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子どもの頃から好きなあなたと  作者: もち雪
早苗月のはじめまして

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11/14

11:エルウィンにより連れ去られるルルカ

 授業が終わり、図書室の窓からエルウィン様を見た。


 その瞬間、心臓がキュッと悲鳴をあげる。

 このまま何もなければ、彼とは結婚をする事になる。


 彼との結婚に対する思いは、白いワンピースで、赤い薔薇の園を歩いている時の気持ちに似ている。


 しかし、現実の彼女は図書室の壁を背に、座りこんでいた。


 数秒、いいえ、一瞬、彼がこちらを見上げたような気がした。

 そんな、いくら彼でもそんな僅かな間に、二階にある図書室の視線を、捉える事など……。


「大丈夫ですか?」


 受付に座る女生徒が体を曲げて、ルルカと視線を合わせた。


 そう言えば、受付で貸し出しを頼もうとして、ふと、窓の下を覗いた時に……、思わぬ一瞬の合間に、凄い醜態を……。


 その時、エルイン様が白い剣術部の制服姿で、扉を開けて現れる。

 扉の音は静かだったが、走ってきたのだろう。彼の、息遣いが乱れていた。


「すまない。黒髪を高い位置で二つに結んでいる。碧い瞳の三年を見なかったか?」


 ルルカは座った状態のまま、彼の姿を見る事になってしまった。

 背中の壁は冷たさが、少しずつ背中に伝わってくる。


 図書室の受付に座っていたはずの二人は、彼が現れた途端、机に手をつき立ち上がっていた。


 そしてルルカと同様にエルウィンを見ていた彼は、今度は彼女へと視線を向ける。

 彼らの視線を追うように……。


 こちらを見たエルウィンと、ルルカが見つめ合う。


 だが、棚から男子生徒が現れ、男子生徒は受付のふたり、エルウィン、ルルカの順に首を忙しく動かした。

 そしてすぐに出て来た時と同じ様に、棚の奥へ引っ込んだのだと思う。

 しかし彼は四人に関係に、波紋を残した。


 ルルカは慌てて立ち上がっていたので、そこは不確かだった。


 ふたたびエルウィンの顔を見た時、彼女は立ち上がり、右手でスカートを払い、髪を整え、そして何もなかった様に両手で本を持ち立っていた。


 受付の二人には、アヒルの水面下の様子が、克明に見えた事でしょうね。


「ルルカ、大丈夫か? 転んでしまったのか?」

「いえ、……いえ、そういうわけでは……」


 そして彼はこちらまで歩いて来て、白い手袋に包まれた手が出された。


「ありがとうございます」


 ぎこちないお礼と共に、彼の手を取っていたルルカは動きを止めた。


 彼女の言い方は、とてもぶっきらぼうだった。

 お礼を言っただけの様に思えた。


 そうすれば……勘違いされない?


 彼女の脳裏に聞き覚えのある声が、教育を施そうとするように話す。


『他の男性が勘違いするような、ふしだらな笑みしないで頂戴。アルセル家の女主人として、しっかりして貰わなければ困るわよ……』と、今までは、そう言われ距離感について気にかけてきた。


 しかし彼女はもう……未来のアルセル家の一員ではない。

 彼女の碧い瞳の揺らぎがなくなり、彼を見つめる。


「エルウィン様、とても助かりましたわ」


 手を取ってくださった、彼のもとまで歩みより、不思議な色の髪、淡い色の南国の海の瞳の色。


 そしてその瞳にかかる、長い睫毛も身近に見えるその距離で、そっと彼だけに聞こえる様につぶやくいた。


 窓から風が入りこむ風に、彼女の黒髪は舞い。


 そしてそれは彼の頬をなぞった。


 彼は淡く薔薇色に色づく頬に手を触れ、アクマリンの瞳は痺れるほどの甘さの、果実酒に酔ってしまったよう。


 本に囲まれたその場所は、置かれている本たちに、音を吸い込まれたように静寂へと変わっていた。


 そして先に動いたのは、エルウィンだった。

 彼が彼女の本に手を伸ばすと、ルルカはそれに気付き手を離した。


 錬金術に関係する本が二冊に、本の装飾が美しく手に取った本が一冊。

 どんな内容かただ楽しみであったけれども、今、それについて無知なことで恥ずかしくなった。


「この本は借りるって事でいいかな?」

「そうですが、何か……?」


「君のカードもいいかな?」

「えっ、はい」

 彼女が素直に差し出すと、本とカードは受付へ差し出された。


「頼む」

 と、エルウィンが言うと、その隣りで、え? エルウィン様が本を借りていますわ? と、ルルカは不思議な顔をしてそれを見ていた。


「返却日は一週間後になります!」

「一週間になるから、忘れないようにね」

「は、はい……」

「じゃー行こう!」


 そう言って、彼に手を引かれ、二人は扉から退場する事になる。


 受付の二人はどちらかというと、驚きを含んだ瞳でルルカたちを見ていた。

 あのエルウィン様が、女生徒の図書の借りる代行を、女生徒の了承もなくするとは思っていなかった。


 ――けれど、この温かい手の持ち主は、他の方のシワシワの練習着を畳んでいたわね。

 そしてルルカだけが、その理由らしいものに行き着いていた。


「連行だ」

「女生徒が連行されたぞ」


 エルウィンに連れ去られ、歩き去ったその場所から、少し興奮した声が彼女の耳に届いた。


 ……それは違います。

 ちょっと楽し気な声に、ルルカは心の声を投げかける。


 そして耳が赤くなってしまっている。連行している、彼の後をついて歩いた。


 ◇◇◇


 彼は渡り廊下から外へ、迷路を楽しむように、進んでいく。

 そして部室もなく、倉庫と膝ほどの人口池しかない場所へ辿り着いた。


 ――昇降口の階段の奥。エルウィンはここでいったい?


 彼は池のほとりに立っている。

 ルルカはそんな彼を、戸惑いもなく、驚きもなく見ていた。


 しかし一歩近づく、彼を見上げた時、ルルカの心臓が跳ねた。


「エルウィン様?」

「ルルカ、すまない。断りもなく女性の荷物に触れてしまったり、ましてや勝手に連れ去る事はあってはならない事だった……」


 彼のその姿は不敬だけれど、素直に反省する美しいワンちゃんをルルカに連想された。

 そんな様子を見たら、締め付けられ、御慰めして、そんな彼の笑顔を見たい。


 そう彼女が思っても、無理からぬ。


「エルウィン様、大丈夫で……」

「だから触れてもいいだろうか?」


 そう言った彼の右の肩から、手に視線を移動させていくと、彼女の手があり肩がある。

 つまり二人の手は、今だにつながれている。


 その視線を彼は見つけ、照れ笑いをする。


「手はつながれてますね」

「あぁ、その様だ」


 彼女は、この場所へ来てポーカーフェイスを作りあげた、彼の試みが少し崩れた様子を、少し不思議そうに見ていた。


 ――もっと近づき、下から覗き込むと、もっと、もっと赤くなる。


「ふふふ、エルウィン様は楽しいからいいですよ」

「赤くなるのが……ですか?」

「紳士だからです」


 先程まで、彼の左手は剣の鞘を置く位置におかれていた。

 しかし今では、その端正な顔を隠している。


「紳士……」

「そうですわ」


「わかりました。俺の負けですので、ちょっとだけ離れてくれませんか? 騎士として、俺の修行にはまだ足りないらしいから」


「まぁ……」


 ――いつのまにか勝負になってしまったかしら? でも、勝負と言うなら、彼の隙を突くのは楽しいですわ。


 しかし顔を隠し、見られぬようにと、エルウィンが戸惑っている様子をみていると……。


 男性の色気の様なものを感じ取り、ルルカの顔は途端に熱くなってしまい、エルウィンがそうしたように片手で顔を覆い下を向いた。


 けれど、ふたりの手は、今だにつながれたまま……。


「君と……」

「えっ?」


「君のことが好きだ。ヘイゼル家へまず結婚の許しを願い出たのは、今の時代から少し古臭い行為で、順番が逆と思われる行為と、君に思われたかもしれない。だが……半端な覚悟ではないと、君に理解してもらいらかったんだ……」


「とても光栄な事ですわ。家柄とかではなく、エルウィンは学園では皆が憧れる方ですも……の……。ですが、結婚の答えが出せないのは、あくまでもこちらの都合ですので……」


 ルルカは、苦手な恋愛の話について、下を向いてもじもじと話していた。

 そんなルルカをエルウィンを愛おしく見ている。


「それはわかっているよ。今度は後れを取ってはならないと、君の気持ちを知りながら、やはり先手は譲れなかったんだ。いつまでも待つよ」


「はい……」

 エルウィンの言葉を一つ、一つ、驚き、心の中で心の中で復唱しながらも、ルルカは『はい』とだけ答えた。


「ありがとう……先ほど、君らしい人影を見てから、走っている間に色々な思いが溢れ、本当に騎士とは言えない行動だった。次回は反省してそうならない様にするから、また気軽に話してくれると嬉しい」


 彼はそこまで言うと手を離し、「もう集団での練習が始まってる頃だ。行って来る」そう言って、彼は背を向けて走って行く。


 だが、階段前を通る時、マントがひるがえり振り向く。

「ルルカ!」


 彼は彼女の名前を大きな声で呼び、手を三度振ると、ふたたび駆け出していく。

 彼女は彼に合わせて手を振り、そして彼が見えなくなるまで、その背中を見つめていた。


 続く


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