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夫の研究室にて

哀れな師団長のSOSを受け、イムルが引き篭る個人研究室へとやって来たマユラは結婚後はじめて彼の研究室へと足を踏み入れ……られなかった。


「また汚くなってる……」


イムルの研究室内は酷い状態になっていた。

以前、あれだけ精を出して綺麗にしたというのに。

足の踏み場もないほどに物が散乱し、ゴミなのか魔道具なのかの区別もつかない。


当の本人は悪びれもなく魔術で体を浮かして、床に散乱した物を踏むこともなく研究室(部屋)の中に居る。


困った。

話がしたくても歩けるスペースがないのでこれではマユラは中に入れない。

仕方ない、このままここで……と思っていたらふいに体が浮遊したように感じた。


「えっ?」


すぐ近くにイムルの顔がある。

どうやら横抱きに抱えられているらしい。


(か、顔が近いっ……)


夫婦なのだからもっと密な触れ合いもしているのだが、閨事とは違う不意打ちの接触は変に緊張する。

イムルの堅い胸板と腕の感触がダイレクトに伝わってきた。

一見優男(やさおとこ)なイムルだが、じつはわりとガッシリとした体格であることをマユラは知っている。

そのこともさらにマユラの頬を染め上げさせ、人妻になっても初心(うぶ)ウブな反応をしてしまうのであった。


そんなマユラの心情などわかるはずもないイムルはスタスタとまるで透明の床の上を歩くように進み、唯一物が置いていない長椅子の上へと静かにマユラを下ろした。


「あ、ありがとうございます」

と礼を言うのもおかしな感じだが、とりあえずマユラがそう言うとイムルは「ん」とだけ返してきた。


居住まいを正し、マユラがイムルに尋ねる。


「イムル様。何がそんなにお嫌だったのですか?」


魔術機械人形(オートマタ)の回収という今回の任務。

大の魔術機械人形(オートマタ)好きのイムルなら一も二もなく飛びついてもおかしくないのにそれを任務拒否するなどよほどのことだ。


「…………」


イムルは何も答えない。

マユラの方を見ずに汚れで曇ったガラス窓の外へと顔を向けている。

目元を覆い隠す前髪のせいでその表情は一切わからない。

だけど……


「怒っておられるのですね」


夫の様子からそう察したマユラが言うと、イムルはこくんと小さく頷いた。


「師団長様に……ではないですよね。

魔術機械人形(オートマタ)の持ち主である王族の方に対してですか?」


マユラの問いかけにイムルはまた頷く。

そしてボソリとつぶやくように言った。


「魔力供給過多だなんて」


「普通は有り得ないことなのですね?」


「無能すぎる」


「無能……魔術機械人形(オートマタ)の動力源である魔力を与えるのには、魔力量のコントロールが不可欠ですものね」


そのことは七日に一度、魔術機械人形(オートマタ)のハウゼンとザーラに主であるイムルが魔力を与えている姿を目の当たりにしているためマユラでも知っている。

イムルは口笛を吹きながら(口笛を吹くのは好きらしい)簡単そうにそれを行っているが、実際にはとても緻密な魔力コントロールを要するのだとハウゼンから聞いた。


「無能が分不相応に所有するからだ」


それの尻拭いをさせられることが腹立たしいというわけなのだろうか。


「壊れていたら廃棄処分だとほざきやがった」


「まぁ」


それはひどい。

自らのミスで暴走を招いたのに、壊れた魔術機械人形(オートマタ)に用はないと簡単に廃棄を口にするなんて。


確かに彼らは人間ではない。

どちらかというと道具の分類に入るのだろう。

だけど物や道具だって粗末に扱わず、壊れたのであれば修理をして大切に使うべきなのに。

それをせずに簡単に棄てるなどと……。

それではイムルが怒るのもわかる。


わかるが、悲しきかな宮仕え。

命じられればその任に就かねばならない。

それで(ろく)を得ているのだから。


そして何事においても誰かがやらねば片付かず、解決しないものである。

いつまでもそのままでいて、ある時突然消えて問題解決……なんてことにはならない。


まぁイムルにはそこら辺のところはどうでもよいのだろうけど。

だからマユラはイムルがどうでもよいと思わない方向へと話を振ってみた。


「でも……誰も行かないとなると、その魔術機械人形(オートマタ)はいつまでも尖塔の上に放置されたままですよね……そんなの、かわいそうだわ」


憂いを滲ませてそう言ったマユラの言葉に、イムルの肩がぴくりと揺れた。


「それに魔術機械人形(オートマタ)の扱いに長けたイムル様ではない他の方が無理やり回収して、()()()()()人形(ドール)(ボディ)をめちゃくちゃにされるのは心が痛みます……」


それまで窓際の壁に腕を組んでもたれかかっていたイムルがガバリと前のめりになる。

魔術機械人形(オートマタ)を製作するイムルはその造形美に心酔しているのだ。

ましてや……


「ましてや人形(ドール)の命とも呼べる顔に傷をつけられでもしたら……」


「……俺が行く」


「それが良うございます」


魔術機械人形(オートマタ)回収のためにさっさと部屋を出て行こうとしたイムルがふいに立ち止まり、マユラの方へと顔を向けた。


「マユラ、」


「私はせっかくここまで来たのですから少し研究室(お部屋)を片付けます。構いませんよね?」


以前、この部屋を綺麗にしたのはマユラだ。

その時に触れていい物と駄目な物の分別は聞かされている。


イムルは少し考えて、こくんと頷いた。


そして「すぐに戻る」と言って、研究室を出て言った。


すぐに戻ってくるから待っていろ、という意味なのだろうとマユラは察する。


そして室内をぐるりと見回し嘆息した。

これは掃除に骨が折れそうだ。

マユラは袖を捲りながら、あの時もそう感じたなと思い出した。


イムルと初めて接した、あの日のことを。






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