雨宿りの屋根の下で
お題 「雨宿りの屋根の下で」で始まり、「――それが、最後の笑顔だった」で終わる。
降り出した雨から逃れようと飛び込んだ店の軒下で、俺は彼女と出会った。
びしょ濡れの外套をぼろ布で拭っていたら、後ろの扉から柔らかな声が掛かったのだ。 俺が扉の前を塞いでいるために、外に出られないらしい。
あたふたと荷物を抱えて少し避けると扉が開き、お付きらしい少女と若いご令嬢が出てきた。 少女は俺を一瞥すると令嬢を隠すように立とうとしたが、当の令嬢は興味津々の様子で俺の持つスケッチブックやイーゼルをちらちらと伺っている。
気を引くようにスケッチブックを一枚めくる。 近くの聖堂を描いた絵だ。
二枚目は人物画。 商売仲間の親父がパイプを咥えてにやりと笑う姿。
二人の目が釘付けになったところで、おもむろに木炭を取り出し、紙にサラサラと走らせた。
描き上げた似顔絵を食い入るように見つめる二人から硬貨を一枚受け取ったところで、漸く雨があがった。
***
雨の日に出会ったご令嬢は、それから日を置かずに広場に来た。
また絵を描いて欲しいと請われたので、軽く彩色して硬貨三枚。
数日後には、立派な馬車からご令嬢と共に降りた紳士から、正式にご令嬢の肖像画を依頼された。
思いがけない幸運に歓喜しながら、貴族の邸宅に通う日々。 高価な絵の具やカンバスが揃ったサンルームで、ご令嬢の家族が微笑む。
オイルの匂いに混じる花の香り。 隅に控える使用人達の好意的な視線。 温室咲きの花を背景に、潤んだ瞳で絵筆を握る俺を見つめる――お嬢様。
「春が待ち遠しい」
外は雪。 薄っすらと積もった雪の庭に立つ貴女も描いてみたいが。
「そうですね」
お嬢様――貴女には春が一番似合います。
***
草木の芽が綻び始めた頃に、依頼された肖像画が描き上がった。
ほくほく顔の旦那様が、奥様と肩を並べて絵を見上げる。
「素敵……とても生き生きしているわ」
「若いのに大した腕だ。 また次も、君に描いてもらおうかな」
「ええ……っ、ぜひ」
振り返った旦那様に、前のめりで応える。
また、ぜひ描かせてください――お嬢様を。
声にならない呟きと共に、ぐっと胸元を押さえていると。
「これで、娘がいなくなっても淋しくないな」
「えぇ……えぇ、そうね」
「え?」
不穏当な会話が、耳に届く。
「あの……、お嬢様は?」
「娘なら、雪解けを待って領地に戻ったよ」
「一日でも早く婚約者のお顔が見たいんですって」
微笑む二人の会話が耳に入ってこない。
黙り込む俺の肩を旦那様がぽんと叩く。
「次の依頼は、娘たち夫婦の肖像画にしようじゃないか。 結婚式の頃に、領地から迎えを寄越そう」
期待しているよ――曖昧な笑顔でそれに応え、その後どうやって邸宅を後にしたのか。
顔に吹き付けた冷たい感触に、俺は漸く我に返った。
――ああ。
不意の雨。 土埃と水の匂い。 煙る景色の中、いつかの柔らかな声が聞こえるような気がして。
俯く俺の頬を雨雫が伝う。 外套の襟を掻き合せると、まだ新しい絵の具の匂いが鼻をついた。
そこに隠し持った小さな細密画は、潤んだ瞳で俺に微笑みをくれた、あの日の貴女を切り取った渾身の作。
――それが最後の笑顔だったなんて。




