9:親友は夜現れる
その夜、淡いブルーのナイトドレスを身に付けたルルカは、泣く事もなく、別邸の天蓋付きベッドで寝そべりぼっーとしていた。
彼女の瞼は重くなり、うとうととしてきた頃、突然、部屋の扉がノックされる。
「お嬢様、お客様がお見えです」
「えっ?」
こんな夜遅くに来客を知らせる侍女の声、戸惑う彼女の気持ちを無視するように、扉は開いた。
「こんばんはルルカ、フレットの事大丈夫だった?」
開いた扉の隙間から、教会へ向かう時のような紺のスーツ姿のアイシアが歩いてくる。
「アイシア、こんな時間にどうしたの?」
「ルルカが呼んでる気がしたの。当たりでしょう?」
ルルカは驚き、ベッドの端までやって来ていた、彼女の隣りへアイシアは座った。
彼女の重さで、沈むマットの様子さえも、今は安心感をくれていた。
微笑む彼女は、お風呂上がりなのか?
今はしっとりとしている金色の髪からは、いつもより強くカモミールの匂いが香って来る。
――優しい香り、懐かしい匂いに誘われ、幼いルルカが思わず抱きしめてしまった時も、アイシアは優しく笑ってくれた。その頃からの大切な友達。
「アイシア、寮の門限は大丈夫なの?」
「ふふふ、親友のためだもの抜け出して来たわ」
そう言ってニッコリと微笑む。
「いけないわ、そんな……」
ルルカは門限破りをさせてしまった自分を悔いて、声が小さくなってしまう。
「ルルカ?」
「でも、ありがとう!」
アイシアが、親友の顔を覗き込んだ時、思わず彼女を抱きしめる。
「当然よ。でも……、親友の破局を、他人の口から聞く悲劇を味わったわよ。この借りは大きいわ」
ルルカは彼女の体から離れ、彼女の顔を見ると、いたずらっぽく笑っている。
思わず後悔を口もとにのせ、ルルカは笑う。
「ふふふ、いつか当然返すわ」
「良かった、いつものルルカね。貴方は強い、いつか忘れられるわ。私がついてるもの」
いつもは落ち着いている方のルルカだが、素直な気持ちを表す彼女には弱い。
その言葉に思わず鼻筋をさわり、溢れるそうな涙を誤魔化した。
「そうね。私は強いのかもしれない。想像していただけあって、自分の中にすっと受け入れてしまったの……。今までと変わらないかな? ってでも、ふられた報告するのも……気が引けてしまったのよ。ごめんね」
「あ……私と、他の生徒の大方の予想では、ルルカが彼に愛想を尽かして、フレットを振るって予想だったのよ。本当に面の皮が厚いわね。あの二人は」
「待って、そんな風に思われていたの私たち」
彼女の方を向くと、彼女は紺のドレープの美しいスカートから足をぶらぶらとさせ、髪は学校にいる時のように、今日は撫でつけているだけだった。
辺境伯の令嬢の彼女は、いつも最善の身だしなみの彼女が、カサブランカの校内であるような姿を見て、急ぎ駆けつけてくれた彼女の気持ちの誠実さが伝わり胸が熱くなる。
「もう、私たちじゃないでしょう? これからは恋も、部活も、勉学も思いのままよ」
その時、ルルカは一瞬だけエルウィンの事を考えた。
薄闇の中、楽しげに笑う彼、彼にとって自分はどう映ったのだろう?
胸の中で何か、芽生える様な、目覚めるような不思議な気持ち。
「ルルカ、もしかして……」
「え?! 違う……、いえ……私、何か顔に出てしまっている?」
仕方ないわね。というように笑うアイシアと、考えれば考える程、頬を赤く染めるルルカ。
アイシアに彼女は今日あった出来事を、できるだけありのまま話した。
◇◇
「あのエルウィンが!?」
「アイシア、声が大きいわ」
ルルカは、自分の口に人差し指を当てる。
ヘイゼル領地にある屋敷程ではないが、首都ルーフェンの別邸も、彼女たちの声が、誰かの睡眠を邪魔する事はないほど広かった。
けれど、知られたくないという思いが、彼女にそう言わせていた。
「ごめんなさい、つい、エルウィンの手の早さに驚いて……」
「アイシア……」
ルルカは少し呆れた様に、彼女の名前を口にだした。
「エルウィンが相手なら、決定権が貴女にあっても、私に言う事はないわ。公爵の子息で、勉強、部活もって彼なら、貴女が承諾するなら『ブーケはこちらに投げてね』と、いうしかないわね」
「今は誰かに、添い遂げるまでの間、好きでいて貰い続ける自信がないわ。それより、夢を思い出したの。その夢を追う私を彼はどう思うかしら? でも、夢だったの。もう忘れたくない……」
「ルルカ……、貴女がそんな気持ちなら、それでいいわ。今はやりたい事をやるといいわ。はそんなルルカを応援する」
「ありがとう……アイシア……」
そうして友情を深めている時、部屋に、扉のノックの音が響いた。
今度は、二人して少しだけ、びくっと肩が揺れた。
「お嬢様、お客様はお食事や、入浴についていかがなさいますか?」
少ししわがれたその声は、子どもの頃からルルカと遊んでくれ、祖父の家のある山へ連れて行ってくれたばあやだった。
最近では、この時間にはもう眠ってしまう時間なのに、心配で顔をだしてくれた。
「あっ私、両親言われ、どちらとも済ましてまいりましたので、大丈夫ですわ」
「ですって、ばあや。ありがとう……」
ばあやの声を聞いて、扉へと歩いていたルルカは、それを開け、ばあやを抱きしめ、彼女の肩に顔を埋めた。
子どもの頃より小さくなってしまったばあや、糊の効いたメイド服の固さ、抱きしめると安心する心地や、香りは、昔のまま。
「ふふふ、子どもの頃に戻ったみたいですねー。お嬢様、今日だけですよ」
「明日も……、起きているでしょう?」
「それはそうですが……、では、抱っこは明日までですよ」
「うん……」
「じゃ、子どもたちはもう寝ないさね」
ばあやの懐かしい言葉に、笑みがこぼれ――。
「「はーい」」と、声を揃えて言ったのだった。
◇◇◇
次の日の朝、夜遅くまで話し続けたふたりは、珍しく家の者に起こされることになった。
侍女のフレイと、ばあやが一緒に現れる。
「さぁーお召し物をお変えしましょうね」
「「はぁーい」」と、ルルカとアイシアは一緒に言うと、「まぁ、子どもの頃に戻ったみたいね」とばわやにしみじみと言われてしまう。
今度はみんなと、顔を見合わせくすくすと笑う事ができた。
そして……、家を出るまでに、多くの家人と不自然に出会い、家の玄関で一緒に外へ出ると言ったばあやを押しとどめ、ハグした頃には……、ルルカの気持ちの欠片は、少しだけ丸みを帯びて埋まっていた。
続く




