36:囚われのルルカ
「あっ、ヘイゼル様!?」
長く続く休みの午後、寮から出て来た彼女の前に、リスレイの父が姿を現し彼女に声を掛けた。
その近くには、ペイジ家の家門のついた馬車が止まっている。
――なぜ、こんな所に? リスレイは海外での反乱以降、カサブランカへは来ていなかったはず……。
新鋭貴族であるぺイジ家、今、一番危険な存在に彼女は身構え、目の前のドスカレッドからなるべく自然に、一歩下がり距離をとった。
偶然にしては、この出会いは出来過ぎている。
そんなことが、彼女の脳裏にかすめた時、思いもよらない彼の言葉に思わず、顔をあげドスカレッドの顔を見た。
ルルカの父より若いその顔は、見上げた顔を見て気を緩ませる。
「緊急事態であるため、突然、声をかけた無礼をお許しください」
「いえ……、どうかしかのですか?」
「リスレイを見ませんでしたでしょうか? 最近、ふさぎ込んでいたのですが、昨日の夜から姿が見えなくなってしまって……。その為、こちらの男性寮を尋ねましたが、フレット君まで……、理由もわからずこちらへは戻って来てないとの事で……」
「アルセス様も……」
最近の彼の様子を思い浮かべようとしたが、長い休み中にあったと言えば、どんぐりの木の下で出会って以来、あの時はギクシャクとしていたが、それ以外は彼には変わった様子はないように思われた。
「お役立てる様な事はないようですわ……」
「では、これについては?」
リスレイの父、ドスカレッドが彼女の前に、摘まみ出してきたのは――。
――あれは!?、安眠効果のあるミーチョルの葉。
そのほかに香りは混ざり、彼女の目の前は、急にもやがかかったように、白く隠れて行く。
急に力の抜けた彼女の体を、ドスカレッドが支えた。
「えっ!?」
昼食を終え、寮から出て来た女性徒だろうか? ふたりの様子を見て立ち竦む。
「君! いいところに。教師か、誰か呼んで来てくれないか!? 女生徒が倒れた!」
「はい!」
彼女は長い髪を翻し、ふたたび寮へと戻っていく。
「ふふふっ」
ドスカレッドはルルカを持ち上げ、馬車を運び込むとそう笑い声をあげた。
それが合図の様に、蹄の音を鳴らしながら、易々とカサブランカからそれは出て行こうとしている。
ルルカの意識は、暗闇に閉ざされたままで。
「ニャーン」
猫の声を、聞いたかもしれない。
◇◇◇
目を覚ますと埃のかぶった様な長椅子の上、ルルカは縛られ寝かされていた。
窓は外は外から板で塞がれているのか、外の景色が見る事ができない。
明かりがいっさい漏れて来ないことを考えると、まだ、夜なのかもしれない。
ガチャッと音がして、扉が開く。
ルルカがどうにか体を動かせば、トーレーを持ち、入ってくるリスレイが見えた。
「あら、起きてたんだ」
彼女はトレーを持ったまま話しかけて来る。
それを机の上に置くと、私を抱え起こし座らせた。
トレーにコッペパンと干し肉が、ひとつの皿にのっている。
「貴女の父親が、カサブランカに来たわ」
「お姉様はアイツに捕まちゃったのよ 忘れちゃったの?」
「じゃー貴女とフレットは?」
「フルット様?」
彼女は一瞬、目を見開いてルルカの事を見たが……、すぐにその興味を失い、パンを小さくちぎった。
「アイツは平気で嘘をつくから……。それにもう成金の娘でない私に、フレット様は興味ない。だからここへは来ないわ」
そう話しながら、次々とルルカの口へそれを詰め込んでいく。
毒を盛るのも、薬を飲ませるのも、やろうと思えばもうやっているはず。
今は救助された時のために、リスレイから与えられたパンを夢中で食べた。
「アハハ、伯爵令嬢がこんなパンを夢中で食べるなんてね。お姉様はこんなパサパサパンなんて、食べた事なかったでしょう?」
そう言われると、ルルカはなんて言っていいかわからず「山では黒パンだったから……」と、だけ答えた。
「黒パン? なにそれ?」
――だから、そういうパンがあるのよ。山の麓は土地が痩せてるので、ライ麦を植えてるらしいわ。
そう言うと、フレットも家の者も「そうなんですか」と大抵答えるので、話しの膨らまない、黒パンについては、ルルカは多く語らないようにしている。
「そんなパンがあるのですわ……」
「へぇー、ってちょっとふてくさらないでよ!」
そう言って包丁か何かで、干し肉を小さく切ってくれたらしく。それを一枚摘まみ上げると放り込まれた。
ルルカはそれをよく咀嚼すると、肉の味が広がり、唾液が口の中で溢れてくる。
そして次が放り込まれる前に、気持ちを伝える。
「私はこれからどうなるの? そしてリスレイは?」
「私はもう終わり。称号を金で買った貴族の娘に、何が残るの? だからアイツに付いていくしかない。もう孤児院に戻りたくないわ。それに、フレット様の隣りで、微笑む誰かを見たくない!」
彼女は立ち上がり、「後は一人で食べて、山育ちなんでしょう」
そう言うと、彼女は足早に部屋から出ていった。
目の皿にのった、僅かばかりのジャーキーが残されている。
このまま時が進めば、皿から直で食べる未来も無いわけじゃないかも。
皿から服の中へと、入れる事ができればいざという時、なんとかなるのに……。
その時、黒猫がニャーンと、リスレイが閉め忘れたのだろう扉から、スルリと室内へと入って来る。
「お前はどこの誰なの?」
「私は、カサブランカの猫だ」
そう黒猫が言葉を、口に出す。
「先生!?」
黒猫はみるみる、人の姿になるが頭はカラスのままだった。
「ゼロス先生!?」
「しっ! しっ! しー、まぁ、ここで登場しておいてなんだけど、魔法はからっきしでね。ポーションは?」
そうカラスのマスクを付けて先生は言った。ルルカはゴロゴロと少しだけ転がる。
「ヒップバックに固さがあるので、入っているはずですわ」
「そうだろうね。人質にしろ、君の能力を我が物とするにも、君を生かしておくべきだからね。じゃー私は助けを呼んでくる。期待せずに待ってて欲しい」
「期待してますわ」
「エルウィン君を期待した方が早いよ」
そう言うが早いか、ゼロス先生は来た時と同じ様に、ドアの隙間をすり抜けて行った。
――ロープの紐、少しだけ緩めていってほしかったですわ……。
続く




