第8章 恵の回想②
「しばらく一人にして。」
アタシがそう頼むと、英二さんは静かに病室を出て行った。
英二さんは、さっきまで付きっきりで、アタシを元気づけようとしていたのだった。
12月25日。アタシは精霊病院のベッドの中にいた。
アタシは泣いていた。いつまでも涙が止まらなかった。
初めての子は早産だった。予定日より二か月も早い。
「2月まではぎりぎり冬だから名前は雪子にしようか。何かの都合で出産が早まってもそれでいいし。」
以前そう英二さんと話をしていた。
もしかして彼は予感していたのかな。
未熟児で生まれた彼女は、一声も泣きもせずこの世を去ってしまった。
全てアタシが悪いのだ。アタシの体が小柄だから出産に向いてないのだ。
アタシのせいだ!アタシは自分を責めた。もうそうするしかなかった。
しばらく泣いていると、背後に人の気配を感じた。
「英二さん、戻ってきたのかな。」
ベッドの中で振り返ると、そこにセーラー服の少女が立っていた。
「そんなに泣かないで。貴女はなにも悪くないわ。」
ゆっくりとその場にしゃがんで、ベッドの中のアタシに目線を合わせると、優しい顔で彼女はそう言った。
「どうか安心して。この世ではないところで、雪子はちゃんと存在しているから。」
「そんな気休め言わないで!あの世で幸せなんて言われても悲しいだけよ!」
「そうじゃないのよ。」
彼女は話し続ける。
「貴女、私のこと覚えてないのかしら?」
アタシは少し考えて…ハッとした。
「ああっ、アナタは名護屋駅の…!?」
「あれから3年かしら。お久しぶりね。」
彼女は静かにほほ笑んだ。
「私、歳をとってないでしょう?」
そう彼女は言う。
「つまりそういうことなのよ。私が雪子なの。貴女の世界では生まれなかった存在。もっとはっきり言うとね、貴女の世界だけには生まれなかった存在なの。」
アタシには彼女が何を言っているのか理解できなかった。ただ、彼女がウソをついていないのは分かった。
そしてどこか本能的にこの子が雪子であることを受け入れていた。
もうそうでもしないと、心が壊れてしまいそうだった。
「いいこと。よく聞いて。」
彼女は続ける。
「しばらくは落ち込むだろうけど、これに懲りず、また子どもを作りなさい。大丈夫、次は元気に生まれるから。」
「ホントに?」
アタシは涙ぐみながら尋ねる。
「ああ、必ず。3人は産めるぞ。私にはキミの未来が見えるのだ。」
彼女は急に男前な口調になる。
「そんなに要らない。」とアタシ。
「少しは元気出たかな?」
アタシの左肩に手を添えて彼女は言った。
「…ありがとう。気休めでも何だかアナタの言葉には説得力がある。」
「念のために来たかいがあったわ。それじゃあそろそろ帰るわね。」
彼女はそう言うとゆっくりと立ち上がり…その場で消えてしまった!
今のは幽霊?
この世でもあの世でもないところって、いったいどこなのかしら?
アタシの可愛い雪子。
漆黒の髪。白い肌に褐色の瞳。勝気そうな細い眉。
また会えるのかしら。
…などと考えながら、すっかり泣き疲れたアタシは、そのまま眠ってしまったのだった。