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かの場所へ

あなたの傍に居続けるのであれば、

私も魔術機械人形(オートマタ)になりたい。


教えられた感情を知識としてしか持たない人形に。


求められる役割だけを果たす、従順な人形に……。





その後もマユラは変わらず日々を過ごしている。


「アイツには俺が必要だからな」


イムルの本心を聞き、マユラは完全に諦めた。

そして求められるまま、都合のよい妻という役割を演じようと心に決めた。


この感覚は初めてではない。

両親が亡くなってから、自分は一度も誰かに愛を寄せられたことなどなかった。

叔父はあの通りの人であるし、使用人たちはあくまでも使用人としてマユラと接していたから。


学校では友人と呼べる者が何人かいて、その彼女たちとの心の交流が唯一の救いであった。

愛情は得られなくても友情には恵まれた。

〈そんな友人たちも卒業後はそれぞれ故郷に戻り結婚してなかなか会えなくなってしまったが〉


そうだ。

夫婦としての愛情が望めないのであれば、せめて信頼という形で結ばれればよいのではないか。


……そう考えもしたが、それはやはりできそうにない。


どれだけ堅く心に蓋をしたとしても、一度気付いてしまった想いを忘れることなどできないから。


だけど後生大事にその想いを抱えていても虚しいだけだ。

だから……マユラは魔術機械人形(オートマタ)になりたいと思った。

こんな苦しい感情を知らない、魔術機械人形(オートマタ)に。



虚ろな心を抱えていても日々を生きていかねばならない。

自分に与えられた役割を果たさねばならない。

そう思っていてもやはり日を追うごとに心の苦しみは増していき、イムルが居ないときは一人でぼぅ……と庭を眺めるようになった。


叔父の調べでは別宅にはとても美しい庭があるのだという。

住宅街には似つかわしくないほどに大きな木を有した、手入れの行き届いた美しい庭。


マユラがイムルと住む、一応は本宅と呼べるこの家の庭もハウゼンが庭師の役割もして調えてくれているのだが、平凡といえば平凡な庭である。

(ハウゼンごめんなさい。でも私はこの庭も好きよ)


だけどイムルはきっと、別宅の美しい庭の方がいいのだろう。

美しい魔術機械人形(オートマタ)をこよなく愛するイムルは審美眼の持ち主だ

だからきっと、美しい庭とそこに居る美しい女性に心を癒されているのだろう。


そんなことを考えながらぼんやりと庭を眺めているマユラに、ハウゼンが話しかけて来た。


「奥様。気分転換ニお散歩カ買い物ニ出掛ケマセンカ?」


「え……?」


「ズットゴ自宅ニ居ラレテハ、気持チガ重クナッテシマイマス。旦那様ニハオ許シヲ頂イテオリマスノデ、少シ外出ヲシマショウ。オ供致シマス」


マユラがこの頃塞ぎがちであることを、理由はわからずともイムルもハウゼンも気付いていたのだろう。


マユラが不必要な外出をするのを嫌うイムルだが、ハウゼンが一緒なら外に出てもいいと言う。


マユラは少し考えて、それなら行きたい所があるとハウゼンに告げた。


「ドチラニ行カレタイノデスカ?」


「ハウゼンはイムル様が通われている別宅の場所を知っている?」


「ハイ。ワタシガ直接伺ッタコトハゴザイマセンガ、住所ハ存ジテオリマス」


「……そこへ連れて行ってほしいの」


「奥様ガ別宅ヘ?ソレハ何故カオ訊キシテモ?」


「ただ、見ておきたい。それだけよ。でもどうしても行きたいの。ダメなら住所だけでも教えて、一人で見に行くから……」


「奥様ヲオ一人デナド行カサレマセン。カシコマリマシタ。ソコヘオ連レイタシマショウ」


「ありがとう、ハウゼン」


そうしてマユラはハウゼンの案内でイムルが所有するもう一つの家へと向かった。


自分でバカだと呆れている。


別宅を見たからどうだというのだ。

そこを見たからといって何も変わりはしないのに。


乗り込んで夫と別れろ、なんて言う妻にはなれない。

でも、だけど、どうしても見てみたいのだ。


美しいという庭を。

イムルが心を置く、その場所を。







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