7:結婚の約束の終わり
夕暮れ時、結局、雨は降りださず、沈む夕日の赤に世界は染まる。
ルルカは春休みに泊まった別邸へ、ふたたび向かおうとしていた。
工房の仕事が忙しい両親は、王都の仕事を切り上げて、早々にヘイゼルの領へと帰って行ったかもしれない。
けれど、王都で貴族の屋敷を仕切る執事、侍女長であれば、王都から離れた場所に住む当主に代わり、社交界を熟知している。彼らに頼めば、両親に連絡がつき、ただの口約束の許嫁として、貴族の契約として終わりと導いてくれるはず。
それと同時に、アルセスの家の旧貴族派との決別を意味していた。
今のフレットとリスレイの様子から、ルルカが別邸に出向く事がなくても、早い内にカサブランカの生徒から学校外、いずれは旧貴族派へとヘイゼル家とアルセス家の縁はつながらなかったと伝わるだろう。
けれど、それでは遅いのかもしれない。
もしかして、フレットはリスレイの愛に絆されて……。
けれども、何もせずにアルセスの領地の通行料が羽上がれば、逆にペイジ家の通行料が下げられれば?
そんな事態が起こってから知らせたのでは、ヘイゼルの体面が汚れる事になりはしないかと、気が気ではなかった。
旧貴族派……、エルウィン様の顔が浮かぶ。
彼のお父様へ、伝えて欲しいと願えば出て行けば、きっと彼なら伝えてくれるだろう。
けれど、貴族は点ではなく、つながり。うちのような伯爵風情が、『ノア』の名のつく彼を連絡係にしてはいけないはず。
きっとその事が出回れば、きっと悪い噂となって、ヘイゼル家へと帰って来る。
そう考えた時、洗濯物をたたませた過去が脳裏に浮かび、『ギャー』と叫びたくなった。
カサブランカ内では治外法権、そう頭の中で唱え、落ちつきを取り戻そうと努めた。
校庭から各運動部の、練習に励む声が聞こえ、少しだけ気を緩める事ができる。
剣術部の仕事の引継ぎについては、手紙にしたため、剣術部の部員へと手渡していた。
その手紙が無くとも、あの方ならきっとすべてが無事に終わるはず。
もう立ち入る事がないのなら、先延ばしにしていた倉庫の中の掃除を、早い内にやっておけば良かった。
どうしようもなく、どうでもいいような思い出が浮かんで消える。
――えっ……あぁ……。
そこにいる人物を見つけて、彼女は足どりを緩める。
彼は校門の柱にもたれかけ、こちらを見ていた。
気のせいか、心なしか嬉しそうな笑顔で――。
「やあ、ルルカ送って行くよ」
爽快な声を聞き、彼女は動きを止める。
目の前の彼は柱から体を起こし、金色とも茶色とも見える、編まれた髪が揺れている。
「エルウィン部長!?」
「なんだい? ルルカ」
彼は今まで見たことのない笑顔で、笑っていた。
――なんなんですの? 本当に?
どこからくるのかわからない、恥ずかしさで顔を覆いたくなる。
「何か、嬉しい事ありました?」
「あぁ、顔に出てたかい?」
顔を赤くして、頬を触る彼は今までみた事がない。
紅茶飲む時も、戦って勝利した時も静かに微笑みをたたえる程度なのに……。
「王国の騎士団から、何か良い打診がありましたか?」
「それより良い話だよ。それについてまた今度。さぁ、馬車とうちの侍女が待っている」
そう言うと、彼は手を歩いていく。こんな事、子どものころ以来。
馬車、侍女、エルウィンの笑顔という謎のピース。
彼がルルカを先導し、秘密の基地へ行くかのように、彼は秘密の楽しみを抱えているように見えた。
「…………」
ダメ、パズルの全体図が、全然見当がつかない。
「部長、エルウィン部長、待ってください。いったいどうしたんですか?」
「だから、それは今度話すよ。どうしもと言うなら、俺も道中、話す事は可能だが、どうする?」
「エルウィンぶ……様、そんな申し訳ない事、言えっこありませんわ。そうです。お話が……! 申し訳ありませんが……、剣術の雑用をこれからは、お手伝いできなくなりました。短い間ですが、ありがとうございます」
「それは気にしないで、俺がなんとするから……。そしてこれからも宜しく。さぁ、乗って」
彼自ら扉を開け、ルルカを馬車へと乗り込ませる。
本当に訳がわからないまま、乗り込む事になってしまっていた。
この有無を言わせぬ行動力は、勇者の血筋の、成せる技なのかもしれない。
そう思いながら、不敬で捕まりませんように。と願いながら、彼に向かって手を振った。
別れ際に、彼が何か言っていた。
硝子越しで、聞き取れない声。
6文字、げ・ん・き・だ・し・て?
……これで「6文字」。
正解はわからない。けれど、花がほころぶ様な気持ちで、辺りを見回すまでもなく、目の前に女性が一人居る事に気付いた。
「………………ごきげんよう」
「ヘイゼル様お言葉を発する事をお許しください。本日は未来のノア当主が、大変不躾で申し訳ありませんでした。お聞きなりたい事があれ|私は、ソレリアと申します。なんなり、お申し付けください」
喪服に近い黒一色ドレス姿で、彼女は礼儀正しく挨拶した。
ルルカが彼女の存在に気付くまで、足元の方を見ていた彼女はまるで、人形の様だった。
公爵であるノア家ともなると、メイド教育も並みのものではないだろう事に、深く感心してしまう。
「あの……もしかしないでも、この馬車は私の別邸へと向かっていませんか?」
畏れ多く、エルウィン様に聞く事が出来なかった質問を彼女にしてみた。
「はい、その様に申し付かっております」
「そうする意味は? 彼がそれを行ういわれありませんわ」
そう言うと彼女はニコリと笑う。
けれども、何も答えてくれませんわ!?
続く




