41:船が沈没するまでに
アンドリューとアッシュが、通信を行う少し前へ、時間はしばし戻る。
桟橋から掛けられた階段を駆け上がり、デッキに上がると男は、船員を無視するようにどんどん、先へ進んで行く。
そしてドスカレッドが目指した先には、厚い扉の操舵室があった。
彼は、キャップを被った船長らしき人物の前に立つ。
「あの魔物を逃がしたのですか……?」
そう言う船長は、見ていればわかる事について、回りくどく理由を求めて来る。
「ああ、逃がした。捕まっても、食われてもどうせ同じなら、楽をしたい。そう思っただけだ」
そう言って、父と名乗っていた男は、少しでも顔を隠す様にジャケットの襟を立てていた。
「…………」
遠く離れた故郷からやって来た、海の乗務員たちが厄介者を見る目で、ドスカレッドを遠巻きに見守る。
――これから陸のない海の上を、この人たちと行くのに、この男は怖くないのだろうか?
「念のため、魔物が近づいてきたら、魔物避けの装置を動かします。宜しいでしょうか?」
「こちらの事は任せた、信頼しているよ、船長」
それだけ言うと、きびすを返し、もう操舵室から出て行こうとしていた。
「ああ、了解した」
船長の言葉を背に、彼女も男に続く。
後ろでは船長が、見張りに直で権限を任せる事を連絡している。
――装置で、魔物が避けられるものなのかしら?
実物の大きさを、見たリスレイの不安は消える事は無かった。
しかしもう一つの不安だったアンドルでの暮らしぶりは、これからも不安は変わらずあるが、男といる限りは、この国の生活と同程度であると予想出来る。
――フレット様の居ない生活は、どこでも同じだから……。
ボェェーー!!
いきなり貨物船が唸り声をあげ、頬の肉がビリビリ振動する。
「リスレイ、魔物が来るようです。生き残れる確率は、ここに居ても、刑を受けても変わりません。内乱罪は、下手したら縛り首ですからね」
「そうなのー……」
彼女は興味のない声でそう答え、それを聞き、男は彼女の顔を見たようだが、やはり彼女は気にも留める事は無かった。
突然、空に影ができる。
その直後、貨物船が大きく左右に揺れた!?
「わぁーー!?」
「キャーーッ!?」
リスレイは目の前の柱に慌ててしがみ付くが、その目の前を、人が甲板を滑り落ちて行く。
それで終わりでなく、また違う方向から揺さぶられる事になる。
「ヤクルスによる捕食の可能性がある。船員一時、船内へ退避しろ!」
「どうした? 何があった」
操舵室の、船長の声が外へ漏れてくる。
周りの乗組員が忙しく駆け回り、私たちもやはり逆戻りする羽目になった。
そしてその途中に、答えが返ってくる。
「ハッ! ヤクルスが近づいて来たので、例の装置を発動させたところ、攻撃を受けました」
「それはどういう事だ……、とにかく例の装置を止めろ!」
「ハッ!」
水兵が、船内を縦横無尽に走っているだろうパイプをパカッと開け、どこかへ連絡しだす。
しかし返事は帰って来ないようで、
「応答せよ。応答せよ!」と、連絡係の声が響いている。
諦めたのだろう……。水兵は蓋を閉じ、こちらを向き直った。
「例の装置付近の連絡管から、連絡がありません。多大な被害があるようです……」
重苦しい空気が、船内に流れる。
「砲台で、倒せる見込みはあるか?」
「あの動きには、貨物船砲台では照準を合わせられません……」
――エルウィン、アンドリュー、あの二人が何かした?
「厄介ですね。あの装置は魔物の怒りを、逆なでしただけのようです」
「それじゃ……私たち……死ぬの?」
「アレに対抗する手段を、私は持ち合わせていませんからね……そうかもしれません」
「……そう……」
「止めてください。調子が狂います」
リスレイは一度男を見たが、すぐ視線を戻した。
大人しく、上空の魔物を見ている二人のまわりでは、ハチの巣を突いた勢いだった。
「港へ入り込んだと報告のあった、例の侵入者の二人はどうした?」
「姿が確認出来ません。攻撃を止めたようです」
その時、またもや、ドォーン!と魔物のぶつかったらしい音が響き、巨大な貨物船が大きく揺れた。
「ドスカレッド様、このままではこの船は沈みます」
「もう、完全に駄目な感じか?」
船長のもとへと男は歩み寄り、小声で聞いた。
そこへ副官と思われる背の高い人物が、近寄って来る。
「レーダーのエコーで戦艦らしきの船影を捉えました。まっすぐこちらに向かって来ます」
「そして投降促す通信が、その戦艦から……」
無線係の言葉は、船長の心を折った様で、青ざめ、全てを諦めた顔で――。
「秘密を知るのは、私のみです」
「では、船長殿は、私に付き合って貰おうか」
「心得ています。ヤード副官長、乗務員の避難の誘導を始めてくれ。この船は放棄する」
「船長!?……ッ……、わかりました。今までありがとうございました」
副官は、かっぷくのいい船長へと敬礼をし――。
「全乗務員に緊急事態通達する。ただいまをもって、この船を放棄する。避難時の行動はおよそ通常の避難通りだが、陸地への経路は現段階では確保されているが、海上よりの避難も心がけねば、魔物の餌にただなる恐れもある。心して当たってくれ 以上だ」
副官の言葉の後、船の中では多くの声が飛び交う事となった。
それを見ていた私の腕を、男は掴みふたたび甲板へと連れ出す。
「私は逃げられそうにないのでこのまま参りますが、リスレイ、貴方どうしますか?」
彼女は男の顔を見つめている。
久しぶりにまじまじと見た男の顔はシワが増えてはいたが、短時間の内に、顔を覆っていた闇が抜け出て行った気がした。
「えぇっと、私は……」
その時、逃げる人をかき分け、フードをかぶった。男が階段を駆け上がってくる。
深くかぶったフードの中から、金の髪がひとふさこぼれ出ていた。
「フレット様!?」
「貴方達、親子は何をしている!? 早く逃げてください!」
フレットはリスレイの手首を持ち、階段へと促しす」
「私は追って来たフレット様と、ともに行きます。私の命はそれにしか使えないみたい」
魔物によって、揺さぶられる船内で、男は目を細めて彼らを見る。
「お前は貪欲で、欲深で私好みの子供でしたが、では、ここでさよならしましょうか。生きる事にだけすがり付けば、見られる明日もありますよ」
「二人ともに何を……」
「お父様!? ありがとう、一つだけいい事してくれ!」
男が今を生き延びても、この国の人間に捕まれば、どんな目に合うかわからない……。
しかしそれは当然、彼女も同じで、それでもリスレイは、出来るだけ彼の隣りに立つという、立場を選んだようだ。
そして父親だった男は、肩の荷が降りたように、散歩のように進んで行く。
しかし彼は、寂しげな顔で振り返り言った。
「そうだ。私には貴方によく似た、妹がいたと言えば信じますか? 私に似ず、とても可愛らしい妹でした」
「信じないわ」
リスレイは表情を変えずにそう言い、彼は言葉を聞いて笑顔になる。
「そうです。私には血のつながった妹はいません。では、ご縁がありましたら、また地獄で」
「お断りだわ。あの世でも私が選ぶ場所はひとつですもの」
男は静かに、手を振り貨物船の中へ入って言った。
リスレイはしばらく見ていた。
「リスレイ、一体どういう事だ?」
「それよりも、早く安全所へ。フレット様に何かありましたら私……」
「君は、自分の心配をしていろ、行くぞ」
そして彼と、スカートを翻し歩く彼女は、階段を下へと降りていく。
その間……、彼女は振り向く事はなかった。
続く




