38:港へ連れ去られていく彼女
目が覚めると、魔法の炎が消され、ザラザラとした埃ぽさと、停滞し、淀んだ空気を感じた。
外の声に耳を傾けても僅かに、チュンチュンといった小鳥たちの鳴く声だけが聞こえる。
しばらくその音を聞きつつ、うとうととまどろむ。
扉の開く音がして、廊下から教育を施された足音が近づいてくる。
そして扉が開き、リスレイの声が聞こえてきた。
「お姉様、出国の時間よ」
「出国?」
「お父様、いえ、あの男の故郷へ帰るんですって」
「え……、そこはどこなの?」
彼女はルルカの顔を見ずに、辺りの散乱している荷物を集め入れていく。
「さぁーさっさと、起きて!」
ルルカは壁を使い、何とか起きると足もとをみる。
リスレイはそんな彼女の姿を見つけ、「もぉっ!」と言ってルルカの足の紐をほどいてくれた。
――フレットが居ない時のリスレイは、世話好きの妹みたいね……。
そのまま縛られた状態で、ドスカレッドのもとへ行くと、彼は眉をひそめた。
「仕方ない、このまま行くと人目を引く。ルルカ様の紐はほどいて行こう」
「だって」
リスレイはルルカの目を見ながら、中継ぎの役目をこなすように、ポツリと言った。
そして彼の言うように、彼女の腕に巻かれた紐を解きにかかるが……。
「…………お父様、紐が固くほどけないわ」
そして結局、ドスカレッドの手によって拘束は解かれるが、 移動中はしっかりリスレイか、ドスカレッドに腕を掴まれたまま、移動する事となった。
その建物から離れる時、リスレイの目を盗み辺りを見回していた。
だが、猫の姿をしてたゼロス先生の呼ぶはずの誰かの姿は見えない。もしこれからここへとやって来ても、ここはもぬけの殻だろう。
「猫のこと気になる? 先生はさっき解放したとこ。アイツは魔法使いではないけど、鼻が効くからだしぬくのは無理よ」
「リスレイどうして……」
「べつに、そんな気分だっただけ」
ブラウンのフワフワ髪の向こう、可愛らしい顔に影が落ちる。
――リスレイ……。
彼女を眺めていたルルカの視線に気づいているだろうが、リスレイは幌馬車の茶色の帆に触れながら「乗って」とだけ呟いた。
言われるまま、荷馬車のステップを上がっていき、座席の一番奥に固い木の座席の上へとルルカは座った。
ドスカレッドはルルカを見張る様に前に座り、横へはリスレイが。
馬車が走りだす前も、走り出した後も二人は会話をする事なく無言でいる。
――ドスカレッドという人物と、リスレイが中が悪いなら、彼女を連れて逃げられるかもしれない。
ガタガタと揺れる馬車に、体を揺さぶられながら、そんな事を思う。
切り崩すなら、彼女の方。でも、いったいどうやって……。
「お姉様って、案外卑しいのね」
「ありがとう……」
リスレイに、何か勘違いをされてしまったようで、コッペパンを差し出された。
黙ってパンをちぎって食べながら、彼女を盗み見ると、彼女もコッペパンをもくもくと食べている。
――いやだわ、駄目だわ。リスレイには嫌な事も多く言われたけど、彼女の事が気になってしまう……。自分の事だけで精一杯のくせして。
でも、もしチャンスがあれば動けるようにと、ルルカはなおも黙々と食べだした。
◇◇
どれくらいの距離を、馬車は走っただろうか?
磯の香りが流れて来る。
「……馬車の外がみたいわ」
「駄目だ」
「危ないわよ!」
ドスカレッドにはすかさず否定され、リスレイには……なんとなく叱られたような……気がする。
今は潮の香りで、海の近くと判断する事しか出来ない。
そして道は半島へ出たのだろうか?
曲がり道を行く時に、後ろの部分から海が見えた。
そんな場所がこのルーフェンでも、レノイアス港しかない。
リスレイの『出国の時間よ』の言葉に、陸路を越えて行くのかと思っていたが、船に乗るなら出国の手続きを一体どうするつもりか、考えが及ばないわけではないだろう。
「リスレイ……本当に行くつもりなの……?」
――寒くないのに、震えが止まらない……。
そんな体を抱きしめながら、何とか声を発していた。
「そう言ったわ……」
リスレイは、ルルカに顔を向けないまま、拒絶するようにそう答えた。
――それでも……。
ルルカは隣りに座る、リスレイの顔を見る。
彼女は無表情にただ前を見つめ、屋根にかかり壁となっている帆を見ている。
――悲しい顔していれば勇気がだせるのに、笑顔だったら割り切れるのに……。
そして馬車は、掛け声と共に停まり、目的地についてしまったようだ。
ドスカレッドと、リスレイに続いて出て行こうとすると――。
「どうぞ、ヘイゼル様」と言って、ドスカレッドから手を差し出される。
「いえ、一人で降りられます」
「そうじゃないんです。逃げられると、困るでしょう?」
そう今までで見せた事の無い、濁った瞳でルルカに語りかける。
彼女は握りしめていたこぶしを緩め、彼の手に、自分の血の気が失せ、白くなってしまった手をのせる。
「ほら、リスレイ、よく見ていたかね? 本当の貴族の令嬢はこういうものだよ。賢く考え、賢く生きる。水槽の中でしか生きられない自分をよく知っている」
そう絡みつく様な声色で、リスレイに語り掛けた。
「ごめんなさい。お父様、私は生まれが悪いのでそうなれそうにないわ」
「生まれは、かえらないね。どぶねずみが、御者の姿になれるのは 魔法のかかっている間だけ。しかしお前には、しばしその姿のままでいて貰わなければ……。そうしなければ……まぁ、お前自身もわかっているだろう」
それだけ言うと、目の前の男はルルカを見た。
それだけで、ルルカは震えが止まらなくなる。
――何故、この震えは何?
「可哀そうに、お姫様はこんなに震えている……。リスレイ慰めてあげなさい。彼女はこの国で残される、数少ない亡国の姫君となるのだから」
そう言いうと、ルルカの腕を掴み、多く置かれた貨物の中へと進んで行く。
「どういう事ですの?」
「言った通りです」
「お父様のやった貿易のせいで、隠してはいるけど、この国の薬はすぐに底をつくはずよ。その隙を突いて攻めるんですって」
リスレイが淡々と話していると、突然彼女が消える。そして代わりに、その場所に男が立っていた。
「リスレイ!? 大丈夫?」
彼女のもとへ行こうとした、ルルカの腕を男は掴む。
ドスカレッドの腕が、彼のそばへと彼女を引き戻した。
「あぶない。汚れますよ」
「離しなさい、何て事をするの!?」
「今、貴女は逃げられない。なら、おとなしくしておくべきだ。 今までも、そうしてきたでしよう?」
男は薄ら笑いを浮かべ、彼女を連れて歩きだした。
リスレイがこのまま逃げる、心配などしてないの?
「それにしても貴女が居なくなれば、ノアの公爵の御子息が悲しむでしょうね。貴女の領地と手を組めば、莫大な利益を生み出せていたのに、金の鶏は私が連れていき、金の卵もまた私たちのものです」
「何を言って……」
その時、ローブをまとった二人の男性が!?
ところかまわず置かれている、貨物の間に隠れていたようだ。
ルルカの腕を持ったスカレッドの手が、黒いローブを着た何者かに握られる。
その途端にドスカレッドはうめき声をあげると、腕を持つ力は弱り、それを彼女は振り払い、リスレイの元まで走って行く。
起き上がろうとしていたリスレイを支えた時、恋人の声が聞こえて来た。
「ルルカ、リスレイこっちへ」
「エルウィン様!?」
ローブの男の一人がフードを取ると、逢いたかったその顔があった。
そんなルルカの肩に、彼は手を掛け――。
「ルルカ、アッシュも来ている。ひとまず君たちはそこまで引くんだ」
しかし、その声が終わらぬ内に、リスレイが飛び出し、ドスカレッドへと駆け寄る。
「あっ、君!?」
「リスレイ戻って!?」
そう呼びかけると、リスレイは不意に止まり……。
「フレット様に……ずっとお慕いしておりましたと、謝りきれないけれど、それでも謝っていたと伝えて……」
そんな切ない彼女の言葉の後に、起き上がった、ドスカレッドの言葉が聞こえて来た。
「ふぅーやれやれ、さすが、勇者の血を引く男か」
そう、言った彼の利き手には、鋭く光るナイフがあった。
それを駆け寄って来た、リスレイの首元にあてがう。
……それでも……彼女は、声さえあげず、そこに立っていた。
「三人とも近づかないで、リスレイは君たちとは違うんだよ。孤児院暮らしで、それも荒れた孤児院だった……。だから、この子は夢は見ない。だから、追って来ないようにね」
「そういうわけにいくか!!」
アンドリューが声をあげたが、それをエルウィンが、アンドリューの胸元に手をやり制す。
そしてこちらは何もできないまま、彼らに後退することを許した。
そして貨物の影に隠れ見えなくなった頃、エルウィンがこちらへとやってくる。
「エルウィン様! 私の事はいいですから、リスレイのことを追ってください。彼女を助けて!?」
「駄目だ」
剣術部の制服を着た彼はきっぱりと、ルルカからの救助の要請を断った。
その制服は、騎士の色違いの白で、騎士の卵の証。
騎士の心得を、彼も知っているはずだった。
その彼は救出を拒み、ルルカを抱きしめ、自ら危険に飛び込んだリスレイを追うのを拒んでいる。
「エルウィン様、大丈夫ですか? 顔色が……」
彼の頬は白く、体温もなんだか冷たい。こちらが心配する程だった。
「ああ、もう心配ないよ。君のお兄さんも来ているからね」
「兄もここに……」
彼と彼女を心配しながらも、兄の登場で事態を好転できるかもしれない。
そう考えていたルルカの耳に、突然、アンドリューの声が上から聞こえてくる。
「アイツ魔物を解き放とうとしている!?」
そういうと、ルルカたちの前へ飛び降りて来た。
「兄さんはルルカを救助したら、この場所から退去しろと言っていたが、エルウィンどうする?」
途端に、エルウィンは体を離す。
「ルルカ! ここば俺たちが防ぐ、この道を真っ直ぐ後方へ走るんだいいね?」
「絶対、無理はしてはだめよ」
「わかっている。俺は負けたりしないから、安心して待っておいで」
「待ってるわ。だからお願い」
そういう彼女の頬に、キスを落とし、「行ってきます」そう言って、彼は走り出す。
……
その時「ふざけんな!」と、声はしたが、嫉妬の遠吠えは、海風に流され消えて行った。
続く




