第6章 坂下恵の場合
アタシの名前は坂下恵。
みんなは小柄なアタシをすぐ子ども扱いするけど、こう見えてももう22才。いつまでも熊本県の田舎でくすぶってなんかいられないわ。
第一どんなにピアノやダンスのレッスンをしても、披露する場が地元の公民館じゃ意味ないじゃない。
もっと都会の人に見て欲しい。もっとちゃんと自分の力を生かしたい。9人兄妹の末っ子だからって、いつまでもお父さんやお母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃんのお世話になんかなりたくない。
せっかく九州女学院を卒業したんだもの。行儀作法だって本物のお嬢様たちに負けやしないんだから!
そんな思いで毎日を悶々とした気分で過ごしていると、二つ年上の絵美夏お姉ちゃんから手紙が届いた。
アタシより一足先に実家を出て働いている立派な姉だ。
手紙の内容を要約すると、「今お姉ちゃんは名護屋にいるんだけれど、紹介できる働き口があるからコッチに来ないか」とのことだった。
渡りに船とはこのことだった。アタシは、かねてより貯めていたお小遣いを掴んで、着替えの用意もそこそこに早朝こっそりウチを出ると、最寄りのバス停に向かったのだった。
その後は地道に国鉄を乗り継いでまず九州を脱出。
下関にたどり着いてからがまた長い道のりだった。
名護屋に出るだけでもこんなに大変なのに、東京に行く人たちはみんなどうしているのかしら。
そんなことを考えては、時々くじけそうになりながらも、なんとか無事に名護屋駅にたどり着いたのだった。
駅の改札を出ると構内が広い。手紙には働き場所までの地図が同封されていたけれど、あらためて見ると手書きで分かりずらいのである。
足を止めて西口前で迷っていると、突然声をかけられた。
知らない男の人だったら無視するつもりだったけど、それは見たところ、アタシより少し若い女の子だった。
うん、セーラー服を着てるし、アタシより年下よね!
「あの、もしかして坂下恵さんですか?」
「そうだけど。」
その子はなぜかアタシの名前を知っていた。
「良かった。ZAMBINIを探しているんですよね?」
「ああ、うん、そうなの。」
「私がご案内します。」
ああ、この子はお店から迎えに来たのか。それは助かるなあ。
「ただもう一方お見えになるので、ここで少し待っていていただけますか?」
「はい。いいですとも。」
アタシに異存があろうはずもなかった。
今にして思えば、コレがアタシと雪子の最初の出会いだったのだ。