1-2. 大聖堂より愛を込めて
「こ、こちらです御使い様っ……!」
異世界ELDULYA6952での転生生活、記念すべきその初日。
俺は今、大聖堂の長い廊下を神官の少女に案内――いや、正確には“護送”されている最中だ。
あのズボラ堕神の使者と認定されるや否や、「救世の使者」やら「国王よりも偉い」やら「鼻筋が通っててかっこいい」やら、あらゆる賞賛の爆撃を受け気持ち良くなり、逃げ道を潰されて今に至る。
――え?「逃げれば良かったんじゃないか」って?
逆に聞きたい。あの純度100%の尊敬の眼差しを受けながら「すいません、勘違いです。自分ただの現場責任者なんです。人違いなんです」と言い切れる人間が果たしてこの世にいるだろうか。
……少なくとも俺には無理だった。我ながらちょろいにもほどがある。
半ば諦めモードで溜息をつきつつ、俺は聖堂の内装に視線を滑らせた。
所謂「大聖堂」と区分できる規模ではあるのだろう。掃除も行き届いてて、複雑な装飾が多い割には埃もあまり落ちてない印象だ。
高い天井に広がる宗教画、陽光を受けてきらめくステンドグラス、厳かに漂う香炉の煙――ぱっと見は「おぉ」と声が出そうになる荘厳な空間だが、よくよく目を凝らしているといくつか気になる点も見えてくる。
「……なんか所々チープじゃないか?」
ステンドグラスの一部はカラーセロハンが代用され、気泡が入った角はちょっと浮いていた。
大理石風の床も表面に石膏を塗りたくっただけの加工らしく、隅っこがベロっと剥がれ下から木目調のベニヤ板が顔を出している。
香炉も神聖な香り、というよりは七輪で魚を焼いてる臭いがする。これはこれでアリなのだが、少なくとも教会で嗅ぐべき匂いではない。
頑張って豪華さを演出したいのは痛いほど伝わってくる。
けど残念ながら全体的に粗が目立ち過ぎて、予算不足の町営文化施設というか、高校の文化祭みたいな雰囲気に近い。
「ご、ごめんなさい御使い様……近頃は村の方々からの献金も減ってしまっていて。この神官服も、実は先輩からのお下がりなんです……」
「あー……なるほど、ご苦労様です」
ミーナ――俺を案内している神官少女が申し訳なさそうに苦笑する。
この世界の事情が少しだけ見えてきた。
先ずこの教会は明らかに資金難。そしてその原因は言うまでもなく、世界規模で放置プレイをかましているあの堕神にあるのだろう。
この世界の人々の神対する信仰心は、金食い虫に成り下がった政治家への信用の如く低迷しているに違いない。
「こ、こちらが神託の間になります、御遣い様……!」
ミーナは小走りに扉を開けると、緊張した面持ちでこちらを振り返る。
「神託の間」と呼ばれたその部屋は、名前の割にこぢんまりとした石造りの部屋だった。中央には丸い木製テーブルと、妙な存在感を放つ謎の水晶球がひとつ置かれている。
「み、御遣い様のために今日は朝から掃除をしておいたんです! ……あ、あっ! もちろん毎朝ちゃんと掃除してるんですけどね!? け、決していつもはサボってるとかじゃなくて――!」
「ああ、大丈夫。めちゃくちゃ綺麗。完璧だよ、ほんと」
反射的にそう言えるくらいには掃除されていた。
本棚には背の高さ順に本が並べられ、テーブルの上には水晶球を照らす様にきちんとランプも添えられている。
生真面目なミーナがせっせと頑張ってくれている光景が目に浮かぶ。
俺は思わず後ろを見返す。
……そこには顔を真っ赤にして涙を流しながらブルブルと震えるミーナがいた。
「ほわぁっ!? な、なんで泣いてんの?!」
「だ、だっでぇ……クロノス神の御使い様に、お褒め頂ける日がくるなんて、思ってながっだがらぁ……! ううっ……わだじ、生ぎででよがっだぁ……!」
「そ、そっかぁ……こんなんで泣いちゃうのか」
ミーナは生まれてより十六年間、少しも擦れず生きてきた様だった。その性格は真面目で純粋、正に一切の濁りがない。
クロノス教への信仰心も筋金入り、というか最早ダイヤモンドが丸々一個入っているまである。
俺のことを“神の御使い”と本気で信じ切っていて、事あるごとにもの凄く従順な視線を向けてくるのだ。
……これがまた、結構ツラい。
俺が本当はあの堕神に強制的に転生させられただけのサラリーマンだと知ったら、俺は彼女の信仰ごと砕け散るんじゃないだろうか。
とりあえず「御遣い様」という呼び方だけでも止めて欲しい。呼ばれる度に罪を重ねている気がして、キリキリと胃が痛むのだ。
「では御使い様っ、さっそくお願い致しますっ!」
ぺこりと頭を下げてからミーナは静かに横へと下がる。
……お願いって俺、何をすればいいんだ?
俺はガタつく椅子に腰掛けると、一応それっぽい所作で球体に手を翳してみる。
すると――。
――ピロンッ!
「おっ。おおお?」
「あっ……! ほ、本当に来ましたよ、クロノス神からの御神託が! で、伝承は本当だったんだぁ……!」
ミーナが感極まったような声を上げる。見れば目元がまた潤んでいた。
もはや子役顔負けの泣き芸である。玉ねぎでも切ったのかな?
俺の方と言えば、いまだに水晶球との手探り格闘状態が続いていた。
とは言え勝手も分からないので、取り敢えずペタペタと水晶球に手を這わせ続けてみる。
すると、程なくホログラムが展開されて――。
『やっほ〜! 転生直後でも腐らずログ見てくれるのマジ偉〜い☆ あーしはマーケティング課の豊穣神、エイミィだよ〜。これからよろしくね、現場担当っぴ!』
「うおおお?! 全く知らねぇギャルが出てきた!!」
平成ギャルを高濃度圧縮した様なギャルが突如として現れた。
声もノリも、どこを切り取ってもギャルそのもの。ピンク色の髪はサイドで緩やかに巻かれ、ネイルはアメコミのヒーローかってくらいギンギンに伸ばされている。
『いまオルディナっちは別世界で詰んでっから、とりまあーしが代打でフォローしとくね〜。質問はチャットで気軽にどぞどぞ〜。返信は気分で返しとくよ〜ん♪ じゃ!」
「あ、おい、ちょ、ちょっと待て! 突然出てきて勝手に切ろうとするな――」
――ピッ!
「あ、あぁ……」
あっさり通信は終了した。というか『気分で返す』ってなんだよ。サゲの日だったら終日既読スルーって事なのか?
「……すごい、なんと奔放でおおらかな神様なのでしょう……っ! 今のはクロノス神様の副神ですよね?! ク、クロノス教の深遠さを垣間見た気がします……っ!」
なんかこの感性、逆に凄いんじゃないかと思えてきた。
あれかな。ミーナは神様に弱みかなんかを握られてるのかな?
「み、御使い様! これはこの教会始まって以来の偉業ですっ! この貴重な御神託をぜひ後世に書き残させて下さい! え、えっと……『やっほ〜! 転生直後でも腐らず」
「ごめん、一旦黙っててくれると嬉しいかな」
彼女の感動があまりにもピュアすぎて精神がゴリゴリと擦り減ってくる。
――そのときだった。
ドン! ドン! ドン!
何かを乱暴に叩く音が鳴り響いた。音は神託の間の外、大聖堂の正面扉の方から聞こえくる。
「おいこの野郎、神官ども! さっさと出てこい! こっちは毎朝毎晩神に祈ってやってんだぞ! 敬虔な信者の俺たちを、いつまで放置しておく気だ!」
「魔物がまた畑を荒らしたぞ! この村を見殺しにするつもりか、この役立たずのクロノス教神官どもが!!」
ああ……怒鳴り声まで聞こえてきた。
間違い複数人いるし、内容も全然穏やかじゃない。顔を見ずとも分かるが、確実に全員ご立腹モードだ。
「……あのさ。これってまさか」
「は、はい。この村の方々からの、クロノス神様へのクレームかと思われます」
……ですよね。そりゃ神が働いてないんだから文句も言いたくなるか。
さて、どうしたものか。どうせ何も出来ないのなら、この場から早々にトンズラするのも一案である。
俺の心が静かに逃走に傾いた、その時――。
ガシッ!
「へぇ?」
青ざめた顔をしたミーナが俺の肩を掴んできた。
「……御使い様。どうか、ご対応をお願いします」
「……は? はぁ?! な、なんで俺が!?」
マジで意味が分からない。
「み、御使い様は、先ほど御神託を受け取られてたじゃないですか! きっとその中に何かヒントが隠されてる筈なんです! そうに違いないんです!」
「気分良くなったギャルが連絡してきただけだったよね!? そうだったよね?!」
「お、お願いしますぅ! 私の信仰じゃ神の奇跡は引き起こせないんですぅうぅう! も、もう罵声をひたすら受け続けるのは耐えられないんですうぅうぅ!!」
ミーナの目からボロボロと大粒の涙が零れ落ちる。ああ……なんて悲壮な目をしているんだ。
"神が一人も居ないから、現場が回ってないんだよね"
神界で聞いたあの堕神の言葉が思い起こされる。管理者の不手際のツケを取らされるのは、いつだって現場側の人間なのか……。こんないたいけな少女一人に全ての重責を負わせるなんて、あまりにも酷過ぎるだろ……。
「……あんまり期待すんなよ」
現場責任者としてこの子を見捨てる訳にもいかない。諦めた俺は溜め息と共に肩を落とした。




