第2話 全部俺の胃にくるんだが
ダンジョンに足を踏み入れて数時間。
足元に仕掛けられた罠や頭上から降ってくる矢に、俺たちは四苦八苦していた。
いや、正確には俺だけがだ。
部屋に足を踏み入れると、無数のタイルが敷き詰められていた。どれが罠なのか、一切わからない。
「お前ら、絶対に変なとこ踏むなよ!」
その時、リリーがスマホを片手に声を上げた。
「カイリさん、ラッキータイムの通知が来ました! タイルに番号が書いてありますよね? 7の場所を選ぶといいみたいです!」
「……占いアプリが罠攻略に使えるわけねえだろ!」
俺が即座に否定するが、リリーはニコニコしながら「7」のタイルを指差す。
「でも、このアプリ、スライム戦で役立ったじゃないですか!」
「あれは……たまたまだ!」
進むべきタイルが多すぎて選べない俺は、渋々指示を出す。
「……仕方ねえ、試してみろ!」
リリーがタイルを慎重に進むと、罠は作動せず、全員が無事に出口にたどり着いた。
「ほら! 私の占い、すごいでしょ~!」
だがその瞬間、俺のスマホが振動し、通知が表示される。
《占いシステム利用料:500ルース》
《現在の借金:123,450ルース》
「なんで俺のスマホに課金されてんだよ!?」
リリーは満面の笑みで答えた。
「リーダーの経費持ちは基本って聞きました!」
「俺は聞いてねえ!!」
次の部屋には、巨大な石柱が道を完全に塞いでいた。
柱を壊せば罠が作動して全滅しかねない。
「触るなよ、慎重に解除方法を――おい、バルク!」
振り返ると、既にバルクが石柱を両手で押している。
「筋肉に不可能はない!」
「やめろって言ったばかりだろ!!」
柱がゴゴゴゴと揺れ始め、天井から岩が落ちてくる気配がする。
俺は咄嗟に叫んだ。
「バルク、そのまま柱を押せ! 全員、この隙間を抜けるぞ!」
バルクが全力で押している間に、全員が出口へ走り抜ける。
最後にバルクも脱出し、部屋が完全に崩壊した。
しかし、柱の振動でギルドから借りた「魔法地図」が瓦礫に押し潰されてしまった。
俺のスマホが振動する。
《魔法地図の損害費用:10,000ルース》
《現在の借金:133,450ルース》
「俺の借金だけ増えてくじゃねえか!」
バルクはケロリとした顔で言う。
「筋肉が俺たちを救った」
「俺が救ったんだ! 筋肉じゃ借金も返せねえんだよ!」
次の部屋では、毒ガスが充満していた。
「どう考えてもこれ突破できねえだろ!」
その時、ジークが杖を振り上げ、自信満々に言い放つ。
「毒ガスごとき、この天才が消し去ってやる!」
「お前、余計なことすんなよ!」
ジークが詠唱を始めるが、その威力は明らかに過剰すぎる。
「やめろ! 威力を調整しろ! 周囲ごと爆発する気か!」
俺はジークの杖を奪い取り、魔法の詠唱を修正した。
毒ガスだけを消し去る魔法が発動し、無事に部屋を突破する。
「どうだ、この成果は!」
「俺が調整したおかげだ!」
だが杖の魔力が暴走し、スマホがまた振動する。
《杖の修理費用:15,000ルース》
《現在の借金:148,450ルース》
ジークが鼻で笑う。
「仕方ない。これが天才の代償だ」
「代償を俺に押し付けるな!」
次の部屋の中央に石像があり、《動かせば毒矢が発射される》と書かれていた。
アルトが石像をじっと見つめ、わざとらしく押し始める。
「これ、本当に動かしたら矢が飛んでくると思うか?」
「押すなよ!!」
ゴゴゴ……!
石像が動いた瞬間、毒矢が降り注ぎ始めた。
「おい、余計なことすんなって言っただろ!」
「まぁ、試してみたくてな」
カイリは毒矢の仕組みを瞬時に見抜き、叫ぶ。
「バルク! 石像を元に戻せ! アルト、矢を発射装置に撃ち込め!」
装置が暴走して罠が停止、全員無事に出口へ向かうことができた。
しかし、またもカイリのスマホが振動する。
《罠緊急停止費用:15,000ルース》
《現在の借金:163,450ルース》
「停止費用!? なんで請求されんだよ!」
アルトは平然と言い放つ。
「ナイスな判断だったぜ」
「褒めてる場合かぁぁ!」
仲間たちは呑気に盛り上がっている。
「カイリさん、ここまで来れたのはすごいです!」
「筋肉の調子もいい!」
俺はスマホを見つめながら天を仰いだ。
「……誰か俺の借金、肩代わりしてくれよおぉ……」
胃の痛みを抱えつつ、俺は次の地獄への扉を開いた。
地獄はまだまだ続く――。