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子どもの頃から好きなあなたと  作者: もち雪
第四章 涼月の奪還

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41/51

41:船が沈没するまでに

 アンドリューとアッシュが、通信を行う少し前へ、時間はしばし戻る。


 桟橋から掛けられた階段を駆け上がり、デッキに上がると男は、船員を無視するようにどんどん、先へ進んで行く。


 そしてドスカレッドが目指した先には、厚い扉の操舵室があった。

 彼は、キャップを被った船長らしき人物の前に立つ。


「あの魔物を逃がしたのですか……?」


 そう言う船長は、見ていればわかる事について、回りくどく理由を求めて来る。


「ああ、逃がした。捕まっても、食われてもどうせ同じなら、楽をしたい。そう思っただけだ」


 そう言って、父と名乗っていた男は、少しでも顔を隠す様にジャケットの襟を立てていた。


「…………」 


 遠く離れた故郷からやって来た、海の乗務員たちが厄介者を見る目で、ドスカレッドを遠巻きに見守る。


 ――これから陸のない海の上を、この人たちと行くのに、この男は怖くないのだろうか?


「念のため、魔物が近づいてきたら、魔物避けの装置を動かします。宜しいでしょうか?」


「こちらの事は任せた、信頼しているよ、船長」


 それだけ言うと、きびすを返し、もう操舵室から出て行こうとしていた。


「ああ、了解した」


 船長の言葉を背に、彼女も男に続く。


 後ろでは船長が、見張りに直で権限を任せる事を連絡している。


 ――装置で、魔物が避けられるものなのかしら? 

 実物の大きさを、見たリスレイの不安は消える事は無かった。


 しかしもう一つの不安だったアンドルでの暮らしぶりは、これからも不安は変わらずあるが、男といる限りは、この国の生活と同程度であると予想出来る。


 ――フレット様の居ない生活は、どこでも同じだから……。


 ボェェーー!!


 いきなり貨物船が唸り声をあげ、頬の肉がビリビリ振動する。


「リスレイ、魔物が来るようです。生き残れる確率は、ここに居ても、刑を受けても変わりません。内乱罪は、下手したら縛り首ですからね」


「そうなのー……」


 彼女は興味のない声でそう答え、それを聞き、男は彼女の顔を見たようだが、やはり彼女は気にも留める事は無かった。


 突然、空に影ができる。


 その直後、貨物船が大きく左右に揺れた!?


「わぁーー!?」

「キャーーッ!?」


 リスレイは目の前の柱に慌ててしがみ付くが、その目の前を、人が甲板を滑り落ちて行く。


 それで終わりでなく、また違う方向から揺さぶられる事になる。


「ヤクルスによる捕食の可能性がある。船員一時、船内へ退避しろ!」


「どうした? 何があった」


 操舵室の、船長の声が外へ漏れてくる。

 周りの乗組員が忙しく駆け回り、私たちもやはり逆戻りする羽目になった。


 そしてその途中に、答えが返ってくる。


「ハッ! ヤクルスが近づいて来たので、例の装置を発動させたところ、攻撃を受けました」


「それはどういう事だ……、とにかく例の装置を止めろ!」

「ハッ!」


 水兵が、船内を縦横無尽に走っているだろうパイプをパカッと開け、どこかへ連絡しだす。


 しかし返事は帰って来ないようで、


「応答せよ。応答せよ!」と、連絡係の声が響いている。

 諦めたのだろう……。水兵は蓋を閉じ、こちらを向き直った。


「例の装置付近の連絡管から、連絡がありません。多大な被害があるようです……」

 重苦しい空気が、船内に流れる。


「砲台で、倒せる見込みはあるか?」

「あの動きには、貨物船砲台では照準を合わせられません……」


 ――エルウィン、アンドリュー、あの二人が何かした?


「厄介ですね。あの装置は魔物の怒りを、逆なでしただけのようです」


「それじゃ……私たち……死ぬの?」

「アレに対抗する手段を、私は持ち合わせていませんからね……そうかもしれません」


「……そう……」

「止めてください。調子が狂います」


 リスレイは一度男を見たが、すぐ視線を戻した。

 大人しく、上空の魔物を見ている二人のまわりでは、ハチの巣を突いた勢いだった。


「港へ入り込んだと報告のあった、例の侵入者の二人はどうした?」

「姿が確認出来ません。攻撃を止めたようです」


 その時、またもや、ドォーン!と魔物のぶつかったらしい音が響き、巨大な貨物船が大きく揺れた。


「ドスカレッド様、このままではこの船は沈みます」

「もう、完全に駄目な感じか?」


 船長のもとへと男は歩み寄り、小声で聞いた。

 そこへ副官と思われる背の高い人物が、近寄って来る。


「レーダーのエコーで戦艦らしきの船影を捉えました。まっすぐこちらに向かって来ます」

「そして投降促す通信が、その戦艦から……」


 無線係の言葉は、船長の心を折った様で、青ざめ、全てを諦めた顔で――。


「秘密を知るのは、私のみです」

「では、船長殿は、私に付き合って貰おうか」


「心得ています。ヤード副官長、乗務員の避難の誘導を始めてくれ。この船は放棄する」

「船長!?……ッ……、わかりました。今までありがとうございました」


 副官は、かっぷくのいい船長へと敬礼をし――。


「全乗務員に緊急事態通達する。ただいまをもって、この船を放棄する。避難時の行動はおよそ通常の避難通りだが、陸地への経路は現段階では確保されているが、海上よりの避難も心がけねば、魔物の餌にただなる恐れもある。心して当たってくれ 以上だ」


 副官の言葉の後、船の中では多くの声が飛び交う事となった。

 それを見ていた私の腕を、男は掴みふたたび甲板へと連れ出す。


「私は逃げられそうにないのでこのまま参りますが、リスレイ、貴方どうしますか?」


 彼女は男の顔を見つめている。


 久しぶりにまじまじと見た男の顔はシワが増えてはいたが、短時間の内に、顔を覆っていた闇が抜け出て行った気がした。


「えぇっと、私は……」


 その時、逃げる人をかき分け、フードをかぶった。男が階段を駆け上がってくる。

 深くかぶったフードの中から、金の髪がひとふさこぼれ出ていた。


「フレット様!?」

「貴方達、親子は何をしている!? 早く逃げてください!」

 フレットはリスレイの手首を持ち、階段へと促しす」


「私は追って来たフレット様と、ともに行きます。私の命はそれにしか使えないみたい」


 魔物によって、揺さぶられる船内で、男は目を細めて彼らを見る。


「お前は貪欲で、欲深で私好みの子供でしたが、では、ここでさよならしましょうか。生きる事にだけすがり付けば、見られる明日もありますよ」


「二人ともに何を……」

「お父様!? ありがとう、一つだけいい事してくれ!」


 男が今を生き延びても、この国の人間に捕まれば、どんな目に合うかわからない……。


 しかしそれは当然、彼女も同じで、それでもリスレイは、出来るだけ彼の隣りに立つという、立場を選んだようだ。


 そして父親だった男は、肩の荷が降りたように、散歩のように進んで行く。

 しかし彼は、寂しげな顔で振り返り言った。


「そうだ。私には貴方によく似た、妹がいたと言えば信じますか? 私に似ず、とても可愛らしい妹でした」


「信じないわ」


 リスレイは表情を変えずにそう言い、彼は言葉を聞いて笑顔になる。


「そうです。私には血のつながった妹はいません。では、ご縁がありましたら、また地獄で」


「お断りだわ。あの世でも私が選ぶ場所はひとつですもの」


 男は静かに、手を振り貨物船の中へ入って言った。


 リスレイはしばらく見ていた。


「リスレイ、一体どういう事だ?」

「それよりも、早く安全所へ。フレット様に何かありましたら私……」

「君は、自分の心配をしていろ、行くぞ」


 そして彼と、スカートを翻し歩く彼女は、階段を下へと降りていく。

 その間……、彼女は振り向く事はなかった。


 続く



 



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