嫁ぎ先は魔術機械人形(オートマタ)がいる家だった
本編はプロローグより少し時が遡ります。
「今日はイムル様はお帰りにならないのね。それなら夕食は簡単なものにするわ」
マユラは執事兼下男兼護衛兼庭師のハウゼンに、そう告げた。
夫が《《あちら》》に泊まる日は、いつもこのハウゼンから聞かされる。
ハウゼンはただ頷くのみ。
話せないわけではないが、彼は必要以上に言葉を発しない。
そう設定されているのだ。
壮年男性の姿をするハウゼンは人間ではない。
マユラの夫、イムル・フォガードが製作した魔術機械人形だ。
魔術機械人形とは読んで字の如し。
魔力を動力源とし、魔術と機械を融合させて造られた人形である。
感情は乏しいが見た目はほとんど人間と変わらず、自ら考えて行動し会話もできる。
決して主を裏切らず、従順でよく働く有能な下僕なのだ。
ただ魔術機械人形の製作は非常に難しく、造り手は西方大陸広しといえど五本の指で数えるほどしか存在しない。
イムルはその中のひとりなのだが、どれだけ大金を積まれても決して営利目的では作成しない。
あくまでも自身の個人的な趣味で造るのみである。
魔術機械人形作成を生業として生計をたてている職人もいるが、製作には時間を要し一体完成させるのに一年ほどかかるという。
そうして製作される希少な魔術機械人形が非常に高値であることは言うまでもない。
だから魔術機械人形はほとんど……全くといっていいほど市場に出回らず、それを所有することが王侯貴族のステータスともなっている。
そんな魔術機械人形がこのフォガード家には二体もいるのだ。
執事兼…以下略のハウゼンともう一体、
メイド兼掃除婦のザーラという中年女性の姿をした魔術機械人形がこの家で働いていて、言わずもがな二体ともイムルが製作した。
ハウゼンはずっと以前に、そしてザーラは結婚するにあたり急遽製作したらしい。
なんとも贅沢な話である。
イムルはこの国の上位魔術師だ。
王国魔術師団に籍を置き、日々国のために……面倒くさそうに働いていて、興味のある魔術や魔術機械人形以外はどうでもいいと本気で思っているらしい。
超がつくほどのものぐさで、できることなら他の誰かに自分の代わりに呼吸をして、自分の代わりに二本の足を交互に動かして歩いてほしいとよく言っているイムルだが、そんな彼が唯一足繁く通う家がある。
イムル名義のその家があることは結婚前からマユラは知っていた。
魔術師団より縁談が持ち込まれた際に、一応叔父がイムルの身辺を探らせたのだ。
借金はないか、酒癖は悪くないか、ギャンブル癖はないか。
幸い酒もギャンブルもせず借金もないことがわかったが、あろうことか女の影があることが発覚した。
イムルに魔導学を教えた亡き師匠の家を買い取り、その家に住まわせている女性がいると。
普通であればそれがわかった時点で、女性関係の精算を要求するか縁談自体を断るかそのどちらかをするだろう。
だけど叔父は、夫となる人にそんな女性がいることがわかっていても、自らの欲のためにマユラを嫁がせた。
魔術師団長直々の頼みとあり、これは恩を売れると思ったらしい。
そしてあわよくばマユラが産んだ子を自分の後継にあてがえばいいと。
叔父は男色家で、女性との婚姻などとんでもないと豪語していたから。
そんな叔父でも両親が亡くなり孤児となったマユラを引き取ってくれた一応の恩がある。
だからマユラは叔父に言われるがまま、そして魔術師団長に請われるがままに、イムルと結婚したのであった。
だけどなぜイムルの妻にと白羽の矢が立ったのが自分だったのだろう。
なぜ、その女性ではダメだったのだろう。
マユラはそれを疑問に感じていた。
確かに以前、雑用係として魔術師団の詰め所で働いていた。
そしてその中で一、二度イムルや師団長の雑務を手伝ったことがあったが、ただそれだけであったというのに。
まぁおそらくちょうど手近なところで都合良く目を付けられただけなのだろうけれど。
そうやってマユラは別宅に他の女性を住まわせる男に、そしてそれをとくに隠しもしないが語りもしない男の元へと嫁いだのであった。