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第2章 雪村の回想

 とは言うものの、何しろ小学一年生とっては衝撃的すぎる先程の体験である。


「結局、あの人何だったんだろう?」とか「あの手品はどうやったんだろう?」とか考えながらぼんやりとした足取りで家路についた。


 ヤマトハウスのプレハブ二階建ての我が家の玄関まで、ぼうっとした頭のままたどり着くと、左手のダイニングから叔母さんの声がした。


「おかえり。お昼ご飯できてるわよ。」

「ただいま。」

 玄関にランドセルを置くと、のそのそとテーブルに向かい、出来たてのカレーライスをむさぼるように食べた。


「ごちそうさま。」

 空いた皿を台所に持って行くと、叔母さんが不思議そうにボクの顔を見た。

「どうしたの?ハトが豆鉄砲食らったような顔をして?」

「え、ハトが…何て?」


 そう言えばこの叔母さんも時々ボクのわからない難しい言葉を使う。そして、「たくさん本を読みなさい!」といつも言って来る。インテリなのだ。


「ひょっとしてあのお姉さんもボクの親戚なのかな?」

 ボクがぼそっとつぶやくと、叔母さんは変な顔になった。

「何言ってるの?ユキちゃんにお姉さんなんか居ないでしょ!」

 なぜか叔母さんは少し怒っているように見えた。


「そんなことよりまず見せるモノがあるんじゃない?」

「ああ、ちょっと待って。」

 ボクは玄関に戻るとランドセルの中から1学期の通知表を出した。


「ハイ、これ。」

 叔母さんはそれを広げると、がっかりしたようだった。

「ふつうです、ばっかりね。」

 当時の小学一年生の通知表の評価は「よくできました」「ふつうです」「もう少しがんばりましょう」の3段階。

 ボクの「よくできました」は図画工作と体育だけだった。「もう少しがんばりましょう」が無いからイイじゃないか。


「今度必ずお母さんにも見せるのよ。」

「うん、わかった。じゃあ、もういいよね?」

 ボクは逃げるように二階の子ども部屋に向かった。


 階段を上がる前に、隣のリビングで寝ているベビーベッドの中の妹の姿をチラリと見た。

 天井から吊るされたセルロイド製の回転遊具を見つめながら、まだ去年生まれたばかりの6才年下の妹は、静かにしていた。

 名前は由理子である。ボクは「ユッコ」と呼んでいた。


「あれ?そう言えばカコは?」

 振り返ってダイニングに声をかけた。

「香子ちゃんはさっき食べ終わってもう出かけたわよ。」

 三つ年下の妹は、このころはまだアクティブな性格だったのだ。


 そんなわけでボクは三人兄妹の長男なのである。

「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」とか「お兄ちゃんばっかりズルイ」とか言われ始めたのもこのころからと記憶している。


 三人目を生んだばかりのボクの母さんは、体が華奢だったこともあり、よく体調を崩しては入退院を繰り返していた。それでこうして母さんの姉である「絵美夏おばさん」がウチにやって来て、時々世話を焼いてくれていたのだった。


 子ども部屋の二段ベッドの梯子を登ってゴロリと横になると、ボクは色々なことを考えるのだった。

「あのお姉さん、出てくるときは突然だったし、帰るときは煙のように消えていった。ひょっとして、幽霊か、妖怪だったのかな?」


「誰が妖怪ですって!」

 言いながら雪子さんがベッドの梯子からひょっこり顔を出した。

「うわわっ。」

 ボクは今度こそ心臓が止まるくらい驚いた。


「どうせキミのことだから、水木しげる先生のアニメで見た知識をもとに考えたんでしょ。その推理は100点満点中の30点ね。」とお姉さんは続ける。

「さっき言い忘れたんだけど。私はこれからもずっとキミを観測しているから。最低でもキミが還暦を迎えるまでは。」


「カンレキ?」とボク。またしても知らない言葉だ。

「60才のことよ。」

 それなら最初からそう言えばいいのに。どうして年上の人はみんな難しい言葉でしゃべるのだろう?


「いつでもどこでも見ているから安心なさい。」

「トイレの中やお風呂も?」

「お望みとあらば。」

 イヤだ。むしろ逆に安心できない。


「冗談よ。」

「それから兄妹ゲンカや親子ゲンカには干渉しないから。いわゆるドメスティックバイオレンスってやつね。」

「どめ…何て?」

 いよいよ何を言われているのか理解不能だった。


「ああごめんなさい。コレはまだ使われてない言葉ね。ここはブラック企業もコンプライアンスも問題視されない、のどかな時代だったわね。」


「じゃあね。今度こそサヨナラ。しばらく顔を出さないけど元気でね。」

 それだけ言うと、雪子さんはまた一瞬で消え失せた。


 あれ?幽霊の方は否定しなかったな。

 じゃあ「まるで雪女のようにキレイな守護霊」ってことにしておこうかな。


 そこまで考えたことまでは覚えている。

 すっかり疲れ切ったボクは、そのまま眠ってしまったのだった。





 



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