こうして家族が一人増えた
どうすんだーこれ、セントフラクレン様をめちゃくちゃ怒らせてしまった。多分、私が何か悪いことをしてしまったんだ。訓練場に連れて行かれる道中、私はそこそこに悩んでいた。一応ジャックの私には軽すぎる斧を渡されたのだが、使う気が起きなかった。
だって、だってだよ? もしセントフラクレン様のお綺麗なお身体にお傷をつけてしまったらと考えるともう。
「セントフラクレン様、その、本当に私もわかんないんです。どれくらい強いのか。力とか身のこなしとか、人間離れしてるなって自分でも思うんです。ジャックとかは俺より強いって言うんですけど、本当かどうかもわからなくて」
一応、遠回しにやめませんかと言ってみたけれど了承されず、そうこうしていたら訓練場で向かい合う形に立ってしまった。
構えとか何にもわかりません、セントフラクレン様は切先が顔と触れ合うほどに腕を引いて腰を落とす構え。
このジャックの斧軽すぎる。どうすんだこれ、枝か? そこら辺の木とかから折ってきたんか?
「はっ!」
セントフラクレン様が、おそらく隙だらけなのであろう私に飛びかかってきた。思いっきり引いていた腕を一気に伸ばして切先が喉元に入ってきた。完全に反応が遅れた。そりゃそうだよ、動いてるものを切ったことなんかない。ただの木こりなんだよ私。
避けるのは間に合わなさそうだけど、手で払うのなら間に合う気がした。忘れてました。斧持ってたこと、軽すぎて……。
払おうと出した手についてきた斧がセントフラクレン様のお持ち物である剣を思っ切り破壊した。ヤバい、全然ヤバい。ダメでしょ、持ち物壊すの。
セントフラクレン様の突きは身体の体重を全て使ったものだったから、剣を切っても止まらない。そのまま私に突進する形になったから、私は抱きしめた。そこでもやっぱり力加減がおかしかったのか、ロスターナ様の鎧は粉々に砕けていって綺麗なお顔とお身体がでてきた。もう、私の命を捧げるくらいしかこのやらかし分の補償はできないだろう。
「神よ。あぁ、美しき神よ。この世に顕現された御姿を目に焼き付け、その抱擁をこの身に受けられたこと。それは我が身に起こる幸福の中で最上のものでしょう」
神? えっ? どうしたの? なんか凄くいっぱい喋り出してますけども。
「セントフラクレン様?」
「様? 私のことなど愚者でも、おいでも、お前でも、よいですがどうか敬称だけはおやめください。私などに敬意を払っていては、貴方様のお心が汚れてしまいます。もし、それでも呼びにくければロスティーと呼んでいただければ」
「じゃ、じゃあ、ロスティー?」
「はい、なんでしょう!」
忠犬もびっくりの反応速度で、ロスティーは私にキラキラとした笑顔を向けてきた。じゃあさっきまでなんで怒ってたのさ。くっ、でもお綺麗。女の人に微笑まれれば簡単に心を許してしまう私の弱さが出てる。
「なんで怒ってたの?」
凛々しいお顔をシュンとさせて話し出す。
「私の、未熟さが招いたものでした……。畏れるならまだしも、恐れ、自分の感情の制御ができなくなっていました」
「恐れ?」
「はい、あの時の私は恐れていました。セレン様のお力を。今までで一番、わからないです。こんな身でもBランクですから、もっと上の冒険者は見たことがあるのです。ですが、やはり、イメージは湧きます。ただ、貴方様は違います。掴めない」
わからない。私の強さがこの世界で表されるときによく使われる言葉だ。そりゃ私だって? こんな世界にいる理由もわからないんだからさ、わかんないよ!
「どう? お金って稼げると思う?」
「お金?」
「そう、私さ、悲しい顔した女の子全員を幸せにしたい! そのためにはお金がいるから、今日冒険者になりにきたわけですよ!」
不思議そうな顔をして、ロスティーは私の顔を覗き込んだ。自信過剰かもしれないけど、見惚れられている気がする。表情よりも、息遣い。不安定な荒い鼻呼吸が、私の耳に入り込んだ。
「では、その貴方の崇高な目的のために私をお使いください。私の稼ぎは、Bランクですのでそこそこあると思います。よければ、それでも足りなければこの醜い身体を好くものなどいないでしょうが……。戦闘用の奴隷であればそこそこの値段で買うものもいるでしょう」
「いやいやいや、そんなクズみたいなことしないですって、自分の力でやってみて、たまになら人の手を! 全部でなく手だけ!」
こっわ、えっ? まだ会ったばっかだよね。ロスティーさ、クールなお顔してるから冗談かどうかわかんない。でも、ガチか。なんかガチっぽかったな。私のお金稼げそうかって質問に答えてくれなかったし……。
「そうですか、お力になれず申し訳ありません」
「あー、いやいや、そんなそんな、ロスティーは偉いよ」
「恐縮です」
「ロスティーってさ、魔力持ってるの?」
このまま会話を続けていたらおかしくなってしまう。真面目な話に方向転換! 全く偉くない私が、ヨイショされてなんかずっとタメ口になってる。最初は敬ってたんだけども、この忠犬感、撫で回したくなる。
「はい、セレン様も先程所持していると判明したとお聞きしました」
「そう、そうなんで」
「敬語は……」
「そう、そうなの。で、どんな感じの学校なのかなって聞きたくて」
「そうですね。あんまり良い思い出はないです。今は少し階級が上がりましたが、当時は平民でしたし、なかなかに酷いことをされた記憶もあります。ただ、その分を差し引いたとしても貴重な場でした。魔力の使い方を教える場は少ないですし」
「魔力、ロスティーは今日の戦いで使ったの?」
「セレン様の強大なお力の前では何の意味もなかったのですが、魔力で作った電流を体に通して反応速度を上げるという工夫をしました」
「そのー、凄く不躾なお願いなんだけど、私も魔力使えるようになりたいんだよね。だからー、教えてもらえると凄く嬉しい。時間がある時でいいし、断ってくれてもいいんだけど」
「滅相もございません。もちろん、その話お受けします! 毎日伺います」
「えっでも、そんなことしたら、ロスティーの生活が」
「生活? そんなものはご主人様のお願いと何か関係あるのですか? やれと言われたらやるのが下僕では? ご迷惑でなければセレン様の家の隣に犬小屋を置かせてください。そうすればそこで暮らします。命があればお呼びください」
こうして、一人家族がふえた。