第32章 村田京子の場合②
村田さんは、周りの空気を凍らせながら、一歩ずつ歩み出てきた。
どうやら、空気中の水分を凍らせるのが、彼女の能力のようだった…氷雪系ってことかな。
因みに久保帯人先生の「ブリーチ」の連載開始は2001年のことである。
日番谷冬獅郎ってカッコイイよねえ。
って、ボク、村田さんの、そんなチカラのこと、全然知らなかったぞ!
「あら、意外と驚かないんですね?」
村田さんは、そう言いながら、用心深く左右の雪子さんに目線を投げかけた。
最早いつものような笑顔はそこには無い。
むしろ目を見開いて睨みをきかせている。
ボクの知っている村田さんではない何者かが、そこに居た。
「やっぱり、並行世界の神たるアナタたちには、何でもお見通しなのかしら?」
ああ、それもう、悪のラスボスのセリフだよぉ。ボクはドキドキした。
「イヤ、驚いてイル。」「いや、驚いている。」
二人の雪子さんは同時に言った。
実際、充分に驚いた顔をしていた。
「では、単刀直入に言わせていただきます。」
「今すぐ、その迷惑なひとり相撲をやめて、疑似二重人格を解消してください。」
「できなければ、この場でお二人とも強制終了してさしあげます。」
「私の能力は、半径25m以内の範囲の水分を瞬時に凍らせるチカラ。」
「因みに、この能力は、対象の体内の血液にも有効です。」
「ワカッタ。」「わかったわ。」
二人の雪子さんはまた同時に言うと、まず溜めていたチカラを解放した。
バラバラと音を立てて、瓦礫などがあたりの地面に散らばる。
そして本人たちも、空中からそれぞれの地面に戻った。
次にゆっくりと二人は歩み寄って行った。
ちょうどボクと村田さんの中央あたりで顔を突き合わせた二人。
向かい合ったまま、お互いの両手をつなぎ合わせると、二人は静かに光った。
うん?…ちょっと待てよ?反物質と物質がぶつかると、対消滅するんじゃ…!こりゃヤバイぞ!
…ありがたいことに、そんなことにはならなかった。
これは後から雪子さんに聞いた話なんだけど。
そもそもの雪子さんの物理的ボディとやらは、彼女の精神体の仮の入れ物に過ぎなかったらしい。
それはボクの居る時間軸に来るために、人工的に作られた複製品だったのだ。
だから無事に済んだんだそうな。
話を元に戻そう。
光った二人は次の瞬間、一人の雪子さんになった。
白でも黒でもない。いつもの紺色のセーラー服だ。
「いや、迷惑をかけてすまない。雪村に関わっているうちに、私としたことが、すっかり冷静さを失っていたようだ。」
何だかやけに素直な雪子さんに、ボクはちょっとだけ違和感を感じていた。
「京子くんがそれほどのチカラを持っているなら、今後はキミに、雪村の守護を任せてもよさそうだな。」
「ええ、よろしくてよ。」村田さんが応じた。
「だからあなたは安心して。早く自分の時空に戻って、仕事をなさい。御多忙なんでしょ?」
「言われるまでもない。」
雪子さんは少し寂しそうに笑った。
くるりと回れ右をして、東に向かって歩き出した雪子さんだったが、ふと立ち止まると「でも、やっぱり、たまには覗きに来るかも。」と言って舌をペロリと出した。
何年後かに流行る「テヘペロ」ってこんな感じかな?
そしてそのまま今夜も煙のように消えて行った。
「さて。」
そう言うと、村田さんは真っすぐこちらに向かって歩いてきた。
「全部そこで見ていたのでしょう?雪村君。」
月明りの下で見る村田さんの妖艶な笑顔は、なんだかちょっとアレみたいだった。
…アレだよ、アレ。
雪女!
彼女こそがホンモノの雪女だったのだ。