43:大蛇討伐と再会
大蛇から距離を置くために、走るエルウィン達の視線の先には、金属で作られた柵が横たわっている。
横を走るアンドリューの息はあがり、はぁ……はぁ……と荒く、肩が上下に動く。
それを確認したエルウィンは滑り込む様に足を止め、見上げた先には蛇腹の白、白から赤、裂ける勢いで大蛇の口は開いた。
しかし構えを見せると、スルリと横へ大きくそれた。
それを見つめる彼の装備は、空を飛ぶ大蛇の起こす風を受ける。その空気に雪の結晶が舞いだす。
息が白く、凍てつく台詞を彼は唱える。
「【氷花】」
彼が剣を振るった先、ヤクルスの表皮をミシミシと音をたて、氷の魔法の幹は伸びていく。
その次の瞬間、氷の棘が内側から音をたて突起し、大蛇は目に見えて高度を落とす。
それはまるで、薔薇の棘を帯びた蔦から逃れようとしている蛇そのもので。
そして蛇の頭まで蔦が絡みつけば、頭を覆うように氷は広がり、呼吸を止める蕾の様だ。
それが、獲物がもがけば、もがく程、氷がひび割れ、まるで咲き誇る氷の薔薇。
そして大蛇は崩れ落ち、地面を削りながらふたたび、地面に落ちる事となる。
そのまま彼は走り、目の前の柵の横軸に伸びる。
それを踏み台にして、柵を飛び越えた。
ザザッッーバサッ、ザザ!
砂浜の上へ崩れ、腰を落しながら落下し、軸の足が地に着けば、次の足、軸足と、手でバランスを取りつつ、先へと進み……、そして距離をいけば、それは駆け足に変わる。
砂浜では、サラサラの砂に足をとられ、そくと速度は落ちるがまだ速い。
それでなんとか、アンドリューに追いつき、二人は砂浜を走っていく。
しかしある程度距離を進むと振り返り、目視で港からの距離を測った。
アンドリューが足元を止め、エルウィンもそれに続く。
海が砂浜へ押し寄せ、さざ波の音だけが響く。
「やったか!?」
「やってないから、走ってくれアンドリュー」
エルウィンも振り向きはしてはいたが、アンドリューの大技にはもっと距離が欲しい所だろう。
その時、異変、
水飛沫、ざヴぁっと、
音が!?
海面が膨れ上がり、大蛇がいきなり飛び出して来る!!
「アンドリュー!?」
気付けば、アンドリューを押し退け庇った。彼は右手を抑え立ってた……。
抑えてはいだが、そこから止めどなく血が流れて、ポタッ、ポタッと、赤色の雫が落ち、砂浜を赤く染めていく。
――傷の熱さで、頭が少しクラクラとする。
目の前で対峙する、ヤクルスの顔の表面を覆っていた氷の膜が、ピキピキと音をたてて、ひび割れていく。
それを振り落とすように、大蛇は体をクネクネと震わせる。
シャーーッ!!
威嚇音の後に、蛇が体を矢のようにして、飛びかかって来るが――。
魔術師が空に描いた魔方陣が、突然現れそれを阻む。
「飛躍距離と勢いが、削がれてんな……」
そう言った、友はエルウィンの手を退かすと、傷ついた腕に触れ、熱でそれを焼いていく。
「ヴグッ……、お前、言え……」
「緊急事態だからな……」
「わかった……。油断しないようにするべきだが、羽根にまだ魔法の残滓が残っていて動きが悪い。その隙を狙おう」
アンドリューは上の空の様で、海の向こうを見つめている。
「戦艦の甲板の連中が、こっち見てんなぁ」
「どうする離れて様子を見るか?」
「わからん。わからないが……、凍らせちまおう。その方が早い。『氷花』で合わせるぞ!」
「切っては駄目なのか?」
「何でそういうとこは大雑把なんだ。生かして、魔術の媒体として、利用しようとしない?」
「なるのか?」
「知らん! 俺の方が詠唱は早い、お合わせるからいくぞ!!」
「「【氷花】!!」」
二人の魔法は同じ速度で進み、大蛇の頭から溢れるほどの氷の花の王冠を作り出した。
そして次の瞬間、パキーンと音をたてて大蛇の全身が凍りつき、地面へと叩きつけられる様に墜落した。
重い足をひきづり、大蛇のもとへ向かったが、さすが大魔術師のアンドリュー、決め技は確実に決めていた。
夏の終わりのこの時期だが、数日はそのままの状態を保つ事ができるだろう。氷が、こちらの手袋を凍らせてくるほどに。
その時、港から荷馬車がやって来て道路に止まった。
錬金術同好会の制服を着たルルカが、アッシュに手を引かれて降りて来る。
その時にはすでに、エルウィンは道路へと出るための階段をかけ上がっていた。
「ルルカ!?」
彼は階段を上がりきり、彼女の名前を呼ぶ。
白い騎士の制服はずいぶん破れ、汚れている。
昨晩から続く憔悴で、目の下にクマが微かに見える、彼の目尻が下がる。
そして彼は、ルルカの前で歩みを緩め――。
「エルウィン、お怪我を……。ポーションを……」
彼女は慌てて、振り向きヒップバックから薬を取り出そうとしている。
健気に慌てふためく彼女に、胸が締め付けられ言葉出ない。
エルウィンは、こちら世へ振り向いた彼女の肩に触れ、彼女は不安げに彼の手、そしてを顔を見あげた。
「エルウィン様……これを飲めば元気になりますわ」
ポーションを両手に持ち、彼の腕の傷を気にしながらも、強い口調と、熱の籠った碧い瞳で、彼を見、そしてそれを差し出す。
「ありがとう……」
彼がコルクを外し、ゆっくり飲んでいけば、彼の頬に赤みがさす。
それを見つめる彼女の目の力が抜け、笑みを浮かべ始めた。
――これでは、どっちが助けに来たのか、わかりはしない。
彼はポーションの空き瓶を、胸ポケットへしまうと、自分の体調について注意深く眺めているルルカを彼もまた目を細め笑みを浮かべて見つめていた。
そして彼のふたつの手が、彼女の顎と頬を優しく触れる。
少し微睡むような薄い青の瞳の彼を、彼女は眺める。
彼女の柔らかな口の端に、彼のやわらかな唇が触れる。
心を溶かす、幸せの味がした。
「ひゃあぁ」
彼女から、驚きの声が漏れる。
目を見開き、彼の事を見つめるが、後ろに停まった荷馬車を注意深く見つめもする。
そんなは彼女はこちらを振り返り、瞳はゆっくり閉じ、小さなけものが寄り添うように彼の体に身を任せ、その手で、彼の背中を支えるように触れた。
次に彼の額の重みと温かさを、彼女の肩に預けて、救う事のできた命の温かさと、柔らかさをしばらく感じていた。
「エルウィン様、来てくださってありがとうございます」
「ルルカ……結婚してくれないか? 待つと言ってはいたが、今回、本当に自分の命を縮める思いがした。もう離れたくない」
「私は信じていました。心が震える時でも、来てくださると。だがら、私の生きる場所は貴方の隣りにしかありません」
彼女は彼の耳元で、そっと呟く。
しかし、ふたりの世界は当然だが、突然現実へと引き戻される。
「おいエルウィン、うちの妹と結婚について、大筋の事を相談しょうか?」
先ほどには、影も形もなかった。
アッシュが息を弾ませ、そこに居た。おまけに、アンドリューまで……。
「ルルカ、俺様を新婦の友だちの席にしてくれないか?」
抱き合う二人の両隣りで、兄アッシュと、大魔術師のアンドリューが語りかけてきていた。
ふたりはゆっくり離れて、ルルカは真面目な顔をして――。
「そういうのは少し困ります」と答え、大魔術師の心を1キルし、「だぁー」アンドリューは断末魔の声をあげさせていた。
◇◇
「あの……大変、大事な話の途中ですが、リスレイとフレット様はどうなるのでしょうか?」
ルルカは、エルウィンからスラスラ出てくる、結婚への意気込みと仮定の予定を聞き、若干引きつつあるアッシュに対して聞いてみた。
あの騒動の最中、輸送船から出て来たフレットとリスレイ。
保護の名目で、海軍にて確保されていた。残念ながら、ドスカレッドと名乗っていた人物はまだ、船の中に居るようだ。
その船のある方角を見ると、黒い雲がもくもくと立ち昇っていた。
続く




