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子どもの頃から好きなあなたと  作者: もち雪
花残月のさよなら

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6/11

6:許婚との結末

 剣術部の部室から外へ出ると、まだ冷たい風が顔をかすめる。

 せっかくの紅茶で温まった、体も徐々に冷めてしまいそう。


 芽の芽吹く前の木々の隙間から校舎側を眺めとなれば、それぞれの部室へと足を運ぶ生徒たちはやはり、夏の頃より生徒同士がくっついて歩いていた。


 しばらく彼らを眺めていたが背筋を伸ばし、彼女は歩き始めた。


 校門と校舎をつなぐ道へ出た時、開いている校門の向こうの道路に車輪の紋章が付けられた馬車がとまっていた。


「あれは……」


 見ているとやはりフレットが降りて来て、そして彼は振り返り、馬車の中の誰かに手を差し出した。


 そして彼女は、フレットの手をとり馬車から降りる。

 リスレイのとても幸せそうな笑顔。


 ルーフェンでの別邸が近くに建っている、二人が仲よく馬車から降り立つ姿は、見慣れているはずなのに、今日に限って心がざわめきその場から離れられない。


 ――彼女の許婚のガロット様も在校生となった今も、二人だけなのですね……。


 ルルカは深い悲しみの中で、彼らを見ていた。


 それは到底彼らに伝る事のない思い。

 校門を通り抜け、間近になっても寄り添う彼女とフレット。

 ルルカは、そんな彼らと対峙する。


 ――フレット……、何か言って、お願い……。


 しかしフレット、彼女の前で視線をそらした。


「ごきげんよう、ルルカ様」

「ごきげんよう……」

「おはよう、ルルカ……」


 挨拶を交わしても、リスレイは、フレットの腕に絡み付いたまま、微笑みを浮かべている。


 いつもの様に、ルルカを見つけ、思い出したかの様に離れる事も、フレットは注意される事、自然にそっと離れる事もしなかった。


 ブラウンのふわふわとした髪の毛と、小動物を思わせるクリクリとした瞳のリスレイが、今日は挑発的に光っていた。そして真逆のフレット。


 ――そっか、終わりなのですね。


「フレット様、どうかされましたか?」

「それは……」


 フレットは言いにくそうに押し黙った。

 彼女からの呼び水には、彼はのってくることないみたい。


 その時、リスレイが彼と、彼女の間に立った。

 そんな彼女を、ルルカは困った様に見つめた。


(わたくし)たち、昨日、王室と、大通りの教会に行きましてよ。ねーフレット様」

「リスレイ、その話しはここではよすんだ」


「あら? ここだからいいのですわ。フレット様と(わたくし)の婚約をみーんなに祝福してもらいたいのですもの。部活と、家庭の仕事の両立で疲れてらっしゃるフレット様を、誰かの代わりにずっと癒してさしあげたい。そう思ってまいりましたもの」


 彼女は、フレットの鞄を持ってない方の手を、自分の腰へと回すと、勝ち誇った顔でルルカを見た。その隣りの彼は、少しの怒りと、戸惑いを織り混ぜた顔をしているように、ルルカには思えた。彼の視線とは交わらないまま。


 いつか、終わりの言葉もないままに、彼と彼女の約束は、無かった事になってしまっていた。


 ――けれど、私たちの間を取り持ってくださった、お亡くなりなったジョフ ハルバード様の後継ぎの方が決まれば、一緒にご挨拶に行くのだけれど……。


「リスレイ様、本当ですの!?」

「御二人の真実の愛が、実ったのですね」


 そうリスレイに話し掛けた女生徒の、制服のネクタイの差し色は黄色。

 リスレイと同じ、二年生だった。


 愛を勝ち取ったヒロインを守るように、三人の間へ割って入る。

 そしてルルカには、冷たい視線を向ける。


 三年生のフレットと、二年生のリスレイ、その二人の中を引き裂く、悪役令嬢に向ける視線は、とても冷たい。


 けれども、一学年上という立場は組織には大きいので、怯むほどではない。


 今までフレットがルルカより、彼女を優先してきたのは、誰の目から見ても明らかで、それを一番知っているのは、他ならぬルルカ自身。


 そして彼女達からそう見える様に、確かに終わりがあるのだから、せめてこの手で、満足のゆくように、幕を降ろしたい。


「お二人ともお幸せに」


 それだけ言うと、彼女たちの前で片足を引き、膝を折り曲げ、腰を落とすカーテシーの礼をする。これで、実のない許嫁ごっこが終わる。


 そして彼女は今にも、降り出しそうな空の下歩きだした。


「ルルカ! 後で話しをしょう。お互い、家同士の事で、話し合うべき事はあるだろう……」


「ありませんわ! これからはヘイゼル家を通してください。お互い障りがある身ですから、好き勝手できせんわ」


 そう、フレットへ宣言すると、彼女はふたたび歩き始める。

 けれど、昇降口へ上がる階段が見えて来ると、急に肩の力が抜けてくる。



 後ろを振り返り、彼らの様子を確認するのはいやだった。


 けれど、クラスまでの階段で、後ろ姿を見られて落ち込んでいると、思われるのも嫌だった。


 寮へ向かったが、ショックで授業に出ない。そう思われたくなかった。

 広い校内を、どこへ向かうべきか、と考え、歩いてしまっていた。


 強気な振りをしても、結局は人の居ない方、居ない方へ進んでしまったようで、気づくとそこは校舎の裏。


 中心の円の形の花壇に、白く可愛らしいお花が咲き乱れている。


 それを取り囲む花びらの様に、五つの円の形の花壇が、庭木のギンバイカの花の作り、梅の花の作りのよう。


 周りの花壇には、それぞれハーブが植えられていて、それぞれ観察していくと、爽やかな香りはとても柔らかそう、まるで水槽の中の藻の様。


 ……うーん、でも、それを言うなら……ハーブは皆、藻のようだわ。


 そうやって見ていくと、今日のハーブティーで使ったハーブを見つけた。


 ――このハーブの葉が長細く、白い産毛、無臭に近い匂いはどこかで……。


「そうだ……イエローポップですわ」


 苦味を打ち消す効果はあるが、イエローポップ自体には、病気に効く効能はあまり無い。使い勝手がいいので、乾燥したものがよく使われてて、乾燥前の状態は初めてみるかもしれないわ。


 そっと触ると、黄色の混じった緑の葉が瑞々しくとても可愛らしい。


 そういえば、もうフレットの婚約者ではないなら、剣術部に立ち寄る資格はありませんわね。


 二年間、費やした事が、何の成果もなく(つい)える。


 けれど仲の良い二人を、近くで見ないですむ。

 そう思えば気持ちが楽になってくる。


 そしてルルカは一つため息をついた。



「立派な薬草の花壇ですね」

「えっ?……」

 振り向くと、王宮錬金術師の制服を身に付けた人物が立っていた。


 黒い髪をおかっぱの長さ程に切りそろえ、最近開発されたと言う、片眼鏡ではない耳の上にのせるタイプの眼鏡を身に付けている。


「突然、声をかけてしまって失礼しました。エルドア クラインと申します。ヘイゼル家のルルカ様ではございませんか?」


 黒髪の優し気な眼差しの錬金術師、しかし記憶の中を探っても、目の前の方の記憶は思い出す事はできなかった。


「はい、そうですが……失礼ですが、どこかでお会いしたのでしょうか?」


「あっ、すみません。僕とは以前、師匠と共に、貴方のお爺様に会いに行った事があるのですが、その時、小さな貴方と、貴方のお友達と一度だけ会った事があるのです」


「そうだったのですか……」 


 幼い時は、両親と祖父の家に、毎年行っていた。

 その記憶を思い出そうとしても、祖父の錬金術師の工房には、大勢の人間が出入りしていたので、クラインのもっと若い頃となると、全く思い出す事ができなかった。


 けれど、彼の訪れた年を思い出す事ができた。


 ルーちゃん、祖父の家近くの別荘にやって来た彼女は、喘息に似たライミュー病という、魔物の魔の因子を体に取り込んでしまう事で、発病する病気の治療のためと静養のため、祖父の錬金術工房へと通ってやって来ていた。


 今でこそ、治療薬はあるのだが、ルルカが七つになる歳の頃は、父や母もその薬の開発に忙しく、兄は学校と遊ぶ相手といえばあやだけだった。


 ならせめて父の育った山の方が、貴族の別荘の子どもとも遊ぶ機会もり、自然環境も良いだろうと、祖父の山へとばあやと一緒に預けられていた(わたくし)にとって見逃せない遊び相手候補だった。


 彼女が訪問してから毎日、花なり、花の冠など彼女のベッド近くの窓から届け、よくばあやにその事を聞いた、祖父にたしなめられたことを、覚えている。けれど、彼女の嬉しい言葉はなに


 そして……。とても大切な事を思い出した。


「思い出しましたわ……。あれは(わたくし)が七つの歳です。九年前、とても大切な約束を忘れるところでした……。ありがとうございますクライン様のおかげですわ」


「九年も前ですか……。僕も歳をとったはずです。お爺様が御亡くなりになった事は大変な損失ですが、そのお孫さんが錬金術師を志している事は大変喜ばしいことです」


「あっ、いえ……」


 この方は、何か勘違いをしているように思えた。

 けれど彼女は、二十代にしか見えない彼に、その言葉に答えた。


「祖父の様になれるかはわかりませんが、錬金術、頑張りたいと思います」


「お祖父様の話しを何度となく聞いて、見知ったお嬢様のつもりで話かけてしまいましたが、その言葉を聞けただけで、ここまで来た甲斐がありました」


 そう彼が懐かしむ様に話たところで、「クライン君」と、彼を呼び止める見事な白いお髭の人物が現れる。


「おはようございます、学園長」

「あぁ、ヘイゼルくんおはよう。有意義な話の途中であると思うが、彼を借りていくよ」


「えぇ、僕としてはもっとヘイゼル様のお孫さんと、お話したいのですが」

「君が私を呼びつけたのじゃないか?」

 そう、学園長が笑いながら言うと――。


「そうでした。残念ですが、話しはここまでになってしまいました。では、ルルカ様ごきげんよう」


「クライン様、ごきげんよう」


 ルルカが、カーテシーでお辞儀をすると、クラインは笑顔で手を振りながら学園長の後へ着いていった。ルルカが錬金術師を志しているという間違いは正せなかったが、いつかきっとまた会う事もあるだろう。そんな気がした。


 その時、近くの部室の扉から騒がしい声が聞こえ、ルルカは慌ててその場から立ち去ったのだった。


 続く


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