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手のかかる夫

ある日、マユラの元に魔術師団からの封書が届いた。


封書は郵便配達員ではなく、たった今直接魔術師団から届けられたという。

それだけでかなり急ぎの要件と察する。


マユラは封書を受け取ったハウゼンが見守る中で愛用のペーパーナイフで封を切った。


「…………」


内容を読み、黙り込むマユラにハウゼンが尋ねる。


「奥様、手紙ニハナント?」


「……イムル様が手に負えないから助けて欲しいとの要請が……」


「旦那様ガ。テニオエナイ。ソウデスネ」


イムルの扱いに慣れているハウゼンがアッサリと肯定する。

次にメイドのザーラがマユラに尋ねてきた。


「ドウナサイマスカ?」


ザーラの青紫の瞳がマユラを映す。

魔術機械人形(オートマタ)は魔力を与える主と同じ瞳の色になる。

なのでハウゼンもザーラもイムルと同じ青紫の瞳を持つのだ。

マユラはその瞳を見つめながら答える。


「師団長様直々の要請を断るわけにはいかないものね」


「シカシ奥様ガ不要ナ外出ヲサレルト、旦那様ガ不機嫌ニナラレマス」


ハウゼンがそう言うとザーラも首肯する。

なぜイムルが不機嫌になるのはわからないが、マユラは「でも」と肩を竦めながら二体(ふたり)に言った。


「でも他ならぬイムル様に関係していることだもの、これは不要な外出ではないわ。本部に参ります」


「「カシコマリマシタ」」


ハウゼンと声を揃えてそう言ったザーラがマユラの支度を手伝ってくれた。

その(かん)にハウゼンが雇い馬車タクシーのようなものの手配をしてくれる。


そうしてマユラは夫イムルの勤め先である、王宮敷地内にある魔術師団の本部棟へと訪ったのであった。



「フォガード夫人、よく来てくれた……!」


マユラが本部へ着くと、師団長自らが出迎えてくれた。

壮年に差しかかろうという黒緑の髪に以前よりも白いものが格段に増えていた。

よほど苦労していると見受けられる。

……主にイムルのせいで。


イムル・フォガードは魔術師階級こそ一級だが、その実力と魔力量は上級魔術師にも匹敵するという。

しかし本人が面倒くさがって昇級試験を受けないから、いつまでたっても一級魔術師のままなのだそうだ。

そんな肩書きのために時間を割くのが勿体ないと、本人が珍しく長文を口にしたらしい。


いくらマユラ自身もかつては魔術師団勤務であったとはいえ、わざわざ団員の妻を名指しで呼び出した理由はすでに手紙に書かれていたが、マユラはもう一度確認したくて尋ねた。


「本当に夫は研究室から出て来ないのですか?」


「ああ。……魔術機械人形(オートマタ)を回収する任務なのだが、その任務を命じた途端に何が気に入らないのか自分の研究室(部屋)に閉じ篭ってしまったんだ。ご丁寧に高度な結界魔法まで掛けて……」


「任務を引き受けたくない理由を……言うわけありませんよね……」


声を発するのも面倒だと発言は二語文と決めているらしいイムルが理由を説明をするはずがない。


「そうなんだよ~……。でも難しい魔術機械人形(オートマタ)に関する任務は他の魔術師には振れないから困ってるんだよ~……あんな高額なものをもし壊して賠償問題にでもなったらって……誰も行きたがらないんだ~……」


イムルという寒風に吹き晒され、そのイムルと議会や騎士団内部との板挟みになって、もはや真冬の枯れ枝のような姿になりつつある師団長が弱々しく言った。


魔力量と伯爵家の当主であるという立場から魔術師団長の席に就いた彼だが、ハード面においてもソフト面においても実力が上であるイムルの奇行や態度にかなり手を焼いている。


なんでも今回の任務は、地方に住む王族所有の魔術機械人形(オートマタ)が魔力供給過多により暴走したらしい。


暴走というのは文字通りの暴走で、制御不能となった魔術機械人形(オートマタ)が領地中を走り回り、最も高い尖塔の上で活動を停止してしまったそうだ。

しかも尖塔の尖端に串刺しになって……。

そしてそれによる暴発を恐れて誰も回収に向かえないというのだ。


そこで魔術機械人形(オートマタ)の扱いに長け、実力は上位魔術師のイムルに白羽の矢が立った……という経緯(いきさつ)らしいのだが。


しかし頼みの綱であるイムルは安定の面倒くさいを発動させると共に、いきなり不機嫌になって研究室に篭ってしまったのだ。


そして困り果てた気の弱い師団長が相当思い詰めた末に、マユラにSOSを出したというわけである。


マユラは小さく嘆息する。

イムルがそこまでヘソを曲げるにはそれなりの理由があるはずだが、果たしてそれをマユラに察することができるだろうか。


「……一応夫の様子を窺ってみますが、私が行っても無駄に終わるかもしれませんよ?」


「キミが行ってダメならもう諦めるしかない……」


何を根拠にそんな断言をするのかマユラにはわからなかったが、とりあえずイムルの研究室の扉の前へと行ってみた。


ゆっくりとノックをし、中に居るであろうイムルの様子を伺う。


「……」


反応がない。


もう一度ノックをし、今度は呼び掛けてみようとしたその時、ゆっくりと扉が開いた。


ほんの少しだけ隙間を開けてイムルが顔を覗かせる。

そして普段より低い声でマユラの名を口にした。


「……マユラ……」


ノックをしただけであるのに、なぜかイムルにはマユラの訪いがわかったようだ。

そういえば強力な結界魔法が掛かっていると師団長は言っていたが、とくに何も感じなかった。

まぁ魔力を保有しないので感じないだけだろうけど。とマユラは思った。

そして対面した夫に挨拶をする。


「イムル様。お邪魔しております」


「なぜ」


「なぜ私がここにいるのかですか?師団長様に要請されたからですわ」


「チ、」


「師団長様を怒らないであげてくださいませ。かなりお困りのようですから」


「こんな所に」


「こんな所だなんて。あなたの職場ではありませんか」


「ひとりでか」


「ハウゼンが手配してくれた馬車に乗って参りました」


「チ、」


「イムル様。立ち話もなんです。中に入れていただいても?」


マユラがそう言うと、


「……」


イムルは不機嫌な表情のまま扉をひらき、体を横にずらした。

入室を許可するということだろう。


そしてマユラは結婚後は初となるイムルの研究室へと足を踏み入れた。




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