エステル その2
失敗しました。
おじいさんの隙を見て窓から逃げようとしたら、窓枠に引っ掛かりました。
人の出入りを想定したような大きさの窓ではありませんでした。
大して大きくもない私の体でもなんとか通れるくらいの大きさです。
予定では窓から外に飛び出して、走って逃げようと思っていたのですが、窓に飛び込むために踏み込んだ足に力が入らず、私の体は中途半端に窓枠に引っ掛かってしまいます。
窓枠がお腹に食い込んで、なおのこと足に力が入りません。
でも諦めません。
何度か足で蹴り上げ、どうにかこうにか家から逃げ出します。
よし、後はどこかに隠れながら逃げ――
…………
……………………
……なに、これ?
私は目に映る光景に、何もできなくなりました。
とても、明るいです。
灯した火に照らされているような揺らぎのある明るさでも、光の魔法の一点の光源による明るさでもありません。
視界に映る世界が燦々と照らされ、私の目を釘付けにします。
…………
見上げれば晴天が広がり、見たことがないくらいに目映い太陽に目が眩みます。
その太陽からの陽射しはとても心地いい暖かさで私を包んでくれます。
前を見れば草木や山が青々と茂っていて、手に触れる草にも瑞々しさを感じます。
小さく息を吸えば、体の中に流れ込んでくるのは澄んだ空気。
咽ることも、吐血することも、まして死ぬこともない綺麗な空気。
ここが、実りの大地。
私たちが目指した、安全で平和な世界。
こんなに、違うなんて……。
話半分で聞いていたものが、本当だったなんて……。
私はあまりの感動に逃げることも忘れて、ただただ目に映る景色、肌で感じる自然に心を奪われていました。
それと同時に、今までと違い過ぎる環境への不安や恐怖も頭を過ります。
だからでしょう。
突然手が差し出されるまで、おじいさんがすぐ横に立っていることに気が付きませんでした。
おじいさんは突然逃げた私に怒るでも呆れるでもなく、ただ心配そうな表情をしています。
それが私には奇妙で、どうしていいか分かりません。
でも、その差し出された手はまるで私を待っているように止まっています。
……信じても、いいんでしょうか?
恐る恐るおじいさんの手を取ると、おじいさんは私を立ち上がらせてくれます。
そのまま手を引かれ、家の中に戻ります。
今の私では、あまりに違い過ぎるこの環境でどう生きていいのか分かりません。
おじいさんの事はまだ分かりませんが、もう少しだけ考えてみます。