21:光の兆し、エルウィンと同好会会員ともに歩む
鮮やかな花の季節はもう終わりを迎える頃、錬金術同好会へ向かうルルカの姿があった。
陽の昇りは少しずつ早くなり、校舎の角を曲がると、今も変わらず青々としたハーブに、囲まれる様にエルウィンの姿があった。
彼は水を撒いてい……。
「ルルカ?……」
「はい!?」
エルウィンはホースの先を花壇の煉瓦の上に置き、こちらへとやって来た。
「どうした? こんな朝早くにやって来て」
彼は腕を軽くではあるが握り、顔色を変えてルルカへと問いかけていた。
「おはようございます。……え……と、錬金術同好会へ入会いたしました……。ので、エルウィンを今日はびっくりさせようかと、」
「あぁ……おはよう、そしておめでとう」
彼は気持ちを切り替えたのか、爽やかな笑顔が返ってきた。
「驚かせてしまったようで、ごめんなさい。セロッティー部長が、『新しい会員はエルウィン様にお茶をお出しするように』って、言ってたのでお茶でもいかがですか?」
「……、ルルカ、君は無理な役目を引き受ける。そういった事になってないかい?」
どうやら、無理をしないって事について、私はエルウィンからの信用はすこし少ないのかもしれない。
「なっていませんわ。皆さんが来る時間を聞いた後に、エルウィン様の水やりについて聞いたら『本人に聞きなさい』と、……鍵を渡されました。それだけですわ」
言い終わる前に、スカートのポケットから鍵を、彼の前で取り出して見せた。
「あら」
その時、彼女の足元に六角形の板が落ちた。
「大丈夫かい?」
「部屋の鍵に付けておいた飾りが、引っ掛かり落ちてしまったようです」
彼女は拾ったそれを左手に、手に持っていた鍵を右手に置いて、エルウィンへと見せる。
そして彼を見上げ微笑んだ。
六角形のコインほどの板には、花の蕾と、黄色の花が咲いているカモミールの花が描かれている。
「この飾りは、実家に帰った時、兄から貰ったものです。そしてこちらが同好会の部室の鍵」
そう言うと彼女はその二つを、別々のポケットに大事そうにしまった。
「アッシュ様は、家ではいいお兄さんなんだね」
「そうですよ。ご存知ですか?」
「まぁ……ちょっとね」
「気になりますわ……。ですが、今は、お茶の準備を致しょうか」
「終わったら、すぐいく」
「お待ちしております。ビーカーも用意しておきますね」
そう言うとルルカはペコリとお辞儀をして、部室へと歩いて行く。
エルウィンは、彼女の背中を愛おしそうに見つめた後、「ビーカーで淹れるか……」と一言ぶやくと、はな唄まじりで、ホースでの水やりを再開したのだった。
◇◇◇
白い湯気が立ち昇る中、二人は紅茶を飲んでいた。
思ったより、エルウィンが部室へと来るのが遅かったので、彼女は腰に手をやり、ビーカーと、ティーカップを見つめて「うーん」とつぶやいた後、アルコールランプで沸かしたお湯を、ティーカップㇸと入れた。
そして二人は、今、ティーカップで紅茶を飲んでいる。
「あの……私の領地は、錬金術の工房があって……」
「あぁ、知っている。うちのお得意様だからね」
「そうでした。いつも、お世話になっております」
「こちらこそ」
彼女はティーカップを持ちながらお辞儀をし、彼は笑顔で答える。
「今は、街の近くの工房が有名なのですが、以前は、様々な薬草の栽培に適した、山近くに工房を構えていました。しかし祖父の代で、街に移り住んだのですが……、やはりその時代に、何かしらの栽培技術の向上がありましたでしょうか?」
「ああ、あの頃、ノアの領土は、新種の薬草の発見に力を入れていたらしいからね」
「その時、山の工房に残ると祖父はいい、、私たちは街近くの工房に移転したのですわ。それからの日々は、父も母もライミュー病の研究に勤しんでいました。当時は魔物の祟りと言われた病気ですわ」
「そうらしいね。
うちの両親もライミュー病、喘息に似た病気で、今では誰もが知っている病気に、取り組んでいた。
魔物の魔石となる成分、そんな高純度の汚染された魔力を人は様々な物に変換するのだけれど、その弊害と今は考えられている。
しかし当時は、それに魔石により引き起こされる病気だという知識は皆無だった。
君の祖父が特効薬を見つけ出すまではね。だから当時のうちの両親も、それこそ死に物狂いでその病気に効く薬草を探していた。
その事で、錬金術の発展につながっていたのだから皮肉なものだ」
「そうですね……。ライミュー病のせいで私はしばらく慣れ親しんだ山の工房で暮らしていたのです。ですが、その地である女の子と約束しましたわ。いつか貴女や、他の誰かの病気を治すために錬金術師を志すと……。きっとライミュー病がなければ、私はそう思ってはいなかった」
「そうか……、きっと、その夢は叶うよ」
ルルカは、静かにそう言ったエルウィンを見た。
彼はノアの領地の事だけに、すべてを捧げない。そんな妻でも必要。そう言ってくれるの?
今すぐ、聞いて確かめたい気持ちと、確かめるのが怖いと思う気持ちが、彼女の中にあった。
彼は彼女のそんな気持ちを、知ってか知らずか、静かにティーカップに再び口をつける。
そしてティーカップをソーサーの上へ置くと、アクアマリンの瞳が彼女を見つめた。
「大丈夫。君の夢を、阻む事はしないつもりだよ」
いいのですか? そんな卑屈な気持ちが、ふと、彼女の中から顔を出す。
彼女はティーカップを手に持ち、紅茶を飲む。
それは温かかくって、心でカチカチに固まってしまった思いを溶かす味がした。
「頑張りますね。いえ……、病に苦しむ人々の手助けが少しでもできるよう、心力を尽くします」
そう言うとエルウィンは静かにうなずく。
そして腰をあげて――。
「ゆっくりとし過ぎてしまった様だし、そろそろ行くよ。ティーセットの片付け方については、今度教えて貰えると嬉しいな。ビーカでのお茶の入れ方についてもね」
「そんな、セロティー部長は、水やりのお礼っていってらしたので、……たぶん、大丈夫ですわ」
セロティーの性格を思い出し、少しの間だけ考え込んでしまったが、彼女は腰をあげて彼を見送る事にした。
「じゃー今日は、お茶の時間に」
「はい、待っています」
彼はやはり、一度振り返り、手を振っていった。
その時、セロッティー部長と、ミルティー様とすれ違うのが見えた。
「ごきげんようー」
「「ごきげんよう」」
「ルルカ先輩の彼氏さん、今日もカッコいいですねー」
「あっ、いえ、そうですね。でも……私と、彼とは、彼氏さんと言う間がらでは……」
そう、明るいブロンドの髪のミルティーが話すと、「また、またー」と彼女の動きと共に、髪の毛先は彼女の口元で、元気に揺れ動く。
その横で、いつもより気だるげな様子で、セロッティーがロッカールームから出てすぐに、棚から取り出しておいたティーカップをアルコールランプの近くに置き、そしてランプ点火した。
「でも、彼、今日は顔がデレデレだったわね」
「「デレデレ……?」」
セロッティーの言葉を聞いて、二人の声は揃った。
そして驚くような事を言って、彼女の次の言葉を待った。
「部長、その眼鏡、度が合ってないんじゃないですか? 彼氏さんは普通にカッコ良かっただけですよ! ねぇ、ルルカ先輩?」
「えっ、だから、彼は……」
「そんな事ないわ! いつもすまし顔のエルウィンがにこにこしてたら、それはもう、デレデレなのよ!」
セロッティーは手を前で組んで答える。
彼女は今日も朝から、制服の上から、部活の制服を着ていて、その衣装によって説得力を増している。
「それは……、そうかもですねー……」
ミルティー様も、セロッテー様と見つめ合い、彼女の意見に同調してしまったようだ。
ルルカは、そんな二人の間で言うべき言葉が見つからず、視線を泳がす事しか出来ない。
その時、ロッカールームの扉が突然開いた。
「おはようございます」
「オッス」
そう言って入って来たのは眼鏡をかけ物静かなフロート様と、剣術部の所属のホログラス様。
「「ごきげんよう」」
「ホログラス様お久しぶりです」
「彼はポーション目当ての幽霊部員だから、試験許可を貰った回復系飲料の実験体のなって貰っているの」
部長がにこやかに、爽やかに、ホログラス様の紹介をする。
「そういうわけで幽霊部員ですが、ルルカ様、改めてよろしくッス」
「臨床試験ですね。そこまでやってらっしゃってるのですか?」
「ふっ、OBの力と貴族の権力とコネをフルに使って、臨床試験の許可を得るための舞台は揃えたわ」
手を合わせ、目を輝かせるルルカは、腕組みしている部長を憧れの眼差しで見つめた。
「凄いですわ。授業後、それについての書類を見せていただけますか?」
「もちろん、いいわ」
「わぁ、ありがとうございます」
思った以上に錬金術に夢中な新入会員ルルカと、もともとアレな部長を、他の部員たちは遠巻きに見ていた。
「ルルカ様なら、部長に手綱をつけてくださると思っていたのに……」
そう嘆いたのは二年生のフロートだった。セロッテーに続く、常駐会員の彼は、今までも、これからも三年の新人会員ルルカより、部長に次ぐ地位にいて、頭を悩ます事になりそうだ。
◇◇
「それより、剣術部では、あんなにニコニコしてないッスよ。もう、監督と同じ感情の、のってない目で、ずっーっと見ていた姿しか知らないっす」
「あたしはわかるっすよ。他の女と突然婚約する男と別れて、彼氏さんと出会って本当の愛を見つけたす! ったっすよ、すよー!」
「ミルティー、俺の真似はやめてください。俺のオリジナルティーなくなるんで」
「ホログラス先輩ごめんねー! 笑って許そう?」
紅茶を飲み終え、使った機材の後片付けを終えると、同好会の三人が集まっている方を見た。
今まで居た世界と比べると、可愛いどうぶつたちが会話をしている姿を思い浮かべていた。
けれど、それもこれまで、思ったよりも毎日が楽しく早く過ぎてしまう。
「あのー、そろそろ時間なので、ティーセット片付けてしまっていいですか?」
「あっ、こんな時間です!? ルルカ様、火の始末が終わっているのなら、もう行きましょう!」
空いていたティーカップを手に持っていた彼女に、フロートは言った。
そして、さきほどまで、帳簿を見ていた部長もやって来る。
「火の始末は彼女がやってくれたわ。確認もした。行きましょう」
「えっ、まだ、少しだけ時間がありますよ」
「ルルカ様、ルルカ様は、お早く教室へ入るから知らないッス。ですが、校舎裏から昇降口へ向かう間に、寮生、グラウンド側の部活の生徒がパレードと、その見学並みに並ぶんスヨー!」
「早くしないと、置いてくよ!」
そう言って、次々ロッカーを開けて荷物を取り出し、出て行く。
みんな慣れたものなのか、入口へと向かう行動には、無駄がないように思われた。
「ルルカ、ほら、置いていくわよ!」
扉が開いていて、外の景色が見えていた。
その前で部長が腕を組み、ニヤリと笑ってこちらを見る。
彼女は、手に持ったティーセットを置き、「待ってください」と鞄を持ち、みんなのもとへと急いで向かう。
彼女が部室の扉からでると、ロッカールームに入っていた光の中へと、ルルカは進んで行く。
そして……、扉が閉じれば、その向こうから楽し気な部員と、ルルカの声が聞こえて来る事になるだろう。
続く




