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子どもの頃から好きなあなたと  作者: もち雪
花残月のさよなら

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4/13

4:いいなづけの代わりに、エルウィン様のお手伝いを1/2

 一人だと思っていた部室で、エルウィンのつい漏れ出たような笑い声を聞く。

 ヒィー、っと声にならない声を、彼女は心の中で大きく叫んでいた。


 そんな彼女を見て、彼は体を少しだけ斜めにし、困り顔にも見える笑みを浮かべた。


 その時、茶色にも、金色に見える編まれても、艶やかな髪が肩から背中へとまわっていく。


 ――彼の髪に見とれている場合ではなかったわ。


「エルウィン様、おはようございます」


 畳む手をふたたびせかせかと動かす。

 お仕事に集中していますよ。と、いう何気ない動作を彼女は心がける。


「おはようルルカ」


 彼は彼女の横を通ると、目の前の椅子に腰掛ける。

 その間、彼の動作一つ、一つが彼女の皮膚へと伝わるほど、彼女は緊張していた。


 女性が一人働いていたら、そんな女性を気遣い、楽しい会話の一つでもしてみる事は、レディーファーストとして正しいと思う。


 けれど、そんな当たり障りのない事ですら、今のルルカを戸惑わせる。

 きつい言い方だが、そんな事をエルウィンには求めていなかった。


 家族以外の男性には節度を持ってという考えは、ここルーフェンでは古い考え方になってしまった。けれども夫の後ろを歩くような考え方がフレットの実家の常識だった。


 あまり会う事のなかったフレットの家族だが、そこら辺は彼のお母様から直々にしっかりと釘をさされてしまっている。


 だけど今、目の前にいるのは、社会にでればはこちらから話しかける事もはばかれる、公爵の血筋の方で、おまけにフレットの部活の部長で、今は直属の上司のような、彼にどんな顔を向ければいいかもわからずに、一生懸命に手を動かした。



 ――やはり、いつも通り少しだけ、にこやかに、そして話しかけられたのなら、仕事について聞けばいいわ。それで全て上手くいくはず。


 その時、ふと、フレットの事を思ったが、彼が「エルウィンもこの時間なら空いているから」とこの時間を指定していた。


 ――それにしても、フレットは許嫁が、異性とふたりでいることについて、なんとも思ってらっしゃらないのかもしれないのかしら。


 そう思うと胸の奥が、治りの悪い古傷のようにじくじくと痛んだ。


 物思いにふけっていると、大きな手が伸びて来て、洗濯物のシャツを掴んだ。


 ――あぁ、なんてことなの!? エルウィンが洗濯物を畳んでいる!?

 今度こそ、心臓がすぐに止まりそうだった。

『おやめくだい!?』そんな言葉も思わず、口から零れ落ちそうになる。


 けれど、彼はそういう扱いを嫌う事は、なんとなくわかってきていた。


「洗ったシャツが、シワシワで困りますよね」


 考えた末の答えは、大きく心意から外れ、ただの愚痴となって口から零れてしまう。


 部室の端で、小さくなって座りこみたい気分に溺れてしまいそうだった。


「うんうん、そうだね」

 彼は、嬉しそうにシャツを畳み出す。

 彼女は胸を撫でおろし、少しだけ心の内を打ち明ける。


「エルウィン様がやる事では……」

「フレットの代わりの、お手伝いを君がやっているのに?」


 彼女の反応を楽しむように、薄いブルーの瞳や、美しく形づくられた唇が、笑顔をつくる。ここでふたりだけで話すと、エルウィンは気やすく、人当たりもいい。うーん、解放的と言っていいかもしれない。


 きっと、相手が許婚がいる身なので、好意を恋愛的な好きと勘違いもされないと思っているのだろう。彼にそんな人間と思われるのは、誇らしい事。


 だからこそ、よりいっそう、気を引き締めて行かなければならないわ。


「ですが……、卒業すれば、いずれ早い内に、フレットと結婚する事になります。その為の花嫁修業として、領地を守る女主人の役割も学ぶ事になるでしょう。だから、これもカサブランカの勉強方針としての、未来の予行練習のひとつですわ」


「そこまで真面目に取られると、困るかな。フレットも騎士と、未来の領主として頑張っているのはわかる。けれど……ふたりとも無理せずやってくれればいいよ。と、いう事なんだ」


 彼は丁寧にシャツをたたみながら、とてもその口調は穏やかだった。


「それにしても、『婚約者が手伝わなければ……』、その考え方は、問題だと思う。学校の方針にあっていない事だからね」


「けれど、他の部員の方に任せる形であると、彼の様に家の用事で仕事を穴をあける人間は副団長に立候補しにくいですから」


「しかし、騎士になれば、君に手伝って貰うというわけにはいかよ」


 思わず顔をあげて、エルウィンの顔を見た。

 彼は淡々と、シャツを畳んでいる。


 ルルカもそれに(なら)い再び、シャツを畳みだし、一言だけ消えそうな声で答えた。


「そうですね……」


 今のままの状態で騎士となるなら、フレット自身がつぶれてしまう。

 誰かが考えを改めなければ、きっといけないはず。


 しかし、フレットの婚約者が彼の考えを改めるべきだという事に、同意したと聞いたら、彼のお母様はなんていうかしら? 


 そんな考えが頭によぎり、彼女の表情が暗くなる。

 そしてエルウィンは、彼の心の内を話す。


「俺が考えているのは、部員や、許婚、婚約者の数人だけに負担させるのではなく、負担を分け合い……経験しておかなければならない事はあるのではないか? という事と。フレットもやはり、その量をこなす必要と、限界を知るべき時が来ているように思う」


 きっと彼の話は正しいのだろう。フレットがそうできるかと言われたら、ルルカは横に首を振るしかない。


 彼にとって一番大切なものは……、騎士になる夢。けれど、フレットの両親に家名と、家族のためだと言われたら、大切な夢さえ手放してしまうように思えてならない。


 力とは別に、目に見える魔法という力が世界に根付き、貴族と女性は少しだけ解放的になった。でも、結局は教育で、彼は目に見えない鎖を、引きちぎる事はできないのかもしれない。


 そんな彼を支えたいと思ったあの時から、月日と、人との関わりは、人を簡単に変えてしまえる。


「ルルカ、ルルカ……、君たちの気持ちを考えず、少し勝手を言い過ぎただろうか……?」


 彼の目が心配そうにこちらを見ていた。

 考え込んでいる内に、彼の呼びかけに気が付かなかったみたい。


「えっと、……皺が気になってしまう体質のようで……」


 そう言うと、彼は今度は笑いがこらえられないように、クックッと笑う声が漏れながら、肩を揺らしている。


 ――エルウィンは結構、気を抜くと笑い上戸のようで、次期公爵家は笑いが絶えない家柄になりそう。


 そんな呑気な事を考えてしまっていたら、全て洗濯物にが畳まれている事に気づく。

 私の方が先にやっていたのに、互いの前にあるシャツの枚数が、変わらない量である事に背中から冷や汗がでそう。


「大丈夫、君の方が多くやったよ」


 そう言って早々に彼は、二つの山を重ねて持って行ってしまった。


 ――長く考え込んでしまったばかりに、彼に多くやらせてしまったかもしれない。穴があったら入りたいですわ。しかしそれに対しての、気遣いまで……。


「ルルカ……、良かったらだけれど、紅茶を入れて貰えるだろうか? 寮でも入れてはみたけど、君ほど美味しくできないかったんだ」


 彼は畳んだシャツの代わりに、布の袋に入れられた、寮での貸出用の紅茶のセットを持って来ていた。


続く


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