第9章 雪村の転校
母さんが時々話してくれたのだけれど、父さんは昔からとても頭が良かったのだそうだ。お金が無くて大学には行けなかったけど、有名な公立高校を一番イイ成績で卒業して、働きながら今までに色々な資格を取ったらしい。
特に最近は「宅地建物取引主任者」という資格を取って、新しい仕事を始めることにしたみたいだ。
父さんは今までは「ヤマトハウス」という会社で「営業」という仕事をしていたんだけど、これからは「有限会社真田不動産」という会社の社長をやると言っていた。
そのせいでボクたち家族は東豪町から名古屋市の千種区に引っ越すことになったんだ。
父さんが本郷という地下鉄の駅の近くにあるマンションを買ったので、ボクは三年生から転校して、最寄りの公立小学校に通うことになった。
新しい学校の最初の担任の先生は、小島先生だった。今年から初めて先生になったという若い女の人だった。ボクはちょっと好きだったかも。
ある日、担任の小島先生が「みんながもっと仲良くなれるようにお楽しみ会をしましょう。」と言い出した。
ボクは「お楽しみ会」という言葉を前にも聞いたような気がしたけど、なんだか思い出せなかった。
グループでも一人でもいいから、それぞれが何か出し物をして見せあうことになった。
ボクは少し前にテレビで見たマジックが気に入ったので、手品道具を買ってきてマネすることにした。
「手巻き印刷機に白紙を通すと千円札になる」というボクのマジックは大成功だった。ただあまりにもみんなの注目を集め過ぎたせいで、クラスのガキ大将から反感を買ってしまった。
その日の昼休み、ガキ大将が手下を引き連れてボクを追いかけまわした。
捕まったらナニされるかわからない。ボクは学校中を逃げ回ったけど、とうとう逃げ切れなくなって校外に出てしまった。
そしてそのまま自宅まで逃げ帰ってしまったのだった。
後から小島先生が自宅に迎えに来て、ガキ大将と仲直りできるように色々と取りなしてくれたけど、この件は2年後まで遺恨を残すことになったんだ。
小島先生には悪いことをしたな。ボクは少し反省した。
「だから言ったでしょ。」
自分の部屋に閉じこもっていると、久しぶりに雪子さんが現れた。
そうか。そんなことも言われてたっけ?
「まあ、いいわ。それより読書はちゃんとしているようね?」
ボクの部屋の大部分の面積を、今や赤い表紙の「世界こども文学全集」と「学習百科図鑑」が占拠していた。先日、訪問セールスの口車に乗って、母さんが買ってしまったものだった。
実は最近、気に入ったところから、少しずつ拾い読みしているんだ。
「これだけ全部読めばいろいろとイイことがあるかもね。」
雪子さんはご満悦だった。
「うん、努力してみるよ。」
ボクは渋々答えた。
「よろしい。」
雪子さんは、まるで先生みたいに言った。
「今年いっぱい、目立ち過ぎないように自重しなさい。来年から少しずつ事態は好転していくから。あと、女の子の幼馴染もできるわよ。ラブコメ的な展開を楽しむといいわ。」
ひらひらと手を振って、いたずらっぽく笑いながら、また雪子さんは消えてしまったのだった。
「ラブコメってなんだろう?」
これからいっぱい本を読んで、雪子さんの言葉を少しでも解るようになりたいなと、ボクは思った。




