転生しました。死亡しました。……は?
短編版
——キィィィィィッ!!
目の前が赤黒く染まる中で感じたのは、心地の良いオイルの匂い。そして——
*——*
「アウディの最新モデル! って、え?」
雨が、降っていた。
見覚えのない場所。色味が不自然ではないコスプレのような髪色。一目で仕立ての悪いと分かる衣服に身を包んだ西洋人たち。
海にでも潜っていたかのような感覚の後に見えたのは、そんな景色だった。
「どこ、ここ……」
私は、車に轢かれそうになった弟を助けようとして、その代わりに車に轢かれたはずだ。
こんな、病院でも何でもない薄汚れた木の台に体を固定されるような趣味は、ない。
それに、あんな目は、知らない。
何で知らない人達にあんな親の仇でも見るような目で見られなきゃいけないの?
私に向かって叫んでいるだろう声の塊りが、どこか遠くのことのようだ。聞こえるようで、聞こえない。
『……リア・グラ……ヘル! 今より貴様の……を執行する!』
見知らぬ言語。それなのに、不思議とその意味は分かる。怖い、怖い。
視界の端で、頭上の大きな銀色が光るのが見えた。
《あっはは! ——可哀想な、異世界人》
すとん、という何かが地面に転がる音と、再び暗転し、赤黒く染まる視界。一斉に湧き上がる歓声。
最期の瞬間から濁っていく私の瞳には、意地悪そうに笑う、宙に浮かぶ女の子が映っていた。
*——*
……と、感じたのがたった今さっき。数分前のこと。
死んだと思った私は、本当に死んだらしい。
それも、魂だけを生かした不完全な形で。
「っていうか、この顔! ついこの前まで好きだった乙女ゲームの悪役令嬢じゃない!」
ロザリア・グランシャヘル。
乙女ゲーム「夢の先であなたと共に」の性格最悪な悪役令嬢。今は濁っているが、その翡翠色の瞳に傲慢さと卑しさが滲み出ている、とも言われた悪役だ。
まぁ、彼女のことはこの際どうだっていい。
問題は、私がこの女に転生し、もう死んだ、ということだ。
「乙女ゲームの悪役令嬢に転生したら」が流行っていることは知っていた。だが、これは違う。どこの世界に、転生してまた死ぬ奴がいるか!
いや、実際にここにいるが!
私って、悪霊とかになったりするのかな?
この霊体はロザリアではなく、転生する前の姿——櫻宮悠衣の姿だ。黒い髪と瞳なことは落ち着くが、同時に酷く落ち着かない。
私が悪霊になろうが何になろうが、私を知っている人はどこにもいない。
それが、虚しくも悲しくもある。
というか、何で私がこんな悩まなきゃいけないの⁉︎
元を辿れば、こんな身体に転生させた、女神だか神だかが悪いし?
それに、最期のあの声! なんか、思い出しただけでめちゃくちゃムカつくんですけど。
「はぁ…………やめよう。キリがない」
ゴンッ! ゴンッ!
そうして路地裏に入った時だった。
どこからか、何か硬いものをぶつけるような音が反響してきた。
普段ならば即刻逃げるところだが、今の私は二度も死んだ身。怖いものなんて、一つもない。
そして私は、それをすぐに心から恨むこととなる。
左右に下ろした肩くらいの長さの黒髪。黒い瞳と華奢な体。そして、日本人特有の薄っぺらい彫りの顔立ちと童顔。
この数分ですっかり懐かしくなった日本人。
何もなければ、今すぐにでも抱きしめたかった。
そう——彼女がふよふよと浮かんだ幽霊で、硬い壁に何度も頭をぶつける不審者でさえなければ。
「……私は何も見ていない」
そうは言っても、時すでに遅し。
「あれ……? 日本人?」
「いやっ? ワタシニホンジンジャナイヨ」
「やっぱり! この黒髪黒目は! あなたも転生者……じゃなくて同じ幽霊の口か」
「足元見てため息吐くのやめてもらえます?」
都合の悪いことは聞こえていないのか。日本人ではないと言ったにも関わらず、「久しぶりの日本人」と正座で拝んでくる。
はぁ、とため息を一つ吐く。
「私は櫻宮悠衣。あなたは?」
「あっ、私は和泉玲です。えっと、生粋の武道一家の長女です」
「生粋……?」
「あ、うち、代々続く剣道道場でして」
「剣道」
「で、母が空手道場の元跡取りで」
「空手」
「歳の離れた兄は、全国有数のの柔道選手なんです。あ、私は色々やってますが杖術と合気道が好きです」
そう、少し照れたようにはにかむ彼女を観察する。
身長は、高校生にしては少し小柄。色々やってるって言っていたけど、これで戦えるのかな?
「ところで、あなたはどうして幽霊に?」
「そうです! 聞いてください。実は、私あの日はこ、恋人との付き合い一年のお祝いの日だったんです。それなのに、気がつくとよく分からない街にいまして、モジャモジャの男に後ろから一突きで……
はぁ、一生の不覚です」
「ちょっと待って。今、モジャモジャの男に後ろから一突きって言った?」
「あ、はい」
モジャモジャの男に背後から一突きに刺される。
それは、あの乙女ゲームの導入のシーンだ。聖女、つまりヒロインの友人が見知らぬ男に刺され、彼女はその真実を知ろうと躍起する。
……では、この子も私のようにこの乙女ゲームの世界ですぐ殺されたということ?
「あ、そうそう! 聞いてください。実は、殺される前に変な女の子がいたんですよ。ものすごーく性格が悪そうな、桃色の髪の宙に浮いた女の子」
「なっ⁉︎ もしかして、それは可愛らしい顔立ちの、ざまぁ系のヒロインもどきのような子?」
「ざまぁけい? かどうかは分かりませんが、確かに可愛らしい顔立ちでしたね。まぁ、性格が悪けりゃせっかくの別嬪さんも台無しですがね」
——そこから話を総合し、新たにわかった事がある。
一つは、おそらく彼女が私たちを転生させた女神であるだろうこと。
そしてもう一つは、私たち以外にもこのような人がいて、その人たちの元にもその「女神」が出たということだ。
ちなみに、これは玲が同じように何人とあったということから判明した。
「イラつく……ねぇ、玲。あなた、武術が得意なのよね。あのくそ女神に一発食らわすことってできるかしら?」
「そうですね……あの女神、結構弱そうでしたからね。多分いけますよ」
「ふ、ふふふ……」
不気味な笑い声が私の口から漏れ出る。それ程までに、私はキレていた。
「行くわよ、玲。……首を洗って待ってろよ、くそ女神!」
「イエッサー!!!」
*——*
それから、およそ二年。
幽霊になってから、人間としての時間の感覚がなくなってきた気がする。玲があの場所にずっといたのもそれが理由だろう。
その人間にしては長く、幽霊としては短い時間の中で、私たちは強力な武器を手に入れることができた。
と言っても、国庫にあった「女神殺しの幽霊剣」を盗んだのだが。まぁ、私の首を刎ねたのだ。
国宝の最重要の幽霊剣が無くなって慌てるくらいで許す、寛大な私に感謝してほしい。
そして、女神がいると言われている場所も判明した。まぁ、こっちもあれだ。
近所の「清掃員の霊」として人気を誇る、噂好きのおばちゃん幽霊に何か知ってるか聞いたら、普通に有名なようで簡単に分かった。
……というか、本当に女神なのか?
色んな人に聞いてみたけれど、大国が滅亡の危機に瀕しても、この世界が滅亡の危機に瀕しても、何もしなかったって言われてますけど。女神様。
それに、神の国は幾つもあるというのに、彼の方はずっと同じ神の国——アザルディアから、動いていないらしいし。
「ユエさーん! 行きますよ!」
「今行くよー!」
天気は、雲一つない快晴。
体調は万全。
準備はバッチリ。
「それじゃ、行こう! アザルディアへ!!」
*——*
神の国、アザルディア。
そこには八百万の神が暮らしているとされ、数多の神たちが住まう神国の中で、最も大きく、栄えている国である。
そして、神の国へはとある特殊な方法で入ることができるのだが、それはまた別の話で。
さて、そんな神の国は、一番偉いとされるゼニス様の宮殿を中心として、中心から端へと、どんどん位が下がっていく。
あの女神はかなり格下のようで、一番端から二番目の場所に家があった。宮殿でも、城でもない、前世でいう「少しお金持ちな家族」が暮らすような家が。
「あそこがあの女神の根城ですか……。
さっきから入れ違いに男の人ばかりが家に入っているのは何故でしょう?」
「さぁ? どうせ、あの女神の本性に気がつかない、純真無垢な神たちがアイツにのめり込んでんでしょ」
現在、私たちはあの女神の隣人宅から、鏡と双眼鏡を使って窓から中の様子をのぞいている。
ちなみに、何故この家かと言うと、その隣に住んでいた女神に事情を搔い摘んで話し、見事にこの家に転がり込むことに成功したからだ。
その女神は現在買い物に行っているが、じきに帰ってくるだろう。それまでが——勝負だ。
「それにしても、本当にどうしようもない神ですね。何か事情がありそうだったり、様子がおかしかったら計画を中止にしようと思っていましたが……。
あれじゃあ、彼女に同情はできません」
「全くね……」
普段は穏やかな玲がここまで怒っているのは、相当珍しい。よほど、彼女のことが腹に据えかねているのだろう。
まあ、それは私も同じ気持ちだ。
彼女が次々と来る男たちから「可哀想な女の子」を演じ金を巻き上げているのを見て、もうすでに怒りは最高潮だ。
目を閉じると、全ての感覚が鋭くなる。
この二年、私は玲のサポートとして何ができるかを考え、それをずっと練習してきた。
やってやるさ。なんだって。
「プランAの通りで。行くよ‼︎」
ガッシャーンッ!!
石を投げ入れ、窓を破る。そしてそれと同時に煙玉を投げ入れ、視界をシャットダウンさせる。
「きゃっ! 何なの、これ!?」
「サクシア! こっちに寄れ!」
胸焼けするような、甘ったるい声。その仮面が剥がれるところをこの目で見れないことだけが残念だ。
「はーい、動かないでください」
白いモヤの中、二つの刀身が一瞬光るのが見えた。
私の仕事は玲の補佐もあるが、もう一つある。
それは——あの世界の権利証を盗み出すこと。
「あった! 玲、目を閉じて!」
「りょーかいー」
ポケットに入れていた玉を取り出して投げつけると、それまでの白いモヤが一気に晴れた。
この玉は、私の車オタクな知識を生かして作った、煙玉と、その玉の効果を打ち消す催涙弾である。
「さて……答えてもらおうか」
「はぁ⁉︎ あんたたち誰よ! 私は女神なの。人間は早くここから帰って!」
「さ、サクシア? 人間には優しくするようにゼニス様に言われているだろう。そんな言い方は……」
「ご、ごめんなさい、クロード。突然のことに、気が動転しちゃって」
流石、女神様は猫を被るのが上手いようで。だが、私は決してその突く隙を間違えない。
「忘れたとは言わせません、女神サクシア。我々は、あなたによって殺された、可哀想な異世界人ですよ」
「サクシア⁉︎ 君に殺されたって……」
「な、何かの間違いよ!」
成程。
こちらの男は本当に何も知らなかったらしい。
だからと言って、手加減するつもりは毛頭ないが。
「玲」
「りょーかいー」
その軽そうな言葉とは裏腹に、玲の纏う空気は冬の空気のように冷たく、そして鋭く変化する。
「斬」
たった一言。されど一言。
この部屋の空気には到底似つかない、明るく眩しい陽が差し込む中に、鈴を転がすような金属音が朝露のように響いた。
誰も玲が動いたことを知らない。
気がついた時には、既に切られている。
「な、何よ異世界人のくせに! 女神であるこの私に対して、こんなことしていいと思ってるの⁉︎ あんたらなんか、死んでしまえ!」
「お、いい攻撃」
その瞳に怯懦を宿しながら、女神は全力らしい技を玲に叩き込もうとする。が、その攻撃は玲に届く前に玲の持つ剣によって消滅した。
「神殺しの幽霊剣」の名は伊達じゃない。何と言ったって、あの玲に「この剣じゃなきゃ嫌だ」とまで言わせたのだ。
神を斬り、その技をも切り裂くことは優に容易い。
玲は走り込み千本より簡単だと言っていたが、それは私にとって車のクラッチを繋ぐことぐらいか。
と、どうやら戦い——ともいえない一方的な蹂躙は終わったようだ。
鳴らす足もなく、浮いたままで気絶し横たわる女神を見下ろす玲。
彼女が何を考えているのかは、私には分からない。
おそらく、斬った側として思う所があるのだろう。
「玲。……帰ろっか。とりあえず、その上級神とやらにコレを渡せばいいんでしょ?」
「あ、はい——」
『その必要はない』
突然の威圧感。
あの女神とは比べ物にならない。
体が動かない。動けない。動け、動け!
『ああ、すまない。人間にとってはコレは害であったか』
ふっと、体が軽くなった。
五秒にも満たないと言うのに、そのたった五秒で体の穴という穴から全てが抜け出してしまいそうだった。
「あなたが、上級神で……」
綺麗な、男だった。
眩いその銀髪は神秘的な光を纏い、群青色の瞳は、深海のように全てを吸い込みそうだ。
『私は、アレクスフィラ。サクシアに丸め込まれ不正を働いたそこの見習い神の主人であり、其方らの母星の神だ』
「ってことは……」
「「地球の神様!?」」
『いかにも。従者の不始末は、主人である私の責だ。責任を持って、彼らを牢へ送り届けよう』
「あ、はい」
空気が揺れるようにして、地球の神様が牢屋へ人智を超えた技で飛んだ。
「何というか……」
「呆気なかったですねー」
「……ま、いっか。ところでこれからどうしよう?」
「なるようになりますよー」
神の国から見える空はどこまでも澄んでいて綺麗で——それは、私たちの勝利を祝っているようだった。
*——*
「はぁ゙? 私たちがこの世界の神様!?」
「どうしてそんなことになったんですか?」
神の国から出国しようとしたが、何故か憲兵たちにやけに豪華な屋敷へ連れて来られた。
そしてその屋敷は地球神の屋敷だったわけだが。
やはり、美形は優雅に茶を飲んでいるだけで絵になるのか。色気がやばい。本当に。
『今回の一件によって、彼女の持っていた神の権利が剥奪された。それによりあの世界を消滅させることも視野にあったのだが、それは酷いとのことで責任者を交代させることになった。
そして、その第一候補が、あの女を伸した君たちというわけだ』
「いやいや、私たちは自分たちのために、己の復讐を果たしただけですから!」
『謙虚だな。だが先程、其方らが次の女神となることが決まった』
ちょっと待って。どうしてそうなった。
いや、ご丁寧に説明してくれてるけど!
それとこれとは話が別じゃん!
玲は!? ……駄目だ。完全に白目剥いてら。
「えー、ちなみにそれって断れたりは……」
『無理だな。これは命令であり、既に決まったことだ。これからよろしく頼む、同僚殿』
「……エエ。ドウゾヨロシク」
拝啓、お父さんお母さん。
私たちは異世界で死亡して、神様になりました。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
もし反響が大きければ、恋人救済編や神様ライフを描く【連載版】として続きをガシガシ書いていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします!m(ᴗ ᴗ)m




