31:錬金術師の下準備編
兄が現れた次の日、同好会の玄関に付けられたドアノッカーは直され、
コンコン!
軽快に、来客を告げていた。
「はーい」
「ヤッホー!」
玄関の扉の小窓から魔術師のアンドリューが、顔を覗かせている。
「ごきげんよう」
「おはよう」
そして開けた扉から、アンドリューとエルドアに続き、「やぁ」と、気まずさを滲ませたエルウィンが入ってくる。
「おはよ……ございます」
同好会の制服を着たルルカの声が、どんどん小さくなっていく。
そんな彼女の耳元に、彼は告げる。
「剣術部へ行ったらエルドア様がやって来て、アンドリューを迎えに行く事になったんだ……」
そう彼女だけに聞こえる声で、彼は囁く。
――気持ちが少しだけ、こそばゆい。
けれど彼女は、そんな気持ちを隠そうとしても、口元だけ緩んでしまう。
「それは大変でしたね」
ルルカはそれだけ言って、頬を染めてうつむいた。
彼はクスッと笑う。彼女の肩に手を置き実験室へと促してくれ、肩に触れた手がとても温かく恥ずかしかった。
最近……、予想外にエルウィンと会うと、顔が熱くなり、心臓が忙しくなるような時がある。その意味への心当たりが、心を騒めかせる。
そして実験室には、先に入った彼らと、自室の様にくつろぐ兄の姿があった
「ご苦労、ご苦労」と、やって来た彼らを、兄は新聞紙を片手に出迎える。
そんな兄の様子に少しだけ呆れるが、それでもいつでも兄のまわりには人がいて、ルルカはそんな兄を遠くから眺めてしまう。
「お久しぶりです」
「久しぶりだな、アッシュ。今回こそ、お前の妹を紹介してくれ」
アンドリューは、宿敵に会ったかのようにそう言いながら、兄の前の机にドン! と、片手の手のひらを下に置くと、アンドリューの腕輪が、ジャラジャラと手首に向かって落ちていく。
「妹のルルカだ」
「嘘だろ!? ぉぉーー……」
兄がルルカを新聞紙で指し示し、彼女がそれを手で払いのける。
アンドリューはその彼女の横顔を見つめながら、お化けでも見たように叫んだ。
「コイツは、エルウィンの好きな奴だから、手が出せないだろう!? もう一人妹は居ないの?」
「たった一人の妹を指さすな」
そう言って、我が国最強の魔術師を、兄は新聞紙で頭をパカッと叩いた。
「お兄様!?」
「アッシュ様、おやめください……」
彼は、妹のルルカに新聞を取り上げられ、妹は呆れて紅茶の用意のために席を立つ。
残されたアンドリューは、決意を新たにするように呟く。
「これでは頼みは、エルウィンとこしか居ない……」
「コイツとこの妹は、ずっと女子校だぞ」
「なぜ!?」
「多分……お前のせいだろう……」
「違うよな?」
アンドリューは、エルウィンの顔を見るが……。
「胸に手を当てれば、わかるよ」
「お前については思い当たる事が多すぎて、逆にわからん……」
兄たちの話を聞きながらお茶を淹れて戻ると、思い悩むアンドリューと、今度はエルウィンに尋問を始めていた兄の姿があったが、ルルカもお茶を配ると、エルウィンの隣りへと座る。
「楽しそうですので、お隣に」
「妹よ、そう怖い顔をするな……。エルウィンは俺の後輩なんだから、俺がどんなヤツかよく知っている」
――怖い顔? 私が?
ルルカは、エルウィンと兄の顔を交互に見つめる。その思いの割に、彼女には隙が無く、エルウィンを庇うような視線を兄に送っていた。
しかしアッシュは、そんな彼女を目を細めるようにして見つめて、またワシャワシャと頭を撫でる。
彼女は、乱れた髪を撫でつけながら――。
「もう……お兄様……」
「これからエルウィンと大切な話をするから、あっちへ行っておいて」
振り返ると、エルドアとアンドリューが実験道具の用意をしていた。
「行ってきます」
スカートをひるがえし、彼らのもとへと歩いていく。
「エルドアには妹とか居ないの? ねー」
「居ないって以前いいましたよ。……では、ルルカ様まず、アンドリューからまず魔術師的な見解を聞いてみましょうか?」
「はい! お願いしますアンドリュー様」
彼はローブのたもとを集め、どちらかという細い肘から上を晒しだし、こちらへと差し出した。
「エルウィンからのプレゼントのペンダントを出して、まずあれで人工的に君の魔力を制限する仕組みをつくる」
「わかりましたわ」
彼女はヒップバックから箱に納められた、ペンダントを取り出す。
「この首飾りは、足枷であり、首輪だと、以前いっただろう? その機能はこの首飾りの要だ。それを復活させ綺麗なだけのものではなくなる。いいか?」
「お願いします」
「では、やる」
「はい」
「ほほぉ」
ルルカとエルドラに囲まれて「いい匂いだぁ……」アンドリューは思わず声を漏らした。
「ルルカ様、ただの感想なので……お気になさらず」
「あっ、はい」
――お兄様の言っていた。寂しがりやのアンドリューって……。
けれども、彼が幼い頃より、両親から離され、魔法使いの塔に閉じ込められていたのなら……。
そう思い兄の顔を見る。
今も、アッシュは真面目に話ているのだが、見えないベールが隔てている様に、二人の会話は何故か聞き取る事はできなかった。
魔術にある程度せいつうして、物事について自分の考えを言える兄は、ルルカにとって頼れる味方であり、そんな兄や家族と幼い頃から離ればなれという事は考えられない。
視線を戻すと、彼は両手の爪を見るような様子だった。
その指の隙間から、淡い光が漏れて来る。
「出来た。手」
エルドアがルルカの前に立ち、手を差し出した。
「何の真似だ?」
「セクハラ防止です」
「かぁー! また、その言葉はなんだ? もう、その魔法の呪文をやめろ」
そう言いつつ、彼はエルドアにペンダントを手渡した。
そしてエルドアから彼女へと、ペンダントが回って来ると、魔法発動のための熱をほんわかと感じる事ができる。
「いいか、そのペンタンとは爆発しない為の物で、今のままではレポートで読んだ通りなら、ヘーゼルの力さえも半減されているはずだ。まず、そのペンダントの妥協点を今日は探る事にする。わかったかルルカ?」
「わかりましたわ。アンドリュー様」
「アンドリューだ。もう、友達だからな」
今まで、拗ねて足を投げ出していた彼は、こちらを向いて言う。
それは真面目で真剣な態度だった。
「ですが、エルウィン様を差し置いて、そのように呼ぶのは……。なら、エルウィンの事はダーリンとでも呼んでおけばいい」
「アンドリュー……」
彼は満足そうな顔でこちらを見た。
ルルカは言葉が出ない状態で、ただ彼を見つめていた……。
続く
最近




