18:てんさい魔術師アンドリュー クラシスの登場!
一口メモ:
①エルウィンの教室は校舎が違うため、この後わざわざ何階かにある渡り廊下で、自分の教室のある校舎へ戻ってます。
②アンドリューは女性徒の多い校舎なので、ついてきました。
午前の授業を終えて、魔法の光りに照らされた階段を降りていくと、高い窓から差し込む明るい光が、足元を照らし出す。
ルルカは、光をたどり窓から見える小さな空に目を向けると、ふたたび階段を降り始めた。
その時、何故か、下の階から女生徒たちの騒がしい声が聞こえ、ルルカは眉をしかめ歩く足取りを緩めた。
「ルルカ!」
外での授業を行っていたのだろう。
一階からエルウィンが、体を動かす授業の時に着る、白いシャツと、濃紺のズボン姿で手を振り上がってくる。
「剣術の稽古だったのですか?」
彼は怪我の無いよう手に手袋、そして簡単な防具を身につけていた。
「そうなんだ。普段と代わり映えしない格好だが、着替えるため少し遅くなると思う。先に食べていてくれないか?」
「承知しましたわ」
彼女はそう言うと、彼の顔をじっと見つめた。
エルウィンはその視線に気づき、彼女の気持ちを読み取ろうとするが、にっこりとルルカは微笑むだけだった。
少し頬を緋色に染めたエルウィンの肩から、によきっと手が現れ、彼を羽交い締めにしようとしている。というか、彼にじゃれついている。
そして学園内でも、エルウィンと対をなし、有名なアンドリューが顔を出した。
「ごきげんようクラシス様、ルルカ ヘイゼルと申しますわ」
ルルカが自己紹介をすると、彼は険しい顔でルルカを見る。
長い黒髪、金色の瞳の彼は、エルウィン同様美しい顔だちなのだが、痩せていて、人ならざる者の凄みがあり、今も彼に値踏みされているような気さえする。
彼女は少しだけ緊張するが、表情に出さない。
「やい、エルウィン、勝手にふらふらと出歩いたと思ったら、こんな可愛い子と……。まぁ、俺も魔族ではない、一緒に食事をすると言うなら許そう……。彼女の友だちもいればなお可」
「アンドリュー……、勘弁してくれ。ルルカとはもう少し……」
「いやだね。だが……、お前たちと、俺と彼女の友だち、別々の席にするって考えには妥協しょう」
エルウィン様は、いつもと雰囲気が違っていた。
そんな彼を発見し、ルルカはエルウィンを見つめた。
やはり彼は、彼女の視線に気付き見つめ合う。
どちらから視線を外す? それは公爵の彼から?
「聞いてるか……?」
気が付けば、アンドリューは少しだけ幼く見える表情で、ふたりの間に立っていた。
「もちろんですわ!」
「もちろんだとも!」
「怪しい……、普段のお前はそんなに、ハキハキした風には答えない……」
「そんな事ありませんわ」
思わずルルカは小さな勇気で、優しい声色をつくりエルウィンを庇った。
「ルルカが優しい……、だが何故、エルウィンだけに、何故優しい……!?」
アンドリューはショックを受けた様に、長く、サラサラとした黒髪を耳にかけ、そう呟く。
その時、彼の耳元で、輝く漆黒のアクセサリーが輝くのを、彼女は見た。
発光色が赤や黄、緑に白と、様々に移り変わっていく。
それは月と星をモチーフにしているのか、輪っかの内側に、黄色の宝石が光っている。
「綺麗……」
「欲しいのか? やろうか?」
「止めてくれ、王国騎士がそれこそ飛んでくる」
「もしかして……」
「そうこれが、俺の鎖であり、首輪だ! どうだお揃いだぞ! 欲しいだろう?」
ルルカは、隣に立つエルウィンを見た。
お揃いは遠慮したいが、アクセサリーに興味があった。
それをエルウィンに、気づかれたくはなかった。
「だから、いちいち見つめ合うな!? ほら、エルウィン、一緒に食べたいのなら早く行くぞ!」
そう言って、アンドリューは簡単に、エルウィンを連れて行ってしまう。
「アンドリュー、あまり魔法を使うな。後で連絡が来る」
そう二人は、仲良さげに歩いて行くと――。
「だから、見つめ合おうとするな!?」
そう言うアンドリューに、エルウィンは何か見透かされたようだ。
エルウィンは、彼に顔を両手で挟まれ、前を向かされていた。
しかし、彼の居ない方側の手が、小さく彼の後ろで揺れている。
ルルカも、彼の後ろ姿に、小さく手を振った……。
彼らが見えなくなると、上の階からふたたびざわめく女性の声を聞いたが、彼女は階段下へと向き直り、カフェテリアへと歩き出した。
◇◇
日頃、見る事のない、打ち解けた様子の騎士の卵のエルウィン姿。
そしてその傍らにいたのは、大魔術師のアンドリュー。
彼らは本当の友だちの様で、心に棘が刺さった様な、小さな傷の痛みを彼女は感じた。
勇者の血を引く者と、魔王を跪かせられるだろう魔術師。
公爵令息エルウィンと、民の子どもとして生まれたアンドリュー。
後ろ盾のないアンドリューは、早い内に両親から離され、英才教育を受ける。
そんな名目で、魔術師たちの住む住まう塔に幽閉された。
計り知れない魔力を気兼ねなく、ぶっぱなすため。
計り知れない魔力を持つ魔術師を、封じ込めるため。
彼の様に魔法塔に住まう、魔術師たちの力はすさまじい。
その中で群を抜いた魔術の使い手の彼は、他の魔術師と同様な理由で魔法塔に住んでる。
けれど世界を知らければ、世界を守る事ができないと、幼い頃より拘束具を付けられ、騎士団の精鋭が彼に付き従うなか、普通の暮らしもしていると、新聞で記事になっているのを読んだ事がある。
そして今、カサブランカに居る間は、多くの魔法使い殺しの卵たちと、行動を共にしている。
そしてルルカはため息をついた。
――悪い未来を想像し、勝手に気持ちを落ち込ませるのは悪い癖だわ。
けれど、ルルカには、アンドリューについて秘密があった。
春休み、兄と一緒に故郷へ戻るために、兄の帰国を待つ数日だが、王都の工房でアルバイトをしていた。
そこで魔法塔へ届け物をしたのだが、受付で待っていると、アンドリューが扉から顔をだした。
そして受付のソファに座っている、彼女の隣へと座った。
「……結婚式はいつがいい?」
その時は、彼がアンドリューとは知らなかった。
けれど、彼は魔術師、フレットとの結婚の事を言っているのだろうと、ルルカは感を働かせる。
「ごきげんよう魔術師様、家同士の事ですし、私一人では決められませんわ」
彼女は、さりげなく彼の前に立ち、カーテシーをし、礼を尽くした。
そして膝の前に手を置き、彼の言葉を待とうとしたが……。
金の瞳を輝かせているアンドリューは、ソファの上をぱふぱふと手で叩く。
そして彼女は根負けして、間を開けてアンドリューの隣へと座った。
「こんな情熱的な子は初めてだ。君は何の目的で、ここへ来たの?」
そう言って彼は祈るように、両手を結び、輝く瞳でルルカを見つめている。
しかし、こちらへと近づいて来る事はなかった。
「えっと……薬を届けに」
「あぁ、君は錬金術の店の? 他の魔術師が、やって来ると言っていた工房のお嬢さんなんだね? ところで、その薬は媚薬? モテない奴が買ったのかい? それとも、ここでは出会いが無さ過ぎた魔術師かい?」
目の前の魔法使いについて、ルルカは、貴族的言い回しで言うと、………………会話のレベルが高過ぎて、ついていけない。そんな事を思っていた。
しかし一応、お客様、それに一般的に考えて、魔術師を怒らせるのは得策ではない。
「うちではそれを買えるのは、ご夫婦だけで……、だからここでは、その薬は発注されていないと思いますわ」
「そっか……勉強になったよ。では、お礼に今度、デートに行こう!」
そう彼が元気よく言った時。
「お待たせしました。ヘイゼル様」
受付の方の声も、同時に聞こえていた。
「いえいえ、そんな……」
彼女がそう返事をしている最中には、受付の方と、隣に座れた彼との間に、電流が走る様な緊張感が生まれつつあった。
「アンドリュー様!?」
「俺の事はヘイゼル様と呼んで、彼女と結婚する予定が出来た」
それを聞いて、彼女は、ただ、ただ、わけもわからず首を振るばかりだった。
「ルルカ様……」
受付の彼は、驚きの表情でルルカの名前を呼んだ。
「ヘイゼル家のお嬢様に、配達をさせたばかりか、こんな無礼者の相手をさせて、本当に申し訳ございません!?」
そう受けの方は今にも、地べたに頭を擦り付ける程の勢いで、謝罪の姿勢をみせる。
彼は焦っている様だが、ルルカも同じく焦っていたので「いえ、いえ、いえ」と、否定している内に、アンドリューは同じ塔に住む魔術師たちにより、塔の中へと連れ去られてしまっていた。
あの時の記憶を、カフェテリアの入口、メニュー前まで思い出しながら、彼女は歩いて来てしまった……。
「でも、こんな喜劇みたいな話を、エルウィンは信じるかしら?」
そう思いながら、ルルカはカフェテリアの扉を開けて、中へ入っていく。
続く




