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エステル その5

2025/6/16 エステルの悪夢の内容を微調整しました

 おじいさんがくれるご飯を全部食べられるようになりました。


 毒のことはもう疑っていません。


 このおじいさんは、私に変なことをしようと考えていないと思います。


 でも何が目的なのか分かりません。


 だからやっぱり、まだ怖いです。


 あ、ご飯ですか。


 いただきます。


 美味しい。




 さて、そろそろ真意を確かめないといけません。


 私はおじいさんの目的を探るため、ジっとおじいさんを見ます。


 おじいさんは机に向かって作業していることが多いです。


 なので、手元では何がなされているのかは見えません。


 壁に掛けられた干した草に手を伸ばしたり。


 立ち上がろうとして膝に手を付いたり。


 あ。


 私の視線に気づいたのでしょうか、おじいさんもこっちをジっと見てきました。


 目と目が合います。


 …………


 み、見ないでくださいっ。


 悪夢を見て慰められた気がした時からでしょうか。


 おじいさんを見てるとなんだか……顔がポカァってしてくるんですけど……。


 私は顔が熱くなってくるのを感じて、サッと顔を横に向けます。


 これ以上おじいさんと目が合わせているとダメな気がします。




 少し落ち着いて、深呼吸。


 おじいさんと短時間なら目を合わせられるようになりました。


 でも変わらず、あまりその時間が続くとポカポカしてきます。


 私は何度か視線を逸らしながらも、おじいさんの観察を続けます。


 おじいさんの行動にも慣れてきました。


 もうおじいさんが近づいても怖がったりしません。


 ですが、それだけではおじいさんの目的を確認することは出来ません。


 何度かおじいさんは話しかけてきますが、私はうまく返事が出来ていません。


 おじいさんが敵でないことは分かっているのですが、何をどう話していいのかも分かりません。


 こちら側の人との会話なんて、教えてもらっていません。


 でも、話してみたいです。




 また悪夢を見ます。


 前と同じように、私は責められています。


 役目を果たせなくて、ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 どんなに謝っても、赦されることはありません。


 この謝罪は決して元老院に届くことはないからです。


 そして、あのドクロの仮面が再び私に向けられます。


 近付けられる仮面には魔法文字がびっしり刻まれています。


 ――いやッ、もう着けたくない!


 それは思い出したくない記憶です。


 あんな気持ちには、もうなりたくない。


 何も知らずに、渡されて着けてしまった過去を、私は憶えています。


 何でもできる、全部壊して手に入れられる破壊的な衝動。


 みんな死んじゃえばいい、全部壊しちゃえばいい、と。


 仮面を着けてしまえば、またあんな感情に支配されてしまう。


 ――絶対に嫌だ!


 ――ここであんな感情に飲まれたら、せっかくの……せっかくの……


 ――助けて……ッ


 ――……誰に?


 私は誰に助けを求めているのでしょう。


 なぜだか真っ先に浮かんだのはおじいさんでした。


 こちら側に来てから、私を助けてくれたのはおじいさんです。


 おじいさんなら、私を助けてくれるかもしれない。


 ――助けて……ください……


 近付けられる仮面が砕けて、その向こうからまぶしい光が差します。


 それが私を温かく包み、頭に優しい感触が伝います。


 この感触を離したくない。


 私は縋るようにこの感触の元を探り、握りしめました。


 頼りない手応えですが、落ち着きます。


 頭を撫でられている感覚に安心します。


 ――ずっとこのまま……


 いつの間にか悪夢は去りました。




 目が覚めます。


 悪夢を見ていたことはちゃんと覚えています。


 途中から優しい感触に癒されたことも。


 とても心地よくて、まだ余韻が残っているようでした。


 この余韻に浸りながら、もう少し微睡みを感じていたい。


 そう思いながら、うっすらを開いた私の目に、おじいさんの顔が飛び込んできます。


 あ……こんなに近くに……


 …………


 …………


 ちっ、ちちち近いぃいッ!?


 なんでナンデナンでぇ!?


 寝ぼけていた私の思考が、一気に覚醒します。


 私の横で、おじいさんが寝ていました。


 慌てて離れようとして、私の手がおじいさんの袖を掴んでいることに気が付きました。


 あ……


 やっぱりそうです。


 夢の中で感じた優しさは、おじいさんでした。


 悪夢を見ていた私はきっと魘されていたんでしょう。


 それをおじいさんが慰めてくれて、その袖を私が掴んでしまって。


 それでおじいさんは仕方なく、私の横で寝てくれたんです。


 ゆっくり手を離すと袖口はクシャクシャになっていて、かなり長い時間掴んでいたようです。


 おじいさんの手。


 もうかなりの高齢なんでしょう。


 骨に皮を直接貼り付けたみたいな、弱々しい手。


 恐る恐る触れます。


 死んでいるんじゃないかと思うほど冷たい。


 でも確かな脈拍は感じます。


 この手が、今日もこの前も私を撫でてくれたんですよね……


 …………


 まだ起きないでくださいよ?


 私はおじいさんの手を持ち上げると、頭の上に置きます。


 すごく大きい。


 そして冷たいのに、どうして、こんなに温かい気がするんでしょう。


 私は手を動かし、おじいさんの手で自分の頭を撫でます。


 ……これです


 夢の中で私を助けてくれた温もり。


 温かい。


 もっと……触れていたい……


 ……はっ


 ふと我に返ると、おじいさんの手に私は頬ずりをしていました。


 私は……いったいなにを……


 途端に恥ずかしくなった私は、おじいさんの手をそっと戻します。


 そして頭から布を被り、自分の行いの羞恥に悶えます。


 どうして、あんなことをぉ……


 思い返してみれば、頬ずりしている間、何度か私の唇がおじいさんの手のひらに当たっていました。


 ……あ、ぁああっ!


 恥ずかしくて顔から火が出そうです。


 ようやくおじいさんの顔をまともに見られるようになったのに、またしばらく見られないかもしれません。


 でも、一度知ってしまった安心はそう簡単に手放せそうにありません。

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