プロローグ
構想45年。執筆1カ月の処女作です。
一見長編風ですが、各章ごとの内容は少な目ですので、気楽に覗いて行ってください。
ああそれから、この物語は、我々のモノとは別の時空の話です。
たとえ、登場する人物や場所に、よく似たモノが我々の住む時間軸にあろうとも、それらは全て偶然です。
当局は一切関知しないので、そのつもりで。
時空監察局
「お久しぶり。」
そう言うと彼女はいつものように突然目の前に出現した。
いつもの冬物のセーラー服。肩まである黒髪を耳の後ろで二つにまとめた、どこか古風なヘアスタイル。
いつもの雪のように白い肌に、少し吊り上がった大きな褐色の瞳。勝気そうな眉毛。
小さいけれど整った形の小鼻。そしてこれもいつもの何か企むように笑う小ぶりの唇。
このピンク色と肌色のコントラストから、ボクは心の中でひそかに「雪女」と呼んでいた。
実際、彼女の瞳に見つめられると、目が離せなくなり、本当に氷漬けにされそうな妖しさを感じる。
今日まで何度も出会っているのに未だにそこはかとない恐怖を感じる。どうにも慣れそうにない。
と、同時にあらがえない魅力も感じるのも確かだが。
身長は160cmあるかないかといったところか。
細身の体なのにとんでもない腕力を見せられたことがこれまでにも何度かあった。
まあ、アレが「腕力」と呼ぶべきものだったかどうかは怪しいのだが。
時に西暦2025年9月1日月曜日。
ボクは豊田市の山間の矢作川上流で野鳥撮影の真っ最中であった。
ジッツォの三脚に焦点距離800mmのレンズを付けたニコンZ9を乗せて、木陰の河岸でヤマセミの通過を待っていたのだった。
他には誰も居ない。
シーズンになればたくさんのカメラマンが並ぶ場所だが、今日は誰も居なくてホントに良かった。
もっとも、彼女はその辺を計算の上でいつもやって来るのだが。
「今日も何か忠告に来たのかい?」
今ではすっかり白くなり、頭頂部の髪がいささか心もとなくなった頭をかきながらボクは尋ねた。
「そうよ。」
初秋の山間部に不似合いな服装の彼女は口を開いた。
あれ?よく見たら足元は黒いトレッキングシューズじゃないか!いつもの白いスニーカーじゃない!
ボクの視線に気づいて「虫はキライなのよ。」と困り顔の彼女。
「ヘビは平気なのに?」とボク。
「ヘビは可愛い顔してるでしょ!虫は何を考えて居るのか解らない。それにヤマビルなんて最悪よ!」
ああ、なるほどね。ボクは納得し、彼女にもう一度本題を尋ねた。
「今月中は山に立ち入るのをやめなさい。」
「なんで?」
「さもなくばクマに食い殺されるわよ。」
「それは…イヤだな。」
最近、SNSでもTVでもその種のニュースをよく見るのは確かだ。
ボクは素直に三脚を畳み、カメラを片付けて、すぐ傍の土手の下に止めてあったベージュ色のシエンタに積み込んだ。
彼女はいつも正しい。
彼女の言うことには従うに限るのである。
「あなたも還暦過ぎたし、これで本当に最後かもね。」
そのセリフを聞いて、ふと振り返るともう彼女の姿は掻き消えていた。
いつものことである。
運転席に乗り込んでハイブリッドのスイッチを押すと、ゆっくりと車道にクルマを出す。
ボクは彼女に初めて逢った日のことを思い出す。