一話◆『親愛なる魔法使いさま』
村と王都とを結ぶただ一つの列車に揺られながら、イリヤはぼんやりと手の中にある手紙を眺めていた。
複製不可能の《御印》が添えられたそれが王宮からの便りであることに間違いはないと知りつつも、はてこれは何の冗談だろうと今でも疑わずにはいれないのだった。
イリヤの住む村は山の奥ふかく、王都はおろか街へ下りるのも一苦労といった僻地に存在する。女は旗を織り、男は狩りに出かけ、子供たちは山や川を駆け回っている。街と村をつなぐのは週に一度の市場と三日ごとにやってくる伝聞士くらいなものだ。
親もそのまた親も村で生まれ村で育ち、そして村で死んでいった。だから自分もその一生を村で過ごすことになるのだろうと考えていたのだが―――――イリヤは再び手紙に視線を戻した。無学な自分にもきちんと理解できるよう、とても簡単で分かりやすい言葉がならべたてられている。唯一の問題があるとするなら、信憑性が著しく欠如していることくらいか……。
◆
親愛なる魔法使いさま(と、彼らはイリヤを呼んでいた)
突然このような文を送るご無礼をどうかお許しいただきたい。
我が国が敬愛してやまない偉大なる賢者レーヴェンシュタインの遺された最後の一人として貴殿が息災に過ごしておられることを、大変喜ばしく思う。
この度、姫王さまが御側役として貴殿を所望された旨をお伝えするものである。
ついては三日後――――――
◆
この後は村から王都へ向かうための旅券を同封しておいたことや、王都に着いたら迎えの者をよこしておいたことなど、こまごましたことが書いてあった。
つまりは姫王さまに呼ばれていて、これに関する拒否権を自分は持っていないということなのだろう。それくらいのことを読み取るだけの学は、イリヤにもある。
かの有名な姫王さま。
この国、グラディスケインを統べる五十七代だか八代だかの王さまがなんと女性、しかも年端も行かぬ少女であるということで大騒ぎになったことがある。
しかしそれも昔の話。今では、仁智勇を兼ね備えしかも見目麗しい《姫王さま》リズリサ・プリマヴェーラに誰もかれもが心奪われ、惜しみない敬愛の意を払っている。無論、イリヤも一国民として姫王さまを敬い、生誕祭にはその年の畑で一番の花を贈っている。
その姫王さまが自分を呼んでいる。イリヤは首をひねった。
そして、手紙の最初―――おそらく自分を指しているであろうその呼称をもう一度見やった。
《親愛なる魔法使いさま》。
遠い遠い昔、賢者と呼ばれる人がいたことは知っている。
彼が王都で、街で、村で、それぞれの発展のために知識を与え、またときには国のために戦ったことも知っている。
そして、ある時を境に、なぜだか忽然と姿を消してしまったことも知っている。
どうやら王都の連中は自分をその賢者さま、レーヴェンシュタインの子孫だと思っているらしい。
大層な人違いだ。
一笑に付してやりたい気持ちは山々だが、何しろ相手は姫王さまおよび本来見えることもかなわない王宮の大臣さま方だ。
この誤解をどうやって解けばよいものか……。そうこう考えているうちに、列車が大きくきしみ、止まった。どうやら王都についてしまったようだ。
村の市とは比べようもない人の奔流に飲み込まれもみくちゃにされながら、なんとか駅の外へとたどり着く―――というか、気付いたら流れついていた―――。
駅に迎えの者をよこす、と手紙にはあったが、この雑然とした人ごみの中で、どうやってその迎えを見つければよいのだろう。
おろおろしながら辺りを見回す姿が田舎者そのものに見えたのだろう。時折こちらをちらちらと見やる人が少なくないことに気付き、イリヤは少し赤面した。
こうなったら、お城まで歩いて行ってやろうか……。
居心地の悪さにどぎまぎしながらそんなことを思っていたら、目の前がふっと暗くなった。顔をあげると、目もくらむような金髪の男が覆いかぶさるようにして立っている。
思わずへどもどしてしまい、あー、だのえっと、だの言葉に詰まらせていると、男は整った顔をほころばせる。
細まる紫眼は、ライラックの花そっくりだと思った。
「お迎えにあがりました」
のんびりと書きたいままに書けていけたらいいなと思います。
表現や言葉の表記に誤りがあるかと思いますがどうかご容赦ください。