Rは一人の女を生みました
Rは一人の女を生みました
呼ばれた孫は、おじいさんの居る部屋に向かいました。
「じいさんが部屋に来いって」
おばあさんは笑顔で言いました。
孫はまだ小学二年生です。
物の道理も区別がつかぬ、幼い生き物です。
おじいさんの部屋は、木造二階建ての上階南側に位置しています。部屋のドアは閉まっていました。
「おじーちゃーん」
孫はノックしながら中に呼びかけました。
おじいさんは無表情に近い顔で中から出てきました。孫を見ると、へらへらと笑いながら、よく来たなと言いました。
おじいさんはとても優しい人だと孫は思っています。
おじいさんの部屋はとても難しいもので溢れています。孫にはよくわかりません。コンピュータやら読めない漢字や英語のタイトルの本などがたくさんあります。
「よく来たな」
おじいさんはデスクの上に置いてあった乾燥したお菓子を孫に与えました。
いつもくれるお菓子でした。
孫は床にべたりと座り込み、それをかじり始めます。
おじいさんは椅子に座って、ぼうとした様子で宙を眺めていました。しかし、目だけは何かをしっかりと捉えているようです。
「さて、どこから話そうか……そうだ。あの日、あの日だ。俺はベランダに出て、ただ空を見つめていた」
おじいさんは誰に向かって喋っているのでしょう。
過去を思い起こしているようです。
孫は、お菓子をかじりながら、おじいさんの声を聞いていました……――
風……風が少し吹いていた。
でも生暖かく、あの日が夏のひとかけらであることが、今でも理解できる。
まだ俺が学生の頃だ。
時代は悪い方向に進んでいたと思う。今ではもう、住みやすい世の中になったがな。
SNSって知ってるか?
ソーシャルネットワークサービスの略だ。
フフ、まだ小学二年生では解からないか。
俺はノートパソコンを持っていたから、暇があればネットで遊んでいたんだ。
そのせいで色々なものを失ったがな。
時間は掛替えのないないものだと理解しながらも、ただただ無駄に消費する夏休み。
ひょんなきっかけで、とあるSNSで一人の女性と交流するようになった。
今もそのSNSはあるが、あの頃よりはだいぶ進化したようだ。お前もいずれ使うときが来るさ。
その主なサービス内容は、通話だ。無料で普通の通話とビデオ通話が可能だ。チャットもできた。
先ほど出てきた女性、仮にRと呼ぼうか。Rは、綺麗な女だった。
話も合う。容姿も性格も、俺にとってはこの上ない。
だが、会おうとは言えなかった。
……数か月、彼女と関わる内に、あぁ関わるとはいえど、話すくらいなんだがな。とにかく半年か、そのくらいの時間が流れた。
彼女は会いたいと言ってきた。
俺は少し戸惑ったよ……でも、決めたんだ。
俺はキセキを信じて、待ち合わせ場所に向かった。
あ、おい孝之。危ないから、窓に近づいちゃだめだぞ。ん? 人が来ている? どれどれ……放っておけ。それより、俺の話を聴いてくれ。きっと、もう時間は残されていない。
待ち合わせ場所は、東京の某所だ。人が、いっぱいいたよ。
今では判る。
俺は彼女のことが好きだったんだ。
好きと言う気持ちは不思議なものだ。
そして彼女も、もしかしたら俺のことが好きだったのかもなぁ……え? はは。冗談を言うようになったじゃないか、孝之。
彼女は、待ち続けた。
約一時間か……彼女は残念そうな顔をして帰って行ったよ。
画像や映像で視るより、綺麗だったよ。
今でも鮮明に覚えている。
なんせ、ずーーーーーーーっと、彼女の目の前にいたんだからな。
結局、俺には気が付かなかったのさ。
どうした。
家の中に入ってきた? さっきの奴らか? そうか……時間か。
「孝之?」
木造二階建てに、お母さんの声が響きました。
孫――孝之はタンタンと音を立てて階段を下りてきました。
「何してたの? ジュース買ってきたわよ~」
「おじいちゃんと話してた!」
「え?」
孝之とお母さん、そしてお父さん。孝之は一人っ子です。
リビングで知らない男の人が礼儀正しく椅子に座っていました。
お父さんは、その人――だいぶ年配の方です――と何かを話している途中だったようです。
「そうですか。話はだいたいわかりました」
お父さんは複雑な表情で、そしてどこかうわずった声でそう言いました。
「わしは、今でも覚えとるよ……あのときのことを。あれが俗に云う憑依というものだったんじゃて。おぅ、孫か。ほっほっほ。孝之君だったかの。こっちにおいで」
年配の方は、ニコニコと孝之を見つめましたが、どことなくやはり複雑な心境なのでしょうか。
「私たちは、これで失礼します」
「ほっほっほ」
孝之とお母さんお父さんは、その家を出ました。
あ、とお母さんが立ち止まりました。
「ねぇ、孝之、おばあちゃんに御線香あげた?」
「うん!」
車に乗り込もうとして、孝之はびっくりしました。
駐車場を出た所に、何やら変な黒い車があったのです。
しかも、おじいちゃんとおばあちゃんが乗せられようとしていました。
「ねぇ! おじいちゃんとおばあちゃんいるじゃん!」
「え?」
お父さんは、何食わぬ顔で孝之の指差す方向を見渡しました。一体誰と間違えたのか、とお父さんは溜め息混じりにこう言いました。
「そんなこと言っちゃだめだぞ。もう、おじいちゃんもおばあちゃんも、死んじゃったんだからな」
「知ってるよ。パパ見えないんでしょ」
「ちょっと孝之、本当に見えてるなら、ママたちに教えて頂戴。二人は何をしてるの」
「車に乗ろうとしてる。黒い車。でもまだこっち見てる……あ、さっきね、おじいちゃんと二階で話したんだ。なんかソーなんとかって言ってた。でね、女の人と東京で会ったんだって。でも、目の前にいたのに気が付かなかったって言ってた。あ、そっかその女性ってもしかして……」
孝之の目には見えています。にっこりとほほ笑むおばあちゃんの姿が。
「そっか。わかった」
一番幼い孝之が、全部を理解したようです。
お父さんもお母さんも困った顔をしています。
「じゃあね、おじいちゃん、おばあちゃん」
孝之は道路に向かって手を振りました。
「孝之! やめなさい!」
お母さんがしかりつけましたが、孝之は笑顔のままです。
「ほっほっほ、善いんじゃ善いんじゃ。わしにも見えとったよ」
ザッザッザ……
いつの間にか、さっきの知らない人が後ろにいました。
その人の顔を、孝之はじっと見つめました。
錯覚でしょうか。その顔がやけに大きく見えたのです。
「……いつかわしも、あの車に連れ去られる。そう、遠くない未来の話じゃろう」
孝之は、何だか怖くなりました。
「二人は幸せじゃろう。わしはもう、帰るとするかの」
知らない人は、歩いてどこかへ行ってしまいました。
孝之が道路に目を戻すと、既に黒い車はなく、当然おじいさんとおばあさんもいませんでした。
どうも皆さん。竜司です。知人との会話でひらめいた物語ですが、意味を理解しがたいかもしれません。すいません。多分解説などはしないと思いますが、場合によってはするかもしれません。リフレッシュで書いたものですので、何だか適当感がすごいですよね・・・(笑)