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セレンという神について

 私の名前はロスターナという。苗字はセントフラクレン。Bランクの冒険者だ。

 セントフラクレンという苗字は最近頂いたものだ。昔からの顔馴染みにはロスティーと呼ばれ、擦り寄ってくるようなやつらはセントフラクレン様と呼んでくる。そんな私の本日の予定は王都から遥か遠方にあるギルドへの顔出しだ。そのギルドができて20周年ということで、有名な冒険者を呼びたかったらしい。名声は、仕事をくれる。これはその代償だろう。そうでなければこんな面倒な依頼は断っていた。一応、少々有名になった黒い鎧と愛刀も持っていく。

 鎧が黒いのは、錆止めが塗られているからだ。普通、主人を持たない騎士を表すその黒は、金を得ることができないことを意味しているのだ。十分な金銭を得て、修理費を抑える必要はないのだが、あわよくば誰か、自分が仕えたいと思えるような主が声をかけてくれないかと願って、私の鎧は黒いのだ。

 私がギルドに入った時、妙に目を引く少女がいた。冒険者として生きてきた私が失ったものを全て持っているような子だった。華奢な体躯、シルクのような長髪、傷ひとつない肌。私の顔には画家が全てを投げ出したかのような形の火傷がある。モンスターの討伐の時、酸性の液体を顔面にもらった時のものだ。彼女にはそんなものは無く、誰もが彼女のことを思って眠れない夜ができるかのような美貌があった。

 ため息の一つもつきたくなる。受付の女性に声をかけると、「ロスターナ様、本日は遠方から遥々ありがとうございます」と形式的な挨拶をもらい、その後は今日の式典についての話へと移行した。業務上の話であると思ったのだが妙に上機嫌だったので事情を聞くと、あの少女(名前をセレンというらしい)は魔力を持っているということが判明した。「初めて見たんです。魔力を持っている人って」とその時の感情を伝えようと、彼女は大きなジェスチャーと表情を使った。

 それは私の嫉妬だった。最近変わった周囲の視線にも苛立っていたかもしれない。私が費やしたその全てが彼女の前では霞んでしまう。その霧を払いたかったから、彼女にこう言ったのだ。

「一戦交えていただけないだろうか」

「えっ、私? ただの木こりですけども」

 本当にびっくりしたようで、顔のパーツ全てが一瞬で大きくなった。コミカルさを含んだとしても綺麗な顔だった。

「あぁ、それはわかった上での話だ」

「やめとけやめとけ、あんたが怪我する」

 粗野な男だった。ただ、粗野な喋り方、振る舞い、そこからは考えられない程練り上げられた、実用性が考えられた肉体を持っている。汚れたタンクトップは、隆起する筋肉をなんとか押さえつけているようだった。

「私はBランク冒険者だ」

 なぜこんなにも苛立っているのか、自分でもよくわからない。身分や名声を笠に着るのは、私が一番嫌っていた行為のはずだった。それすらも使って、相手を黙らせた。

「えっ、でも」

 セレンは男の方をそっと見た。何か確認をとっている。彼女には軸のようなもの、自分を中心とした世界を確立できていないように思えた。自分と世界を比べたことがないと言っていいのかもしれない。大抵は世界の広さに絶望することになる。彼女はそんなことを知ろうとしたことがないのだろう。

「まあ、いいんじゃねえの? ここには怪我を治す手段なんて殆どないが、Bランク冒険者だったらポーションの一つでも持ってんだろ」

「いや、そんなこと気にしてないの。そもそも、女の人を殴るなんてあり得ないっていうのを言ってるわけ。私なんていくらボッコボコにされたとしてもいいけど、他の人はダメなの。ジャック以外」

 私を女と言ったのは、彼女が二人目だった。そして、ますます腹が立つ。

「ふざけるな!」

 机に手を叩きつけた。私の手がそのままめり込んで、手形ができる。セレンは黒い革製の手袋をつけていてわからないが、比べれば大きくボロボロの手だろう。

「ごめんなさい。失礼なことをしてしまって。その、でも、怪我をさせたくないです」

「裏の訓練場を借りる!」

 セレンの細い腕をとって引くと、抵抗はしなかった。私に気を遣っていることがわかる。今度は不意な安堵があって、自分の揺らぎを自覚した。

 訓練場と名前がつけられただけの空き地で、セレンと相対してから、苛立ちの原因がはっきりとした。

 私は恐れていたのだ。

 自分より強大な力のことを。

 彼女は体よりも大きな斧を、細枝のように持っている。そして、その斧を持っている状態になってから、彼女は完璧になったのだ。今まで私が捉えていた輪郭は3分の1くらい。今まで私が持っていない美しさに苛立っていたが、彼女が斧を持った時の美しさは、私が持つべきものだった。百戦錬磨された身体。ボロボロの手。私はそのことに気がついていたはずなのだ。今まで対峙してきた相手と戦うとき、冷静に戦力を分析してから最善を選んできた。そしてその経験は本能に訴えかけていたのだ。だから苛立っていた。

「セントフラクレン様、その、本当に私もわかんないんです。どれくらい強いのか。力とか身のこなしとか、人間離れしてるなって自分でも思うんです。ジャックとかは俺より強いって言うんですけど、本当かどうかもわからなくて」

 セレンは私の苗字を呼んだが、それはどうでも良かった。擦り寄ってくる気などさらさらない。ただ純粋に私の心配をしている。

 苛立ちだと思っていたその感情が、恐れだと気がつくと、私は逃げ出したくなった。あれだけ威勢よく決闘を申し込んでおいて、そんなことはできない。繰り返し作り込んできた型は、こんな時でも私の身体を奮い立たせる。相手の一瞬の隙を突くための、神速の太刀筋、私が年月をかけて追い求めてきたもの。

「はっ!」

 声を出す。

 今まで戦ってきたモンスターも、大抵吠えた。その理由が今わかった。逃げたくても逃げられず、よければ相手が逃げてくれれば。祈りのようなものだったのだ。

 相手の隙を突く私の剣は、隙を見せ続けるセレンの懐に入ったように思った。

 その瞬間、全てが壊れた。

 私の視界は一気に開け、剣の切先は無くなっていた。

 理解ができなかった。

 私は彼女に抱きしめられている。私を少しも傷つけまいと、柔らかな抱擁だった。苦しくなく、痛くなく、温かい。

 抵抗する気など失せた。

 冷静になった今でも、何が起こったかわからないのだ。勝てるわけもない。神だったのだ。セレンは。


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