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異世界の神々が全員副業だったので、現場責任者を押し付けられました  作者: フルツ好き男


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1/3

1-1. 主神、多忙につき。

「あ、これ死んだな」


 目が覚めて最初に思ったのは、意外なほど冷静な感想だった。


 理由は簡単だ。目の前が、というより視界の全てが不自然なほど真っ白で塗り潰されているから。

 床も壁も天井もなければ、上下左右も分からない。雲の上というより、レンダリング途中で放置された未完成のCG空間に放り込まれた感じだ。

 一応、足元には何かしらの「面」があって踏みしめられるのだが、それが地面かと問われるとちょっと心許ない。

 感触としては厚めのマットレスの上を素足で歩かされているような、沈み込みそうで沈まない、そんな不安定さがある。

 

 頭はまだぼんやりしているが、何とか生前最後の記憶を手繰り寄せてみる。


 ――シャットダウンされず常時付けっぱなしのPC。

 ――その脇に積み上げられたエナドリ缶の山脈。

 ――食べきれず冷えた焼き鮭が残ったコンビニ弁当。

 ――そして。


「池田氏〜、ほんっっとごめん! でもさぁ、これだけ追加でおねおねできない? 池田氏なら絶対間に合うでしょ、朝まで! いけるよね? ……いよっし、あざまる水産!」


 満面の笑顔でそう言い残しネオン街へと消えていった上司。俺の意識と記憶は、そこで糸の様にぷつりと途切れていた。

 

 ……ああこれ、もしかしなくても過労死だ。社畜って怖いね。

 そう一人納得しかけたところで、真正面の空間がふわりと揺らいだ。


「お、来た来た。待ってたよー、人手が全然足らなくてさ

 

 気の抜ける様な軽すぎる声。死後の世界で聞く第一声が「人手不足」ってどう言う事?

 そんな事を思ってる間に、空間に浮かび上がった人影がじわじわと輪郭を得ていく。

 

 現れたのは、白い天衣……ではなく、白いジャケットを羽織ったオフィスカジュアルの格好をした金髪の女性だった。

 髪は一見綺麗に纏めているようで、よく見れば枝毛がぴょんぴょんと跳ねている。

 大きめの眼鏡は指紋で曇り、レンズ越しに見える目の下には濃い隈が垂れていた。

 どこか見覚えのある、妙に生々しい疲労感。そうだ、華金夜の駅前でよく泥酔しているOLだ。表現としてはそれが一番分かりやすい。


「えっと、君が今回の転生対象者だよね?」


「……え、貴方誰ですか? もしかして神様だったり?」


「あぁ、うん。一応ね、一応」


 ……一応って何だろう。

 とは言え、ズボラな外見のこの人に威厳の欠片も感じないのは事実だった。天輪とか後光とか、神様らしい要素も特に見当たらない。本人もその辺を自覚した上での「一応」発言なのかも知れない。

 ただ、胸元に下げた赤いストラップだけは別だった。丁寧に手入れされてるのか、妙に整然と垂れている。


【多元宇宙営業第三部

 マーケティング課

 課長

 オルディナ・クロノス】


 ……いやこの神様、社員なんかい。


「えーっと。時間もないから手短に説明するね、イケダユートさん。君はEARTH1399(元の世界)では既に死亡してます。残念だけど、これはもう確定。異議申し立ては受け付けないので諦めてね」


「は、はあ……」


「で、君の次の転生先は、全く別時空の異世界になるの。EARTH1399(元の世界)で流行ってたネット小説でもテンプレの展開だから、勝手は何となく分かるよね?」


 神が「テンプレ」とかあんまり言わないで欲しいな。あまりにも俗らしさが過ぎるし、雰囲気ぶち壊しもいいところである。


「まぁ、人並みには履修してますかね……」

 

「そっか、それは良かった! だけど今回の転生先は、事情がちょっと特殊でね」


「なんです? 紙が存在しないから手でウンコ拭かなきゃいけないとかですか?」


「えっ、違うけど……君、有ったら嫌な世界への解像度がやけに高いね」


 苦笑いと共にオルディナがパチンと指を鳴らすと、空間の端に半透明のウィンドウがいくつか浮かび上がって来た。


【ELDULYA6952】

〈世界進行 総合評価:要注意〉

〈信仰定着率:低(実績15% vs 目標48.6%)〉

〈魔物繁殖率:高(目標からの乖離率+15.1%)〉

〈現地対応:未派遣 (初任者選定中)〉


「……え。これ何ですか?」


「世界管理のKPIダッシュボード。まぁ、ひたらく言うと私たち神様の業務画面かな」


「業務画面……!」

 

 オルディナの横に回り込むと、俺が生前使ってたビジネスインテリジェンスツールに似たUIが表示されている。

 「世界」の項目が「ELDULYA6952」でフィルタリングされているので、いま投影されている数字はこの世界の現状を反映しているのだろう。

 ところで――。

 

「……なんかこの世界、ほぼ全てのKPIで目標未達起こしてませんか? 俺が心配する事じゃないんですが、このままで大丈夫なんですかね」


「そうなのそうなの! 最近本当に忙しくてね。どうしてもこの世界の運営まで手が回せてなくって……」


「忙しい? 貴方はこの世界の神様なんですよね?」


「うん、主神だよ。社内副業でやってるけど」


 悪びれもせずあっさりと頷く。

 ――副業? 今、副業って言ったぞ?


「……えっ? 副業で神様やってるんですか?」


「そりゃもちろん。いっぱい稼いで新作のお洋服とかスイーツとか、沢山買いたいしね」


 一体何を言ってるんだこの神は?

 

「神が一世界だけ見る時代はもう終わったんだよ。最近は神界も物価高やら税金やら凄いんだから! 私たちも食っていく為に、もはや多世界管理は当たり前なんだよね。どっかの一つの世界にだけ付きっきり、って訳にはとてもいかないのよ」

 

「えぇ、めちゃくちゃ良い加減……」


「そんなこと言わない! いま私が管理してる世界は合計で三十四もあるの。多元宇宙営業第三部(この部)ではトップのカバー範囲なんだから!」


 ドヤ顔で人差し指を立てるオルディナのその横で。


 ――ピロンッ。

 その時、ウィンドウの一つが右下に更新通知を表示した。

 

『課長、次の会議の5分前ですけど。どこで油売ってるんです?』

 

 ――ピロピロピロピロンッ。

 それを皮切りに、まるで堰を切ったかように通知が高速でポップアップし始める。


『案件番号A-778のシステム承認、早めにお願いします。

ずっと止まってます』

『GODEM978の来期の信仰目標率、32.6%って何? キミやる気あんの?』

『天塩にかけて育ててたCHUGIL455、つい先ほど超新星爆発しましたー! ……あーマジやってらんない。今日呑み行かね?』

『オルディナっち〜、下期の人事評価面談まだ〜? あーし、こんなんで評価下げられたく無いんだけど〜』


「あ、あわわわわわわ……! や、やばいやばい……!」


「あ、あの、大丈夫ですか?」


「ご、ごめん、いま本当に立て込んでて……! いつもはこんなんじゃないの! 私を信じて!」


 漫画みたいにあわあわしながらオルディナはウィンドウを一括で閉じる。

 

「……こほん。少しお目苦しいものを見せちゃったけど、つまり纏めるとね」


 咳払いを一つすると、諭す様な視線で俺を見つめてくる。


「君には、このELDULYA6952に転生して貰うんだけどね」


「は、はぁ……」


「正直そこ、副神も含めて神が一神も居ないから、現場は荒れたい放題もいいとこなの」


 しん、とした気不味い沈黙が空く。


「……はい?」


 俺は一瞬自分の耳を疑った。


「え?! 神様って普通常駐するもんじゃないんですか?!」


「ううん、そんなの無理。有機生命体が持つ創造性エネルギーの増加に引っ張られて、生命体が誕生してる星ってもう尋常じゃなく増えてるんだから。だから今は神界から神力だけ送る遠隔管理を基本にしなきゃ、とても回らないの」


 現場を疎かにし始めてる……! もうダメだろこの神界。


「だからね」


 人差し指を頬に添えると、オルディナはあっけらかんと言い放った。


「君を多元宇宙営業第三部(この部)の現場責任者として、このELDULYA6952に転生派遣させて欲しいんだ」

 

「……すみません。何の責任者って言いました?」


「この異世界の。神代理の責任者として」


 白い空間に、またもや気不味い間が落ちる。


「はぁぁぁ!?」


 さすがに声が裏返った。


「いや、いやいやいやいや、そりゃ無理でしょうよ! 俺、もともとはただの会社員ですよ?! そもそも神様の現場責任者って一体何をすれば良いんですか?!」


「だ、大丈夫大丈夫、そんなに心配しないで良いから! 基本は調整役に回って貰って、危ない事は余りさせない様にするからさ!」


 頭突きせんとばかりにオルディナに詰め寄る俺。

 それを宥める様にオルディナはパタパタと手を軽く振る。


「……多分」


「多分?! いま多分って言いましたよね?!」


「マ、マニュアルと不具合ログはちゃんと見られるようにしておくから! お、お願いお願い! もう頼めそうなの君しか居ないんだよ!」


 ――ピロンッ。

 もはや聞き慣れたお決まりの通知音が鳴り響く。見ればウィンドウが一つ、視界の右端に展開されていた。


【世界運営現場責任者マニュアル 第53改定版(未承認)】


「……」


 いや、いやいやいやいや。というかこのマニュアル、まだ承認されてないじゃん!

 

「因みにその……現地対応ってのは、具体的に何を?」


「えっとね……神業の代行とか、神への信仰の普及とか、魔物対策とか……あと教会経由でくる神界へのクレーム対応とか、大体その辺かな」


「き、教会経由のクレーム……?」


「魔物湧きすぎーとか、飢饉どうにかしろーとか、祈りが全く届かないーとか」


 それ全部俺じゃどうしようも出来ないやつじゃん……!


「それ、本来神様がすべき仕事ですよね?! 遠隔から対応すれば良いじゃないですか!」


「それは本当にそうなんだけどさ」


 オルディナがガックリと肩を落とす。


「最近、神員整理したばっかりなんだよ。神力を時空超えて飛ばすのも色々手続きとかが大変で、今期はELDULYA6952に割けるリソース、とてもじゃないけど確保できそうにないの」


 完全にブラック企業の言い訳だった。


「……うん。お断りしますね」


 一応一通りを聞いた上で俺は丁重に断ることにした。


「えっ?! な、なんでっ!? 神様の遣いになれるんだよ?! む、向こうじゃきっとウハウハなんだよ?!」


「ウハウハって……俺、そんな責任負えないし、負いたくもないですから。普通にそこの一般的な生命体としての転生でお願いします」

 

「うーん……」


 額に指を押し当て少し考える素振りを見せた後、オルディナは申し訳無さそうに頷いた。

 

「きゃ、却下するね」


「……は?」


「だ、だって君とウチの雇用契約、もう通っちゃってるから……」


 ――ピロンッ!

 

 今日何度目か分からない通知音と共に、ウィンドウがぽんと現れる。

 よく見ると今回はやたら細かい文字がぎっしり詰まっている。表示されているのは契約書だろうか?

 なになに、契約書名は『現場派遣員臨時雇用契約書』、そしてその下には……


「……え?! 俺、こんな書類にサインなんてしてないですけど!?」


 がっつり俺の署名が入っていた。


「き、君が魂を再形成中で意識がない時に、ついちょちょっとね。ま、まさか断られるとは思わなかったから……!」


「何してくれてるの?! これ任意契約ですよね?! 完全に違法じゃないですか! 俺は合意してないんだから無効ですよ! 今すぐ破棄してください!」


「さ、騒がないでよ、騒がないで! 首が飛ぶ! 私の首が飛んじゃうから! お、お願いお願いお願いぃいぃい!」


 な、何だこの女神、自分の事しか考えてないぞ……!

 手口が余りにも悪質すぎる。とんだ堕神じゃないか……!


「あ、ああーっ!! ちょ、ちょうど神力転送の時間が来た! ぐ、偶然だなーっ!!」


 今思い出したみたいな顔で、オルディナがわざとらしく叫び出す。うるせぇ。

 叫びの余韻もそのままに、俺を捕まえようと腕をぶんと伸ばしてきた。

 

「ちょ――!」


「バックアップは任せて! 私こう見えて、多元宇宙営業第三部《この部》ではトップのカバー範囲を――!」


「それはさっき聞いた! 俺はこれがそもそも不当な雇用だって言ってるんです! ま、待ってください! せめて条件の相互確認を――!」


 言い切る前にオルディナの手が俺の襟を掴んだ。と同時に、足元が抜け落ちた感覚が襲う。

 さっきまで立っていた白い空間が、とんでもない勢いで遠ざかってゆく。視界はぐるり、ぐるりと反転し、上下の区別が溶けていく。

 漆黒へと落ちていく俺の耳に、最後まで気の抜けた声が追いすがった。


「こ、困ったら不具合ログも見るんだよー」


 ――覚えてろよ、この堕神め。

 

***


 次に目を開けたとき、俺は石造りの床に仰向けで寝転がっていた。


 鼻の奥をツンと突く、少しカビ臭い古い香の匂い。

 塔の様に高く薄暗い天井と、ヒビと年季の入った石壁。

 場違いに輝く派手なステンドグラスだけが、ここが祈るための場所なんだと自己主張していた。

 

 教会の聖堂――なんだろうな。もしかしなくても。


「……ああもう、最悪だよ……!」


 どうやら着地の瞬間に打ったらしい。少し痛む腰を摩る。

 起き上がろうと身を起こしたその時、控えめな足音がこちらへ近づいてきた。


「あ……あのっ!」


 振り向くと、若い女の子が立っていた。

 白と青を基調とした質素な神官服。栗毛の髪は後ろで束ねられ、引き上がった小さい肩が緊張から力が入っているのが一目で分かった。


「あ、貴方様はもしかして、クロノス神の御遣いの方、ですか……?」


 問いかけるその目は純粋無垢にキラキラと輝き、バカでも分かるほどはっきりとした期待に満ちていた。


 ――とても見てられない。

 俺は気不味過ぎて思わず目を逸らした。


 俺は神の遣いなんかじゃない。期待されてる様な神の御業なんて、起こせる訳もない。

 だって俺は不当な条件で雇用され、一方的に送り込まれただけのただの派遣社員だから。そしてその職務は――


「……い、いえ。俺はここの現場責任者、です」


 我ながら嫌になるほど力の無い声だった。自分で言っといて溜息が出そうになる。


 ――ピロンッ。

 視界の端に小さなウィンドウが点灯した。


【未読の不具合ログ:魔物発生率 異常上昇】

【優先度:低】


 俺は堪らず天を仰いだ。

 視界に飛び込んできたのは、天窓いっぱいに嵌め込まれた絢爛なステンドグラスだ。よくよく目を凝らすと、そこに形取られているのはどう見てもあのズボラな堕神だ。

 

「……神様」


 聞こえないと分かっていても、言わずにはいられなかった。


「これ、放置しちゃダメなやつですよね……?」


 答えは当然のように返ってこなかった。


 ――こうして俺は、生活苦のため副業に勤しむ神の代わりに、たった一人の異世界現場担当者となった。

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