29:錬金術の大鍋が爆発しそうな日常と、久しぶりの再開
ルルカは爆発の恐怖に耐えながら、今日もスープ鍋ほどの、錬金術用の大鍋を、料理用のお玉でかき混ぜていた。
「セロッティー様、大丈夫でしょうか?」
「待ちなさい。まだ、まだ、……あっ……」
「あっ……?」
ルルカは、かき混ぜている手を止めて、藁にも縋る表情で部長を見ている。
その間も、異様な速度で鍋の表面はグツグツと音を立てながら、泡を作り出していく。
「代わるわ」
「はい……」
鍋から離れ様子を見守るが、今回も鍋の中のポーションは、危険水域に達してしまったようだ。
紫色の光が、鍋の底深くから溢れ出て来る。
そのままかき混ぜていれば、爆発してしまいそう。
怖くてやったことは無いけれど。
◇
この現象は、一学期の終わり頃には始まっていた。
いつも得意であるはずの錬金術の授業において、その日、ルルカの前に置かれた大鍋は炎をたぎらせていた。
それは蓋をしても消えず。先生がやって来て、初めて沈下することになった。
「逆の属性の魔力を少しずつ、馴染ませるように注ぎ込む事で対応できる。……けれど、困ったね……」
先生はそう言って、困惑の表情を浮かべ彼女を見た。
ただの、一見なんの変哲もない、ポーションの大量生産を行うだけの実験。
それなのに、実際は先生を困らせる人物になってしまっていたようだ。
今までいい子を演じていた彼女には、大きな痛手になってしまう。
そして彼女は放課後、準備室に呼び出される。
もちろん、問題を起こした事によって呼び出されるのも、人生において初めてで、ルルカを大いに戸惑わせた。
準備室は、錬金術の工房の隣りにあり、廊下まで錬金術師の卵達の声が響いてきていた。
「残念ながら、この工房で、君の今の状態を打開する方法はない」
「えっ……」
やっと自分と向き合うチャンスを得たルルカにとって、それは死刑宣告に近い響きをもたらしていた。彼女はこぶしを白くなるほど、固く握りやっとそれを受け止めた。
「私も教養として学んだ程度だが、今の君におこっている現象は、君が特別な証なんだ。ヘーゼル家特有と言っていい。そして天才の悩みと言っていい。天才は二通りいる。努力によって自然と天才になる勇者タイプと、力が元より巨大なばかりに、制御できない魔王タイプがな」
「はぁ……」
ルルカは、そうとだけ答える。いや、それしか答えは思い浮かばなかった。
「君やヘーゼルの家系の人々は、魔王タイプらしく、その力を大規模な錬金術へと使うほど、魔術は大規模魔法になるほど、爆発の規模が大きくなり、錬金術の場合……大鍋は爆発するわけだよ」
「結局、爆発するんですか? 先生……」
「大丈夫だよ。それではヘーゼル家が、危険集団の家系になってしまう」
先生はとてもおかしそうにそう言ったが、もちろん当人であるルルカにとっては、笑いどころなど一つも見いだせなかった。
「安心してくれていい、君の様な生徒は優先的に、王国の錬金術工房へ送り込む事になっている。そうすれば対応の仕方は、彼らが知っている。それまで錬金術については、逆属性を注ぎ込む事で平和が保たれると言っていい。それでも困った事は……、丁度いい同好会顧問でもある、ザロス君に相談するといい」
そう先生はおっしゃり、先生の視線の先へと振りかえれば、後ろで授業で使うのか、書物を両手いっぱいにかかえていたゼロス先生は寝耳に水って顔で、こちらを見ていた。
そして長期休みまでの間にゼロス先生と、持ちよった知識を集め、授業中に実験を繰り返した。
どうやら鍋の中で、火風水土水の属性が覇権をかけて戦っているらしい。
そして幸運な事に、出来た薬の効果が上がっているようだった。
この二つが、長期休みまでの授業の合間にわかった。
そして、やはりゼロス先生は錬金術部担当の先生に拘束されているかのように、夏の長期休みの合間も滅多に現れる事はなかった。
なので、わかった事は少ないが、ゼロス先生との考察の結果、薬の効果的に優れたものになる過程において、爆発しそうになっている事がわかった。
つまり、全然わかってないとも、言えるかもしれない。
◇
そんな危険と隣り合わせの実験を終え、紅茶の為の休憩をとっていたところで、フロート様が駆け込んで来た。
「大変です! 部長! 金の匂いがぐいぐい来ます!!」
「ごきげんようフロート様」
「おだまりなさい! お金は錬金術で作り出すものなのよ」
「こんにちはルルカ様、そして部長、それは贋札作りと言って犯罪です!」
「で、フロート様 お金に纏わる事とはなんですか?」
そう言って、ルルカは流れる動作で、紅茶をフロートの前に置いた。
「ありがとうございます……」
彼はちゃんと椅子に座って、礼儀正しく飲んだ。
「フロート、何やっているの?」
「フロート様? 改まってどうされたんですか?」
「我が家……男爵の称号を受けているので、いついかなる時も、気を抜かないよに育てられているのです」
そう言うと、彼は新聞を広げていく。
「見てください」
彼は小さな記事を指差す。
そこにはペイジ家の海外の施設で、現地の作業員たちが、仕事に対してボイコットをしているという記事が、小さな見出しと共に書かれていた。
「この地域はこの時期、スレンドポラム、王林花が数多くの薬草が収穫されます。このボイコットにより、ペイジ家の輸入が大幅に削減されれば、近い将来それらの薬草が入手困難になるはずです。そしてそれはボイコット解決がしなかった場合、続く見通しになる。そう思いませんか?」
彼が言い終わると、夏であるのに寒々とした空気が流れた。
輸入量が減るか未確定だからと言って、国内の薬草の生産量を増やすことは難しい相談だった。
いつ回復するかわからないもの作り、輸入量が回復したので、売れなかったでは生活できない。
うちの同好会ですら、薬については生産を減少させるという方針をたてたばかり。中にはペイジの輸入が始まると噂に聞き、生産を削減させてた農家もいてもおかしくない。
国にとって現在の輸入量の増加について、対応できないのに、その輸入で我が国に入って来る薬草や薬品材料の生産に当たるのは難しい様に思う。
まず現地調査として、その国の政府を通し、ボイコットの規模を把握する事から始めるかもしれない。食糧と違い国に貯蓄はあるのだろうか? それともヒーラーを徴収し事に当たるのかどうでしょうか?
その時、トントンと窓の桟が叩かれる。
「「キャッ」」
怪談話の静けさの後に、思わぬ場所からのノックは本当に心臓に悪い。
「君たちどうした?」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。
ルルカは振り向き、窓へ向かうと、そこには顔見知りの顔が二人並んでいた。
窓を開けて、ルルカはその顔を見つめる。
そして気が付くと錬金術同好会のふたりも窓の前に揃ろって、窓に手を付けて見守っていた。
「お兄様、それにエルドラ……」
「クラインです。ルルカ様」
何故か海外にいる筈のアッシュと、祖父の知人の錬金術師であるエルドラ クラインまでもが、揃いも揃って錬金術同好会へやって来たのかわからないまま、新たに彼らを招待し、同好会のお茶会を再開することになった。
続く




