32:別れてしまった許婚のまわりの人々
「やはり、無理ですわ……」
アンドリュー、そう名前を呼ぶだけの事にルルカは難色を示し、難航していた。
頼りの兄は、校長室へ行くと行ったきり帰って来ない。
実験自体は、彼のイヤリングの効果と、その知識で、着実に進んでいるのにままならないものだ。
「じゃーエルウィンは……?」
「これは何の訓練なのですか?」
「いいから、いいから」
ルルカたちの横で、書き物をしていたエルウィンは、ペンを置きこちらを見ていた。
「エルウィン……」
「じゃ、次、俺の名前を……」
「アンドリュー様、云い加減になさってください」
「アンドリュー……」
ルルカとエルウィンがたしなめると、彼は子どもの様にしょぼくれた顔になった。
「ルルカ様もういいですよ」
今まで、ポーション作成中の鍋を見ていた、エルドアが彼女に声をかける。
それを聞いた彼女は、「ソルトス」と魔力を遮断する呪文をペンダントへ唱えた。
そしてポーションを料理用のお玉ですくいあげ、試験管へと入れてアンドリューへと差し出す。
「え……っと師匠、見て頂けますか?」
「えっ?……あぁ……」
何故かアンドリューは、寝起きの様な返事をし、試験管を陽に透かすように見た。
「ルルカいい感じだ。属性の力が膜をはる様に行き渡っている」
「ですが、いつもより魔力の減りを感じるですが……」
「師匠の俺様が教えてあげよう、このイヤリングは俺様専用なんだ」
そう言った彼の金色の瞳が、キラキラと輝いている。
「それは存じております」
「うん、凄いぞ! ルルカ、なんて優秀な生徒なんだ! いやぁー……、俺……エルウィンの妹の学校の先生、それか王国魔術師で、弟子をバンバン取るべきか?」
「アンドリューは魔法のスランプについて、アドバイスはできるのか?」
「敵目掛けて、頑張って打て! 魔法イヤリングは気持ち早めに! どうだ?」
「普通の人間は……、まぁいい、お前はアタッカーを頑張ってこなしてくれ……」
彼の言葉を聞くと、エルウィンは助言を切り上げてしまった。
それについて不可解、という顔をアンドリューはするが、弟子であるルルカの事を思い出したようで、おままごとの役を楽しむように、楽し気に説明を始めた。
「おっと、すまなかったルルカ、俺のイヤリングの説明をまたするぞ」
「はい、畏まりましたわ」
「このイヤリングは、俺様の犬の首輪と言っていい。錬金術作成に関係するこのペンダントの力は、【魔力の遮断】・【緊急事態防止】・【使用魔力の判別】だな」
「三つもですか?」
ルルカは、エルウィンを見た。彼はハハハと笑っているが、通常、貴金属に魔法を付けても一つや二つなのに……。
一体このペンダント一つで、幾らの値段になるのか、聞くのが怖いレベルだった。
「そうだ。【緊急事態防止】の話を、まずしていこう。
先ほどポーションを作って貰ったが、『ソルトス』という呪文で【魔力の遮断】してもらった。
しかし先ほどは、爆発の気配が無かったのは、ある程度の以上の魔力を、このペンダントの輝きに変えていたからだ。
この魔力の使える量を調整は出来るのは、今、俺とエルウィンと……誰だ?」
「それは秘密で、当事者には話してあるが、このペンダントを使うと、ルルカの魔力を封じ込める事が出来てしまう。もう一つの魔法と合わせると、だいぶまずい事態になる。だから、本人にもあかせない」
「お前は?」
そうアンドリューが聞くと、エルウィンは心臓の上を人差し指で、トントンと指さす。
「うーん、なるほどね」
――なるほど、なんなのでしょうか?
「そういうわけで、ルルカに教えた【魔力の遮断】は、一過性で、時間を置けば、魔法を使う事が出来る。だが、俺とエルウィンの知ってる呪文はそういうわけにいかないから、その存在自体、あまり人に知られない方がいいだろう」
「では、今、感じている魔力の疲労は、だいぶ魔力をこのペンダントの光として使ってしまったという事ですか?」
「ああ、そうだ。では、あくまでも副産物であるが、その光の能力【使用魔力の判別】について説明する。ルルカのペンダントが今、光っているだろう? それは弟子の魔力を吸い取った魔力を使って、発光しているとはさっき言ったが、一番輝いているのは……」
アンドリューは、ルルカのペンダントへ手を伸ばす。
しかし、それを見ていたエルウィンによって、彼の手は掴まれた。
彼女は代わりに、ペンダントのトップを手に取り、そのまま、何事なかったように会話は続く。
「青の光です」
「水の属性か……、前回もそうだったから、お前はまず水の属性を支配する方がいい。そうしないと無駄に吸収される」
「はい。あ……あの……魔力の操作について、生活魔法しか使った事がないのですが……」
「無論、俺様も教えるが、こいつも使え、自由に貸し出すぞ」
そう言って、エルウィン様を指さした。
「ああ、好きに使ってくれ……。こいつのおもりって事で、帰宅門限などについて、全て許されている」
「はい……」
恋人たちは、自分たちの世界に入ったように、頬を染めて見つめ合った。
「俺様を出汁に使うな。とにかく、今回は水の属性だが、無駄に出ている属性の魔力を調教する事によって、他の属性をこの鍋の中により、流し込む事が可能になるはずだ」
そう言うと、師匠は「うーん」と言ってペンダントを見た。
「水の属性の次に光っているのは、雷か。次は雷の力を制御する。そうやって順番に魔力の属性を調教していけば、無駄なく魔力のコントロールの練習ができる。そして錬金術の鍋に、その薬に対応した属性の魔力深く流し込めるようになる」
「では、今、師匠の決めた魔力量以上の、魔力もいずれ流し込めるというわけですね」
そうルルカが言ったところで、今まで見ていた王国錬金術師のエルドアが言葉を発する。
「なるほど。ペイジ家の能力はそう、研ぎ澄まされていくのですね。
ですが、ポーションもそうですが、授業で習ったように、薬にはそれぞれ適量という属性の魔力量があります。
闇雲にすべての魔力を多くと、いうわけではないのです。
今回、ポーションなど簡単な、素材が中心ですが、同好会の生徒さんたちにその微細ない部分を伝えられればいいと思っております」
「それとともに、最高の状態を、お前独自の力で操れるようになった方がいい。俺はペンダントが無ければ生きられないが、お前はそうではないだろう?」
「そうですね。そこまで頑張ろうと思います。ペンダントの力は封じられても、私にはやはり、かけがいのないものですし」
「きっと属性の使い方を覚えるのは、すぐになるでしょう。
今回、多くの材料を使う際、この様な爆発が起こるきっかけとなる原因は、ルルカ様独特のものでしょう。
通常の人間ならここまで、それぞれの属性を浸透させられません。薬草に水を入れれば明らかに、水っぽくなるように、火なら炎があがる。少しの不安定さで、危険だなってわかるのです。
ルルカ様が少量の薬品を作る時は、他と同じく、それは目に見えていたはずです。
だから以前は、問題が起きなかった。
その可視化をペンダントでおこない、体感していけば、魔力を使う要領と同じく、自然と身につくものでしょう。
それもアンドリューが言うほど、工程は多くかからないと思いますよ。魔力制御に時間がかかると、彼が言うのは、アンドリューが優れた魔術師であるからです。
強い魔力のせいで、各属性の調節に困難を極めたって事でしょう。ですが、ルルカ様の魔力の量と性能は、普通の人間より少し多い程度です。
たぶん、エルウィン様には劣るのではないのでしょうか?
なら水の属性の威力を調整するうちに、他の属性を調整する能力も、自然に身につくはずです」
「そうなのですか!? なら、今回の事件においても、皆様のお役にたてるのですね。頑張りたいと思います。どうぞよろしくお願い致しますわ」
彼女はカーテシーをしたが……。
「見えない!!? なんで、お前たち隠した! 何があったー!?」
そう、大魔術師は叫ぶのだった。
◇◇◇
そこは書斎、彼は新聞に目を走らせると、見事な彫刻の黒檀の書斎机へと、それを放り投げる。
「農園と工房の様子はどうだ?」
そう言うと暗闇が動き、声がする。
「反乱は止みそうにありません」
「では、賃上げの打診の件は、失敗に終わったか?」
「それが、ボイコットから反乱までの動きが早く、現地の上層部はすでにもう逃げた後だそうです」
「それに、義賊と名乗る海賊か……」
カサブランカの高等部へ、通う子どもが居るにしてはやや若い容姿の彼は、無表情に首を曲げ、考える素振りをする。
「困ったね……。早々潮時だろうか? リスレイに……旅立ちの準備をさせなさい。そしてすまない。お前は連れて行けない。今後も頑張ってやるんだよ……。では、準備を」
「承知しました。ドスカレッド様、十分お気を付けください」
そう言って何者かは、闇となって消えた。
――その頃にはもう……、リスレイのまわりに、人が消え、彼女は学校に来なくなり幾日も経っていた。
その逆に、フレットが一人でいると、話しかける女性が増えていた。
それでも手の中にいる者を大事にしていた彼の、心は闇の中へと落ちていくのだった。
続く




