらず、賑やかでおすなぁ。せやけど、ゼウスさん、そないに雷落とさんよう頼んまっせ。なぁ、別嬪さんの御寮さんも一段とあでやかや。なんでギリシアのお方はんはこないに美しいのやろ、かないまへんなぁ」

 惚れ惚れとヘラの金髪を掬い、感極まったようにイヤイヤをしてみせる。

「インドのお方、殿方がそのくらい口上手だと良いのに、なかなかうまくいかないのが世間ですね」

 いつも嫉妬深いと陰口をたたかれるヘラなのだが、熟れた色気をムンムンさせる美女には違いなかった。

「こ、こらぁ御寮さん、いつもながらに手厳しおすなぁ」

 釈迦は軽くヘラの肩先を叩いてみせた。他の者が近づこうとすればマナジリを上げるヘラだが、釈迦の笑顔と話術には警戒心を解いてしまう。それほど親しい仲なのである。

「いやぁ、アテナはんにアポロンはんどすか? まっ立派にならはって……。アフロはん、あいかわらずキワドイ格好で……。あてかて男でっさかい、クラクラーッとなりまっせ、ほんまイケズやわぁ。あんさんと天照さん、いっぺん勝負しはったらどないどす? あら! これは珍しい。ゴルゴンはんも来てくれはったんどすか。ああ、プルートはん、犬は堪忍どっせ」

「インドのお方、キリストを放っておいていいのですか?」

「へぇ、かめしまへん。あっちが傍に寄ってきはっただけどっさかい。それに、ゼウスさんは老舗どすがな、歴史が違いますわ。あないな、どこの馬の骨ともしれんポッと出なんぞ放っときなはれ。そや、席までご案内しまひょ」

 釈迦は、キリストと離れる勿怪の幸いと、ゼウスとヘラを席に案内した。


 ゼウスは重鎮中の重鎮である。本来ならホストの隣に席を与えるのがふさわしいのだが、ホストは天照ちゃん。その隣に座らせたら、やきもち焼きのヘラが大騒ぎをすることは確実である。それに、女とみれば見境のないのがゼウスである。天照ちゃんに不埒なまねをさせないために席を二つずらしてある。

 天照ちゃんの両隣は、倭に馴染みのある神の席だ。片方は釈迦。もう片方はカムイコタン。その隣に琉球のヒヌカンシャーが座ることになっていた。ゼウスの席はヒヌカンシャーの隣で、その隣がヘラである。



 一方のキリスト。誰も話しかけてこないことを何とも思わず、そろそろ開幕にしようと考えていた。キリストを擁護するわけではないが、決して悪意はなかったのだろう。しかし、今回の仕切り役はキリストではない。仕切り役から何の相談も受けていないのに先走ってしまっただけなのだ。


「それでは皆さん、そろそろ時間となりますのでご着席願います」

 無造作に真鍮製の杯を取り出したキリストが突然発した言葉に、一座の者が固まった。そういう突飛な発言はキリストの本領発揮ともいうべきだが、まだ誰もが手さえ拭う前の発言だった。せめて座が沸いてからならともかく、よくよく場の空気を読まぬ勝手気儘な発言に、やんわりと釈迦が水を注した。


「キリストはん、あんさんはお客さんどすがな。ここは主催者の顔をたてるんが筋どっしゃろ。出しゃばりは嫌われまっせ」

 普段から目を細め、にこやかなな微笑みをふりまいている釈迦には似つかわしくない冷ややかな態度だ。微笑んでいるだけに得体のしれない恐ろしさがある。キリストは何も言えなくなって席についた。

 おとなしく席についたようだが、ちゃっかり中央に座を占めている。よくよく身勝手、傍若無人な態度である。



 今日は神様の新年会。遷宮なった伊勢に宴席が設けられている。

 伊勢にキリスト。それを不審がるのは素人というものだ。はるか上古からキリストは伊勢に足跡を残している。嘘だと思うのなら伊勢の灯篭を調べてみるがいい。ダビデの星が刻まれた灯篭が立派に立っているのを知るだろう。

 話が逸れてしまった。神様の新年会を中継することにしよう。



 晴れの新年会だというのに、ボサボサの髪を垂らし、埃だらけのケープを纏ったキリストは、並み居る神々に着席を促した。両手を大きく広げ、英雄気取りである。

「これ、キリスト君、今年のホストは君ではないのだよ。そこはホストの席だ、少しは自重したまえ」

 キリストにとって親分格であるヤーべが、垢まみれのキリストの手を軽く叩いた。


「これはご本家。今日はめでたい新年会ですぞ、私は座を盛り上げようとしただけのことです。もっとお気楽になさってください」

 ユダヤの主にたしなめられては言い返すことができないキリストなのだ。というのも、自分はユダヤの分家、はっきりいえば破門された身なのだ。本家を圧倒する資産(信者)を握ったとはいっても、成金とか異端児のレッテルをどうしようもできなかった。すでに天下を握ったような自分が、せっかく場を盛り上げてやろうとしたのに、拡げた手のやり場に困ってしまった。一方のヤーべは、何かといえば羽振りのよさを鼻にかけて大騒ぎするキリストを苦々しく思っている。それというのも、キリストの分家であるアッラーが控えめな態度を崩さないことを好ましく思っているからでもあった。本家をさしおいて座を取り仕切ったり、大声を上げたりすることはなく、姿をみせること自体を遠慮する奥ゆかしさがあるからなのだ。


「どこが私の席かな? 中央が定席だから調子が狂ってしまうねぇ。ところでアッラー、去年の業績はどうだった? なかなか景気が上向かないけど、収支トントンなら我慢しないとね。まあ、困ったら遠慮なく相談に来なさい、悪いようにはしないからね」

 座が白けかけたのを察して歯の浮くような世辞を言いながら、キリストはヤーべの隣に不服そうに腰掛けた。


「それはありがとうございます。ですが、なんとか成り立つ程度にはさせてもらっていますので……」

 ヤーべのむこう隣の空間がモヤモヤッと揺らぐとともにエコーの効いた声が伝わってきた。

 キリストにしてみれば、アッラーは分家なのだ。その分家がヤーべと肩を並べて席を占め、自分に対して対等にものを言おうとする態度もそう。とにかくアッラーのすることがいちいちキリストの自尊心を逆撫でするのだ。イバラの刺さったコメカミをピクピクさせるに十分な態度だった。


「今日は日本のお方が主人ですから、主人の合図があるまで大人しく待ちましょうよ。ねえ、キリストどん」

 小ばかにしたような言葉にカーッとなったキリストは、頭上の光輪をギラッと光らせた。


「まあまあ、めでたい席やおまへんか、穏やかにしまひょいな。ところで、キリストはんは光が弱いようやけど、お酒を飲まはるよって能力が落ちてもうたんどすか?」


 キリストには、ヤーべと釈迦に挟まれた席が割り当てられていたのだ。憮然としているキリストを気遣ったように釈迦が穏やかに語りかけた。言葉遣いこそ丁寧だが、釈迦は髭の先を指で捻りながら鼻先で笑っている。


「なんの、もっと光りますよ。一杯ひっかけたら大変なことになる、まぶしくって」

 キリストは、負けん気を出して言った。

「さすがキリストはんや。どんだけこの世を照らせるかがあてらの力量でっさかいなぁ。あてなぁ、ここんとこ節制しすぎて栄養不良気味ですねん。光り方が弱うなって悩んでますの。今日かて、ちょっと冷え腹でおまして。出がけに姿見に映したんどす。せやけど、ボーっと明るぅなるだけですねん。せや、ちょっと見てアドバイスしとくんなはれ」

 釈迦は静かに立ち上がってキリストからよく見えるように正面を向いた。


 静かに合掌すると身光が表れた。次いで印を結ぶと頭光が、更に挙身光となった。すでにキリストでは歯が立たない眩さである。

「インドの……、立派に光っているではありませんか」

「何言うたはりますの、こっからですがな。よろしぃか?」


 釈迦が更に印を結ぶと、放射光の先端に小さな光がほとばしった。

「なっ、弱いやろ? こんなん、光ケーブルみたいでなさけのうて。以前ならLEDみたいに光ってたのに……。なあ、どないしたら元のようになりますやろ?」

 薄目を開けた釈迦は、今にも泣きそうな声をよそおっていた。


「もういいですよ、傍迷惑だから落ち着いてください」

「しやけど、あれがでけへんと発言権なんぞあらへんし。皆から馬鹿にされるわなぁ」

「……なぁに、その時には腕づくで教えてやればいいですよ、立場というものを」

「またぁ。キリストはん、冗談がきつおすえ。いやしくも仏たるあてに腕力勝負やなんてできますか? キリストはんかって口癖みたいに言うたはるやおへんか。あっち叩かれたらこっち差し出せて……」

「……」




 招待客がすっかり席につくと会場の上空に厚い雨雲が垂れ込め、黄昏時を思わせる暗さになった。五連の屏風がたたまれると、広い石舞台になっている。その先は山肌で、大きな岩がごつごつした肌をみせていた。

 岩の縁には真竹が鮮やかな緑色の柱となり、二本の間に注連縄が張ってある。そして、舞台の四隅に篝火が焚かれた。



 コォケコッコ――――――――――――――――――――――――

 長鳴鳥が長いながーい尾を引いてショーの開始を告げた。


 舞台の上では、車座になって酒宴にうち興じる一団がいる。大きな瓶からジャブジャブを酒を汲み、誰彼かまわず注ぎ合う、賑やかな酒宴である。大小さまざまな銅鐸が打ち鳴らされ、宴はますます盛り上がるのだった。

 と、一人の美女が立ち上がって狂ったように舞い始めた。すでに相当酔っているのか、豊かな乳房をブルンブルンさせて踊っている。バチバチと薪のはじける音とともに火の粉が舞い上がり、激しく舞う美女に濃い陰影をなげかけた。

 周囲から下卑た掛け声や手拍子がとびだし、それに気をよくした美女は、陰部もあらわに踊りに激しさをくわえていった。


 山肌の大岩がズズッと動いた。

 すると、岩の隙間からまばゆい光が帯となって迸った。


 その光にむけて、大きな金属鏡が差し出される。

 中からの光を誘い出すかのように、鏡は前へ、後ろへ。一進一退を繰り返しながらじわじわと岩から離れてた。


 躊躇うようにのぞいた手首を一人のマッチョが掴み、無理無体に引きずり出そうとする。

 必死で抗っているのか、光はサーチライトのように上へ下へと激しく動いた。


 が、屈強な男にかかっては無力なものだ。まだ隙間が十分に開いていないというのに、マッチョが引きずり出したからたまらない。着ていたものが破れてしまい、申しわけ程度に秘部を隠した女性が登場した。それこそ今日のホストである天照皇大神、愛称、天照ちゃんである。

 出産どころか男性経験もない無垢な肌からは、恥ずかしさもあって遮光グラスが必要なほどの光が放たれていた。

 ヴィーナスの誕生という絵のモデルとして、グラドル界に君臨し続けているのである。

 その天照ちゃん、一座の者が歓声や口笛を鳴らす中でマッチョの頬を張り飛ばした。

 腕で胸乳を覆い隠し、腿を絡ませて下卑た視線から巧みに隠しているだけあって、怒りの一発に迫力がない。しかし、アイドルでありながら神々のトップとして君臨する天照ちゃんの怒りと羞恥による一発である。とたんに座がシーンとなった。

 誰が用意したのか、天照ちゃんにケープが掛けられた。すると失望のため息が広がり、ケープを用意したおべっか使いに対する不満がそこかしこに湧き上がる。ドンドンと床が踏み鳴らされて不満の意思表示。



 マッチョのサービス精神が番狂わせではあったが、かくして宴会が始まったのである。

 それにしても天照ちゃんのヌードがちらついてしまい、参加者の顔は強張っていた。

 瞑目する者、前屈みになっている者、薄目を開けてよだれを垂らしている者、いろいろである。薄目をあけたまま陶酔している釈迦とは対照的なのがキリストで、血走った眼をクワッと見開き、イバラの刺さったところばかりか、鼻からも鮮血を滴らしていた。



 まずは乾杯なのだが、これまた嗜好が千差万別。

 天照ちゃんを筆頭に、八百万の神々は素焼きの杯にちょっぴりの濁り酒。釈迦は托鉢の鉢に緑茶を。カムイコタンは、ヒヌカンシャーに薦められて泡盛に興味津々。

 ヤーべは持ち手のついたカップに山羊の乳を満たし、アッラーにいたっては何も掲げていない。

 両隣が酒を飲まないのが面白くなさそうに、キリストは磨き上げた杯に並々と葡萄酒を注いだ。


「では、皆さんの健康を……」

 よくよく自分本位なキリストがすっくと立ち上がり、乾杯の音頭をとろうとした。

 それくらいなことは予測していたのが、司会役の大国主。楽士に合図をしてキリストの言葉をかき消してしまった。

 笙の音が隅々にまで清々しさを送り込むと、大国主がマイクにむかった。


「皆様、遠いところをおはこびいただきました。本日の進行を勤めます大国主でございます。すでにご歓談が始まっている様子ですが、まずは乾杯をしたいとぞんじます。乾杯の音頭でございますが、老舗中の老舗、最長老であらせられるゼウス様にお願いいたします。ゼウスさん、中央へどうぞ」

 またしてもキリストの失態であった。


 ヘラが凄い目で睨みつけているにもかかわらず、ゼウスは初々しい天照ちゃんに必要以上にくっついて、モゴモゴと要領をえない挨拶をしたあと、高々とネクタルが満たされた杯を掲げてみせた。

「では、これより無礼講でいきましょう。乾杯!」

 天照ちゃんと杯を打ち合わせ、ちびりとネクタルを口に含んだゼウスは、襟の合わせ目から乳房でも見えぬものかと天照ちゃんを見下ろした。

 軽く目を閉じ、嬰児のような頤を仰のける様は、ギリシアにはない美である。触れれば崩れそうでいながら、泣き黒子、好き黒子が男をひきつけてやまないのだ。そんな姿を間近に見てどうにも我慢しきれなくなったのか、ゼウスがさりげなく肩に手をのばしかけた。


「あーーた!」

 へらへらと愛想笑いをふりまいていたヘラが怒号をとばした。そのとたんに、ゼウスは牡牛に姿を変えて嫌そうにヘラのそばへ戻って行った。




 誰も酌に来る者がなく、両隣も酒を飲まないので、キリストは手酌である。ついつい杯を空ける回数が多くなる。酔いがまわるにつれ、周囲の冷淡なことに苛ついたキリストは、蒼白になりながらぶどう酒をがぶ飲みしていた。だけど、一人で飲む酒ほど味気ないものはない。かといって他の席へ挨拶に出向くことは自尊心が許さない。だから、ひたすら飲み続けるしかなかった。


「おい、アラブの……。ウッ、プフー。どうだい、少しは信者が増えたか? なんなな、グビッ……。なんならお前、少しくらいわけてやろうか? ムフー……。だぁかぁらぁ、信者をわけてやろうか、ってんだよぅ」

 急にまわった酔いに口元をおぼつかなくさせたキリストは、アッラーにからみだした。

「キリストどん、こんなことを言いたくないが、中途半端な信者は破門しているくらいだからねぇ。気持はありがたいが、遠慮しとくよ」

「なんだとぉー。やい、アラブの。お前、たいそうな口叩くようになったもんだなぁ。えぇ? お前は俺の分家じゃないのか? 分家の分際で……。このやろう」

「おい、キリストどん。いくら宴会だからって正体なくしてどうするんだね? 周り見てみろよ、お前さん、信用がた落ちになってしまうよ。いいのか?」

「けっ、関係あるか、馬鹿野郎。俺ぁなぁ、一番大きな……、おまえ、ざ、財閥だぞふざけやがって。雑魚が何言ったって痛くも痒くもあるもんか」

「口はばったいようですが、これでも皆さんに可愛がっていただいててね、まがりなりにも財閥の仲間入りをさせていただきましたのでね。それに、信者は毎日五回も敬虔な祈りを捧げてくれるのですよ。だから、天国へ行くことを許した信者には、七十二人の処女と交わることを認めてやりました。どれだけ飲んでも悪酔いしない酒も与え、肉だって食べ放題にしてやりました。だから、それは真剣に祈ってくれますよ」

「しょ、処女だぁ? 最低だなあ、酒池肉林で釣ったってわけだ。はっ、それを神が与えるだと? は、は、破廉恥な教えを広めたなぁ、アラブの……。は、腹がよじれて……、どうにかしてくれよ」

「そうは言うがな、キリストどん。信者はみな平等なのがうちの売りなんだ。どこやらみたいに胡坐かく奴なんかいないんだよ、だから、死に物狂いで祈るわけだ。なあ、酒飲んでクダまく暇があったら考えることだ。信者の数じゃないよ。じゃないと、いずれ倒産してしまうよ」

「んなろー、こきゃぁがれ! 大人しくしてたらいい気になりやがって……。俺ぁ先輩だぞ、天下握ったんだぞぉ馬鹿野郎がぁ。お前が財閥だぁ? ふざけんなよ、こらぁ。こそこそ隠れやがって、んなにみすぼらしいご面相かよ」

「何を言うかと思えば……。醜態は晒したくないものだなぁ、えぇ? くやしかったら自分も姿を消したらどうだ? いい恥さらしですな、キリストどん」

 酔いがキリストの声を大きくしていた。アッラーの挑発もあって、すでに手がつからなくなっている。参加者は、それを遠巻きにして眉をひそめるばかりだった。



 キリストが大顰蹙(だいひんしゅく)をかっているその宴の片隅、なにやらひそひそと小声で話し込んでいる一団がある。釈迦と日本の神様たちだ。神様たちの多くはもともと異国の生まれなのだが、長年日本に住んでいるうちに「たむろする」という日本固有の習性を習得してしまったようである。しばらく、その話に耳を傾けてみよう。



「天照はん、この伊勢神宮、式年遷宮いうてえらいきれいにしはって。さぞかし参拝者もぎょうさん来はるんやろなぁ」

 釈迦さんが天照ちゃんに話しかけた。


「おかげさんで参拝者の数だけはね。けど。人々の祈りの質が……」

 そこまで言うと、天照ちゃんは大きなため息を吐いた。


「祈りの……質でおすか?」

 怪訝な表情で釈迦は聞き返した。


「そうじゃ、祈りの質じゃ。わしら神仏は人々の祈りを糧に生きておる。祈りなしには生きられんのじゃ。そらぁ祈りの数が多いに越したことはない。しかし重要なのは質じゃ。味わいじゃ」

 恵比寿が横から話に加わった。


「そうさね。どれだけ真剣に祈ってもらえるかは大事なこった。そういえば、音楽や勝負事の神として名高いアタイだけど、最近遺伝子なんとかってものがやたらはやって、才能があるとかないとか全部わかるんだっていうじゃないか。どうなってんだい? 遺伝子なんとかって、新しい宗旨かい?」

 弁天が桃色の薄衣を揺らしながら恵比寿に問いかけた。


「わしもよぅは知らんけぇじゃが、人間は科学のにおいが好きじゃでのう。若い者が神の仲間入りを狙ぅとるんかもしれんわぁや。試験管の中で預言をしとるんかもしでんで、いよいよ、やれんぃのう」

 恵比寿が柄にもなく難しい顔で答えた。


「おら方も昔はこぞって長寿さ祈願したもんだ。いやいや、祈りの質さ高かったなあ。それが最近は高齢者問題さ言い出しおって、長生きさありがたくねぇんだと。そればりでねぇぞ、事もあろうに問題視してやって。まったく世も末だ。そうだべ?」

 白鬚明神が長い髭を撫でながら愚痴をこぼした。


 神様たちが一様に暗い顔をする中、大黒が大きな袋を担ぎ直しながら言った。

「お互いによぅ、愚痴こぼしとってもしゃあないで、何ぞ対策を考えよまいか」

「対策ねぇ」

 神様たちは顔を見合わせた。


「わしが思うによぅ、元凶はキリストさんだわ。実いうと、いやな噂を聞いてなぁ」

 大黒が声をひそめて、神様たちにもっと近寄るように手で合図をした。

 それから神様たちは顔を寄せ、頭をぶつけ合いながら、ひとしきり話し合いをしたのである。




「ちょっとキリストはん、声が……。ほかのお客さんに迷惑どっさかい、もうちぃと小さい声で」

 釈迦が番頭のようにやんわりとキリストを嗜めたのだが、完全に酔っているキリストの耳に届くわけがない。無抵抗な釈迦の顔をツルリと撫でた。二度、三度。


「キリストはん、テンゴが過ぎてますなぁ。それにや、あんさんとはそないに親しいお付き合いさせてもうてまへんわなぁ。なんぼ親しゅうても、これはあきまへん」

 釈迦の顔から笑みが消えた。

「なあキリストはん、あんさんは酔ぅたはる。せやけど、あては素面や。ただの冗談では済みまへん。こらぁ喧嘩づくや、どない決まりつけはりますのん?」

 いつの間にやら釈迦を護るように四天王が出現していた。

 持国天、広目天、増長天、多聞天が塑像のように釈迦の背後に控えている。そして、その後ろではもやもやと空気が歪むたびに十二神将が姿を現していた。


「うっるせえ奴だなぁ、ったく。サタン! こいつを黙らせろ」

 血走った目で釈迦を見据えながら、キリストはサタンを呼び出してしまった。


「ははーん、これがあんさんの手口どすか。よーぅわかりました。ほな、あても弟子を使いまひょ。悟空、出番や! 遠慮せんかてかまへん。いてもうたり!」

「お釈迦様、やってよろしいんで?」

「かまへん。タコ殴りかてイカ殴りかてかまへん。手ぇぬかんと、きっちりシバキあげたらんかい!」

 釈迦は、ついぞ下品な言葉を口走ってしまった。



 石舞台の上に力士ほどもある巨漢がふてぶてしく腕を組んだ。ヤジリのような鋭い尾がコブラのように鎌首をもたげ、なんのつもりか巨大な翼をバタバタさせている。全身粘土のようにヌメヌメして汚らしい黒である。額の真ん中から突き出た角をむけて、厭らしい朱色の舌をベロベロさせればすべての者が失禁してへたりこむ。人間相手に力を誇示してきただけの世間知らずは、実戦を経験したことのないチンピラのようなものだ。相手の力量を見定めることができるはずがなかった。


 正面でボーっと突っ立っている金色の猿を、サタンは爪の先で弾きとばそうとした。

 小さな頭を爪が弾いた瞬間、脳髄にまで響くような痛みがはしった。

「ィテーー! なんだこいつ。痛ってえ。硬てえ頭してやがる」

 岩を弾いたような痛みに、サタンは思わず痛む指を口にくわえた。


「お前の手ぇ、臭いわ。臭いが染み付くよって触らんでもらえるか?」

 悟空は平然と立ったままである。

「くそう、甘い顔してたら生意気な。痛い目みせてやる」

 サタンは三叉の矛で威嚇した。


「やめときぃ、そんなん持つと怪我するんが関の山や。悪いことは言わんさかい、しまっときぃ」

 しきりとあちこちをポリポリ掻きながら、悟空は無防備なまま薄笑いさえうかべた。


「ナメるな、小僧!」

 サタンは、手加減せずに矛を大振りした。激しく突き上げてきた。しかし、悟空は首を倒し、腰をくねらせ、軽く跳ねるだけで平気な顔をしている。


「悟空、テンゴしてんと、ちゃっちゃとしなはれ!」

 さすがは釈迦だ、悟空が遊んでいることを見抜いている。


 小腰をかがめて頭を掻いた悟空は、耳に隠している如意棒を構えた。小さな猿が茶柱ほどのものを突きつけるのを見て、サタンは猛り狂った。


「小僧、馬鹿にするにも程があるぞ。もう勘弁ならん」

 サタンが矛を大きく振り上げて、まさに打ち込もうとした時である。悟空が突きつけている茶柱があっというまに咽元へ延びてきた。

「くっ、サタン様にむかって飛び道具とは卑怯な」

「ちゃうちゃう、こらぁ伸び道具。飛び道具ちゃいまっせぇ」

「卑怯だろうが、そんな道具は」

「おや……さよかぁ? 卑怯なことはあかん、わいの流儀に反するよって……、ほな、これ貸したろ」

 悟空はひょいと如意棒を放った。つられてひょいと受け取ったサタンは、約八トンもの目方に舞台へ仰向けに埋まってしまった。


「なんやぁ? かなんなぁ……。お前はん、見てくればっかりのミーハーかいな。あほくさ」

 悟空は、舌打ちをしながら如意棒を耳に戻し、サタンを座らせた。



「ウッ、ウーム。 酷いめにあった……、なんだあの棒は。あんなのを片手でヒョイヒョイって、化け物か、あいつ」

 気絶していたことをすっかり忘れサタンはブツブツ呟いていたが、目の焦点が合ってくると、目の前にいる悟空に気がついた。


「貴様ぁ、大恥かかせてくれおって、もう勘弁できん。地獄へ落ちろ」

 言うが早いか、口を大きく開くと業火を噴出した。サタンの秘密兵器だ。

 悟空が一瞬にして炎にのみこまれた。暫くすると炎の中が透けてきた。突然の火攻めに目をパチクリしていた悟空が、やがて欠伸をしだした。温泉に浸かっているような、気持良さげな欠伸である。そして、首や肩をコキコキさせながら、スーハ―スーハー。気持よさそうな深い息だ。やがて大きく息を吸ったとみるや、頬をふくらませてサタンの口めがけてフーーーッ。息を一気に吐き出した。小さな家くらいなら軽々と吹き飛ばす息なのだ。


 ゴウゴウと噴出していた炎が口元で大きな玉になり、ピタッと停まった。次の瞬間、炎はサタンの咽へゆっくり逆流を始めた。


「ギャーーーー」

 口を抑えたサタンは、時折鼻から炎を吹いて苦悶している。そこへ涼しい顔の悟空が抱きついた。


「ギャーーーーーーー」

 十分に熱せられた悟空に抱きつかれたのだからたまらない。焼き鏝を当てられたのとかわらない。思いもかけない反撃にサタンは驚いた。叫び声をあげながら悟空をふりほどくのに必死である。

 悟空がお情けで離れたとも知らず、みるみる水ぶくれになる下腹部を庇うように、サタンは空へ飛び上がっていた。


「あらら、逃げるつもりやな?」

 悟空は含み綿を取り出してぺロリと一舐めした。觔斗雲である。


 雲に乗るなり、悟空は鬢の毛を一抓み抜いて息を吹きかけた。すると、同じように雲に乗った悟空が毛の数だけ表れた。

 すでにサタンは芥子粒より小さくなっているのにいっこうに慌てるでもなく細かな指示を与えた。

「行き!」

 悟空が命じると、一斉に雲の上でとんぼを切った。その瞬間に、分身は消えている。


 息をすること十回ほど。不意に水ぶくれとタンコブだらけのサタンが分身に吊り下げられてきた。

 分身たちがサタンを舞台に叩きつけると、さしもの石舞台に細かなヒビが走った。



「おい、ひだりはし」

 悟空は楽しそうに呼びかけた。

「ひだりはし? 誰がひだりはしだ。俺様はサタンだ、間違えるな!」

 強がりを言ったところで、闘う気力はなくなっている。

「せやから左のはしっこやろ? 左端ちゃうの?」

「サタンだ。棒読みでいい。漢字に変えるな、ったく」

 悟空は、腰に提げた瓢箪の詰栓をそっと抜いた。

「なんや、お前は棒読みのサタンかいな?」

「そう……」

 “そう”というのはイエスと同意語。瓢箪にとって、そのほかの言葉など関係ない。肯定の意思があれば良いのだ。ヒョイっとサタンが瓢箪に吸い込まれた。キュッと栓をした悟空は、すべてを終えたことを釈迦に告げた。


「キリストはん、サタンは退治しましたえ。さあ、このケリ、どうおしやすのんや?

 ええかげんなこと言うのやったら、黙ってまへんえ!」

 釈迦には珍しい、方膝立ちである。


「くそ役に立たん。どうせ始末するつもりだったから丁度いいや。アヤつけるんなら、受けてたつぜ」

「さよか……。八百万の神さんと、あてらを相手に一戦交えるゆうことどすか? 上等やないけぇ。買うで、買うたりまひょ。悟空、サタン出したんなはれ」


「サタン」

「なんでぇ」

 返事をした瞬間にサタンは元通りに舞台に立っていた。

「サタン、これがキリストの本心や。どないするか、あんさんに任せまひょ」

「きったねぇ奴だぜ。こうなったらなぁ、こんなもの、こうしてやる」

 キリストの捨て台詞は瓢箪の中にも届いていたようで、サタンは、懐から取り出した杯を舞台に叩きつけた。

「おぅ、親分子分の杯、見事割ってやったぜ、これで縁切りだ。けっ、義理も人情もねぇゲス野郎め!」

 キリストに毒づいておき、悟空の前に這いつくばった。

「親分、どうかあっしを子分にしてくだせぇ」


「親分? 阿呆言いな、わいは極道ちゃうでぇ」

「いや、こうなったら何でもいいんだ。俺ぁ、あんたに惚れたぜ。ここはどうしても子分にしてもらいやすぜ」

 返事に困った悟空が釈迦に助けを求めると、釈迦は軽く頷いた。

「願いを叶えたんなはれ。ただし、世間に害をなしたらどうなるか……、ええな?」

 仏の慈悲はサタンにもむけられた。


「せやけどなぁ、親分の子分のっちゅうんはどうも……。ほな、兄弟分ちゅうことにしょうか?」

「と、とんでもねぇ。兄弟分だなんて畏れ多い。ぜひ子分に」

「あかん。兄弟やったら目ぇつむるけど、お前もひとかどの男やろ? 面子つぶしてどないすんねん。その代わり……と言ぅたらなんやけど、心を入れ替えて仏道に励むんやで」


「……ありがてぇ。これでも、ちったぁ名を売ったことがありやしてね、人間の王をサルタンと呼ぶんでやすよ。あっしの名前をもじったらしくて」

「サルタン? えぇ? さるたん? 猿たん……。わいのこっちゃないかぃ。兄弟、お前はんニワカの才能があるな。最前に伸び道具、ちょっと滑ってもぅたしなぁ。へーぇ、猿たんなぁ。ほな、兄弟の杯事をしょうか。……なるほどなぁ、……お猿たんかぁ。ところで兄弟、お前はん、独り者か?」

「へいっ。こんな稼業でやしょう? 嫁ぁなんてもっちゃいけねぇと」

「ほうか! せやったら好都合や。空き家が一人いてんねん。心配せぃでも、とびっきりの別嬪や。少々手荒なことしたかてびくともせぇへん。火傷なんか、あっちゅう間に治してまうでぇ。でや、会うてみぃへんか?」

「そんな、兄貴こそ」

「阿呆。わいは国へ帰ったら、それこそ酒池肉林やがな。ともかく会ぅてみぃな。おーぃ、羅刹女ぉ―、いてるかぁー……」



 悟空とサタンが去った後も、釈迦とキリストが睨み合っていた。

「差し出がましいようだが、インドの……。今日はめでたい宴会ですから、ここらで納めないとお客が迷惑します。……どうでしょう、ここは私の顔を立てていただくということで」

 遠慮がちにアッラーの声がした。同門のよしみもあり、なんとか矛先を納めようということなのだろう。

「あぁ、アラブはんどすか。そらぁなあ、なにも好き好んでこないなことしてるんやおへん。あまりに身勝手どっさかいなぁ、それさえ改めてもぅたら文句おへん」

「たしかに我侭な奴で、兄弟子であることが恥ずかしくなる。しかし、なんとか言ってきかせますので」

「それやったら文句おへん。名前だけでも神さんやよって、もうちょっと世間体を考えてもらわんとなぁ。ほな、よろしゅうに」



 あちこちで笑い声が響いている、楽しげに、嬉しげに、神々の宴会は終盤に近づいていた。

 舞台では、カムイコタンが連れてきた楽人がムックリをビヨンビヨンと演奏するのにあわせてヒヌカンシャーが指笛を鳴らして踊れば、つられた神々も舞台で真似をして踊りの輪ができていた。


 それを横目にして、キリストとアッラーの言い争う声が大きくなっていた。


「なぁ、いいかげんに自分勝手は慎んだらどうだい? 見渡してみろよ、皆さん和やかにしていなさる。お前だけがギャーギャー騒いでんだぞ」

 何度も説得を繰り返したのに、いっこうに耳をかそうとしないキリストに呆れ、いつしかアッラーはぞんざいな言葉使いになっていた。


「うるせえってんだろう。手前ぇ何様のつもりかしらねぇけどな、仲裁なんかできる貫禄じゃねぇんだ、すっこんでろ!」

 ここまでくるとキリストも本性むき出しである。

「なにかと言やあ老舗だってこきやがって、おいぼれじゃねぇか。あんな奴らがのさばってっから業界全体がとばっちり喰らうんでぇ。俺の言う通りにすりゃぁ間違いねぇんだ」

「それだ、キリストどん。その考えが諸悪の根源だ。気付かねぇのか?」

「てやんでぇ、どこが悪いんでぇ」

「じゃあ言わせてもらうがよぅ、手前ぇの信者。ありゃなんだ? 人様のショバへズカズカ踏み込んで、他人様の悪口言ってるじゃねぇか。仁義もへったくれもねぇぞ。おまけに人様の教えにイチャモンつけやがって、やるに事欠いて経典を燃やすじゃねぇか。手前ぇの教育がなってないんだよぅ、馬鹿にするにも程があらぁ」

「知るけぇ、そんなこと。信者が勝手にやったことだろうが」

「そうれ、それだ。手前ぇは自分が絶対正しいつってホゲタ叩くくせしやがって、しくじりは全部信者が馬鹿だったって言い逃れしやがる。恥ってもなぁねぇのか」

「やった者勝ちだろうが。悔しかったらやってみろよ、馬ぁ鹿」

「そうかい、そうくるかい。やった者勝ちなんだな? いいんだな? いいんだぜ、こっちにゃ鉄砲玉がごまんといるんだからよぅ。さっ、どうするぃ? 腹ぁすえて答えてくんな」

「やれるもんならやってみろ。やったが最後、縁切りだからな」

「上等じゃねぇか、ほえ面かくな!」



 天照ちゃんと祈りの質を向上させる方策を練っていた釈迦は、あまりにもキリストが頑迷なことに腹を立てた。

 すっと立ち上がるなり、音もたてずにスッスッスッ。大国主の前にあるマイクを掴むなり、出席者に事のしだいを訴えたのである。


「皆さん、お楽しみのとこ、えらいすんまへん。あてはインドの釈迦どす。実は、皆さんにどうしても聞いてほしいことがおます。お楽しみの邪魔してすまんことどすが、言わせとくんなはれ」


「なんだい? なんでも言ってみな! 二次会かい? 三次会かい? どこへでも行くぞ!」

 良い気持で酔った客が合いの手を入れた。

「へぇ、おおきに。実は、さいぜんからキリストはんが悪酔いしたはります。恥ずかしいことどすけど、あてとも揉めまして、皆さんごらんのざまでおした。そこをアラブの方が取り持ってくれはったんどすけど、こんどはそっちに絡んでおしてなぁ。難儀なことになってしもうて。ほかにもキリストはんには改めてもらわなならんことがおす」

「おう、面白い見世物見せてもらったぜ。さすが日本の方たちだって感心してたんだけど、あらぁマジだったのかぃ? ったく、しょうがねぇな。それで相談ってのは何だぃ? いいから言ってみな」

「へえ、実はなぁ……」

「なんでぇなんでぇ、こちとら気が短けぇんだよ。スパーンと言ってくんなぁ」


「実は、神社や寺の門前で営業妨害させてますのや。気ぃ良うお参りに来る信者に悪吹き込んだり、自分とこの宣伝させてまして、せっかくのお参りが台無しどすわ」

「お前ぇさんとこもやられてるのかぃ? 呆れたもんだな」

「そっちでいろいろ相談してたんどすけどなぁ、キリストはん、祈りの質を落としたはります。そらぁ、自分の願いを祈るんは当たり前どす。しやけど、自分さえ良かったらええんどすか? 自分だけやのうて、村や町や国の幸せを祈る心が肝心やおへんか。あのお人の教えやったら、そんなんを無茶苦茶にしてます。あてら、信者の祈りを食うて命をつないでいますやろ、最近の祈り、味気のうて栄養になりまへん。こんなん続けはるんやったら、協会から出て行ってもらうか、皆さんでお灸据えるしかおへん。どないしまひょ?」


「もし……」

 どこからともなく遠慮がちな声がした。しかもか細い声だった。

「誰や? どなたはんどす? まことにありがたいこってすけど、そないに弱々しい声では……」


「まことに差し出がましきことなれど、わらわがお役に立てるなら、ぞんぶんに合力いたしましょうほどに……」

 大きな扇で顔を隠し、ズリズリとにじり寄る者がいた。


「ゴルゴンはんどすか! そないな無茶なことを……。石にするつもりどすか?」

「されば、石に変え、砕きし後に臼ですり潰し、木目細やかな砂にいたせば、二度と不埒なふるまいはできまいとぞんじまする」

「……」

「ご返答や、いかに」


「あっあっ……、阿呆なことを……。そんなんしたら、キリストはん滅んでしまはります。そんなん人間に知られてみなはれ、不信心になってもうたら元も子もおへん。気持だけもぅときます。他になんぞ知恵おへんか?」



 ああでもない、こうでもない。さんざん意見がでたものの、この場を丸く納める妙案にはいきつかなかった。

「お釈迦様」

 後ろで議論を聞いていた悟空が、えんりょがちに進み出た。

「つまらん思いつきでっけど、これ、どないだ?」

 太い指で自分の金冠を指した。

「キリストはん、イバラの冠してまっしゃろ? せやったら、これしてても目立ちまへんやろ」


 なるほど金錮なら目立つことはないし、どこにいようが釈迦の呪文一つで意のままになるではないか。

 釈迦は、おのれの迂闊さを恥じる一方で、悟空の知恵に警戒感を抱いた。

 いずれ力をつけた悟空が自分の地位を奪おうとするかもしれない。そこまで表立ったことをせぬまでも、自分は悟空の操り人形に堕とされてしまうかもしれない。

 用心するにこしたことはない。

 妙案に感心し、発案者が弟子であることを誇らしげに喧伝しながら、釈迦の心はゾワゾワと波立っていた。




 悟空の分身に全身を拘束されたキリストは、能力の全てを使おうとして唯一自由になる目蓋をパッチリ開いた。が、瞬間に堅く閉じてしまった。

 キリストの正面に、念入りに化粧をしているゴルゴンがいるのだ。顔を背けることは……悟空の分身が押さえつけているので、できなかった。

 仮に顔を固定できなくても、悟空には考えがあった。ゴルゴンに分身の術を教えてやれば良いのだ。


 すっかり抵抗できなくなったキリストに、金錮を持ったサタンが近づいた。

「さんざん人をコケにしやがって、手前ぇみてぇな奴は協会の恥だ。追い出されねぇだけありがたく思え!」

 憎々しいげに金錮をかむせようとしてピタッと手を止めた。

「そうだ、こっちに被したほうが面白れぇかもしれんなぁ。よしよし、ちょっと待ってろ」

 床まで垂れた裾をゆっくり捲りあげてゆく。


「汚ねぇ物ぁ晒さないでやらぁ。なんでぇ、びびってんのか? 干からびてるぜ」

 サタンが裾の中に金錮をもぐりこませると、キリストの目蓋が膨れ上がった。

 目を剥きたい。だけど目の前にはゴルゴンがいる。そのジレンマに悶えているのだろう。

 サタンの手がスッと動いたとたん、一瞬だがキリストの目が最大限まで剥かれた。

 その一瞬に、タイミングを逃して残念そうなゴルゴンの残像が焼き付いた。


「サタン! 大事な物でっせ、そないなとこに……。真面目にしなはらんかいな」

 釈迦の叱声に、しぶしぶ金錮をかかげたサタンは、ため息をもらしながらキリストの頭に載せた。そして、イバラの冠を元通りにした。


「お釈迦様、ちょっとキリストはんにわからせたったらどないだす」

 その苦しみを知っているのは悟空だけである。今日この時から苦しみを共有する者がいる。悟空は、嬉しくてたまらないようだ。


「せやな、ほな。オンコロコロ……」

 釈迦がブツブツと呪文を唱えたとたんに、ギャーーーという悲鳴が上がった。


「キリストはん、悪さしはったらこうなるんのどすえ。よろしいか?」

 その場に崩れてピクピクしているキリストは、ただ激しく頷くしかなかった。



「サタン、ようやってくれはったさかい、褒美をあげまひょ」

 思いがけない言葉にサタンは躍り上がって喜んだ。

「そないなとこにいんと、ねきにおいない」

 許しを得たサタンは、得意そうに釈迦のすぐそばまで進み、跪いた。


「ほな……」

 釈迦の手にしたもの、それは金錮だった。両手をささげて褒美を待っているサタンの頭に載せる。


「あれはいったい、どういう悪ふざけどすか? 金錮を○ンコに嵌めてからに、冗談では済ましまへん。お前も反省せなあかん」

 そして呪文を……


 あまりの激痛に、四肢はおろか尻尾も翼もピンピンにしたサタンは、そのまま後ろに倒れてしまった。




「えー、宴たけなわではございますが、ずいぶんと時間がたちましたので、ここで中締めと……」

 接待役に徹していた大国主が鼠やウサギを肩にのせてマイクに立った。

「では、中締めの音頭を北欧の……」




 ここ数年、急激に水くさい祈りしか収穫できなくなっていた。それも、収穫高は減少の一途をたどっている。人間が科学を重視し、神々に近づこうとする姿勢は微笑ましいものがある。が、科学を偏重することで心のありようを見失ってしまった。それが水くさい祈りとなっているのである。

 吾が安寧を願い、親兄弟の幸福を願い、周囲の者の息災を願う。吾が事よりも、むしろ他の幸を願う祈りにこそ、滋養に満ちた芳醇な味わいがあるのである。

 人間の姿勢を正すには、まず神々が範とならねばならないのだと、出席した神々はこぞって思うのであった。

 そして同時に、人間が心をこめた祈りを忘れたなら、人間を一度殲滅してもかまわないとさえ考えていた。

 異性に興味を示さなくなれば、たかだか百年をまたずに人間を一掃できるのだから。


「どうだね? 二次会でも行くかね?」

「んな。贔屓のとこさ帰ぇるべ。夢に出てやらねばなんねぇしな」


 そんなことを言い合いながら、神様の新年会は幕を閉じた。



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[気になる点] 粗筋だけ読みました。キリスト教への無理解が非常に不愉快です。
[良い点] カオス感満載の中に、妙な説得力のある一話を楽しませて頂きました。 ミス・グリーン様との共作との事ですが、どこから何処までがどなたの筆なのか、まるで区分けが付かぬ程見事な融合を遂げております…
[一言] 読みました。 感想は以前書いたとおりですが、共作なのにツギハギしている感じがしないですね。共作だということを忘れていました。 こういうことも面白いですね。
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