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師匠、やってやりますよ

「ただいまー」


 森の奥まで来ていたようで帰るのに時間は掛かったが、無事に端っこから何番目か数えていかないと見分けがつかない家に帰って来れた。


「おかえり。遅かったわね、どこ行ってたの?」

「森の奥の方、木こり衆達の仕事場でちょっとね」

「珍しいわね。楽しかったの? 表情が明るいけど」

「そう、私はお金を稼ぐ術を見つけたのです」

「お金?」


 この村の人たちは、お金にあまり執着がない。自給自足がベースだからなのだろう。お金を使う時も自分で使うというよりも、村共用の品を買うことが多いから自分のお金という意識が薄いのだ。


「冒険者」

「そんな細腕で何ができるのよ」


 お母さんは私が冗談を言ったと思ったのか軽く笑った。


「だから、明日から木こり衆に入るの。ちゃんと水汲みやるから」

「それ、ジャック達は良いって?」

「うん」

「じゃあ良いけど……」


 お母さんは何か疑うように口を歪めて台所に戻ると、美味しいご飯を出してくれた。


 少し噛見応えはあるけど好みの範囲のパン。塩ベースの味付けに野菜と野生味のあるお肉の出汁が効いたスープ。十分だ。そもそも前世で食というものにそこまでこだわりがある人間ではなかったし、食に革命をとかはさしてない。


 でも、お金になるかもしれない!


 なんかちょっと考えてみるか。こっちの言葉に麺に該当する言葉は無いし、小麦食っぽいから麺いけそうだけど。いずれにせよ資本がないと行動できないからね。


 朝、いつもより三十分だけ早く起き、昨日のスープをグビっといってから水汲みをする。私の膝くらいの高さの桶に水を汲んで甕に入れる。井戸に行って、水を汲んで、台車に桶を乗せて帰って、甕に水を入れる作業にかかる時間は十分くらいで、記憶によると大体二十回くらいで終わる。単純計算だと二時間半ほどだ。


 まぁ、いつもなら、の話なのだけど。

 水を入れた桶を乗せた台車を使っている間は走れないとしてそれ以外の作業をなるべく早く行えば二時間くらいで済む。甕を一杯にしたら仕事が終わるのだ。ノルマを達成すれば、仕事が増えていく前世の会社とは違う。


 セレンは日本の同年代女子と比べたら、細腕をイジられるとはいえタフだと思う。毎日こんなのやってるんだからそりゃそうなんだけど……。私はブラック企業での労働が長いもんだから、運動なんてほぼ無かった。睡眠時間を一分でも長くするために、最寄りまでの道のりを走る時程度だ。


 要するに。


 運動って楽しい!


 毎日続くと考えれば嫌なのだけど、取り敢えず、今、この瞬間は割と楽しい。


 二時間はあっという間に過ぎて、休憩もしないで木こり衆の元に向かうことができた。

 

 昨日と同じく鉄と木が衝突する音。それを聞いていると、衝突というよりは爆発するかのような音が聞こえる。


 向かってみると、薄っすらわかっていたがジャックだった。


 ジャックは木を切っている。実際、私としては木を切るという表現はしっくり来なくて、切り削るというのがニュアンス的には近いと思う。でも、ジャックは切っている。


 線香花火を思い出す。


 力が入る。


 洗練された肉体が隆起していく。コンクリートすら破るような芽吹きが目に見える。生命の息吹を体に込めるように構え。あの粗雑なジャックからは考えられないような美しい構え。


 そして、一瞬、死を感じるほどの脱力があって。腕が降りてくる。


 線香花火の終わりのような一瞬の煌めきと同時に斧が木を通過する。


 いや、魔法じゃん!


 あり得ないでしょ。


「ジャック、それ魔法じゃないの?」

「違う」

「絶対そうだってば」

「違う。そもそも俺には魔力がないからな。冒険者ギルドに入る時に確認されんだよ。そういう『可能性』があるやつは中央で鍛えられるから」

「そういうもんなんだ」

「そういうもんだ。才能がある奴には環境が用意されるべきだろ?」

「そうだね」


 その考えは少しドライなんじゃないかなと思いながらも同意を示した。


「いいか? もう一度見せる。意識することは、軸を叩くことだ。どの木にも中心がある。そこに届かせるように斧を入れる」


 いや、そんなんじゃなくて、多分、あなたの力が凄すぎて、削れるとか割れる前に削り取られて切れてるんですよ、剣とか使ったらもっと楽なんじゃないですかとか思ったけど。もう一度よく見てみる。


 ジャックは木を触りながら周りを一周し、立ち止まった。コンコンコンと軽く叩き、納得したのか頷いて、先程と同じように木を切った。


「俺もな、ここまでできるようには大分時間が経った。二十二から木こりを始めて三十七だ。十五年だ。周りのやつは教えてもできねぇから、俺には才能があったんだ。それでも十五年だ」


 二十二? この村では十五の時には働いていないとおかしい。誰だって十五の時には立派な大人なのだ。何か複雑な事情がありそうなのは、神妙な面持ちのジャックを見ればわかる。だから何も聞かない。


 私は、お金を稼いで、好きな女の子を幸せにするんだ!


「師匠、やってやりますよ!」

「じゃあ、ほら、これだ」


 ニッと笑ったジャックが手渡してきたのは斧だった。ジャックのものと比べれば半分くらいの大きさで、重ささは十分の一くらいだろう。


「素振りだ素振り、形を固めろ。いきなり木を切ってもどうせ切れねぇ、そんで力んで形を崩しちまう。最初は形のことはそこまで意識しなくていい。速く振ることを意識しろ。兎に角、振れなきゃお話にもなんねぇからな。俺が帰ってくるまでずっと振ってろよ」


 ジャックはそう言い残してどこかに行った。


 言われたことはやるタイプです。私は。


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