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ユクノキの花が咲いたら

「アイツは魔術機械人形(オートマタ)だぞ」


イムルが放った爆弾発言に、マユラはしばし言葉を失い呆然とした。

固まってしまったマユラに不安になったイムルが補足するように言葉を重ねる。


「アイツは、師匠が作った人形(ドール)なんだ」


「…………」


「マユラ……?」


わずかに不安げなイムルの声を聞く。

なんだかいつもと逆になったような……とそう思ったマユラがようやく言葉を発した。


「……魔術機械人形(オートマタ)?……あの女性が……?」


マユラがそう言うとイムルが頷く。


「ああ」


「別宅の女性は人間じゃない……?」


「そうだ」


「……やっぱりあなたなんて嫌いです」


「な、なんでだ……?」


再びのマユラの拒絶に、かつてないほどわかりやすくイムルが狼狽える。


「それならそうと、そのくらいちゃんと伝えてくれてもいいじゃないですかっ……私が別宅の女性の存在を知っても知らなくても、夫婦なんだからきちんと説明すべきではっ?」


「そ、そういうものなのか……?」


「どうせ説明が面倒だとか思ったんでしょっ?」


「いや違う、いや違わないか?いやでもやはり違う……」


「なんですか?」


「ユクノキの……」


「ユクノキ?」


「ユクノキの花が咲いたら、マユラをあそこに連れて行こうと思ってたんだ」


「ユクノキって、別宅のお庭のあの大きなシンボルツリーですよね?」


住宅の庭木にしては相応しくないほどの大きな木。

今日、ハウゼンの案内で別宅を訪れた際にマユラはその存在を知った。


マユラがそう尋ねると、イムルはこくんと頷いてから答えた。


「もうすぐ、五年に一度咲くというユクノキの花が見られるんだ。それを……マユラに見せたかった。それは、アイツも、フローラも望んでいて」


「フローラ……とは、別宅の女性の名前ですか?」


「そうだ。師匠の亡くなった奥さんの名前……フルールに似せたらしい」


マユラはイムルを見上げる。

今のイムルの言葉で何となく察せられた。


「もしかしてイムル様の師匠(先生)は、亡くなった奥様に似せて人形(ドール)を……?」


「ああ。若くして亡くなった奥さんの姿そのままに製作したらしい」


「らしい、とは?」


「俺がガキん頃には既にフローラは師匠ん家に居て、庭の管理をしていたから」


「幼いイムル様が生徒になられた頃にはもうすでにあの女性は居らしたのですね……」


「そうだ」


そんなに以前から。

魔術機械人形(オートマタ)の耐久年数は如何程のものなのか。

そしてふと頭に過ぎったことを、マユラはイムルに尋ねた。


「もしかして、そのフローラさんという人形(ドール)の瞳は……青紫の色ですか?」


今日庭で見かけた姿は横顔で、マユラからはその瞳の色を見ることができなかった。

もし、そうであれば……


「ああ。師匠亡き後、俺がアイツに魔力を与えているからな」


やはり。で、あるならば……


「もしかして、毎週別宅に通っていたのは……フローラさんに魔力を与えるためですか……?」


イムルは静かに頷いた。


「そうだ。そうしなければフローラ(アイツ)はただの人形に戻ってしまう。だからアイツには俺の魔力が必要なんだ。しかも性能が古いから魔力の充電に何時間もかかるんだ。それに、」


“アイツには俺が必要”

とはそういう意味!?

とマユラは頭を抱えたくなったがそれをぐっと我慢して話の続きを促した。


「それに?」


「フローラはもうすぐ活動限界を迎える。ハウゼンやザーラよりもマメにメンテをしないと庭仕事なんてとてもじゃないが無理だ」


活動限界、もうすぐ寿命を終えるということか。


「どうしてそこまでして庭仕事を?」


「あの庭は師匠の奥さんの形見みたいなものなんだ。師匠の遺言で、フローラは活動限界ギリギリまであの庭を守っている」


イムルがそう説明したのを聞き、マユラはイムルをキッと睨みつけながら言う。


「もう!そんなに沢山お話ができるなら最初から説明てくれてもいいじゃないですかっ!私が家を出たから慌てて説明するなんて酷いですっ……本当に腹が立つ!」


再びマユラが瞳に涙を滲ませて抗議するとイムルはわずかに動揺を見せた。


「ど、どうして……な、泣くな……マユラ」


「泣きたくもなりますよっ……イムル様のバカっ……バカなのはイムル様なのに、悩んでいた私がバカみたいじゃないっ……!」


そう言いながらぽろぽろと涙を零すマユラを、イムルは包み込むように抱きしめた。

そしてその瞬間、足元に置いていたトランクごと転移魔法で移動する。

次に二人の足が設置したのは自宅の部屋であった。


強制的に家に連れ戻された形だが、そんなことは最早(もはや)どうでもいい。

涙を流し続けるマユラを、イムルは貴重品に触れるかのようにそっとゆっくりと慎重にソファーに座らせた。

そして自分はマユラの目の前に膝をついて、泣かせてしまった妻の様子をおろおろと窺っている。


「す、すまんマユラ……フローラの話をしないことがそんなに重要だとは思わなかったんだ。それによりお前に誤解を与えていたなんて想像もしなかった……」


「……」


マユラはハンカチで目元を押さえながらも何も答えない。


「俺が悪かったっ……お前を悲しませるつもりはなかった……ほ、本当に……すまなかった」


「……」


しくしくしくとマユラは涙を流し続けた。

理由がわかっても悲しかった気持ちはそうおいそれとは消えてくれないし、「まぁそうだったのね!」とすんなり切り替えられるわけがない。


何より、普段無口で無感情なイムルがマユラの涙にわかりやすく動揺し、右往左往している姿をもう少し見ていたいと思ったのだ。

マユラもすぐに諦めて感情を内に閉じ込める悪いところがあると認めるが、少しばかりイムルを困らせてやりたかった。


そんな内なるブラックマユラに気付かないイムルがおろおろと話しかけてくる。


「マユラっ……泣くな……お前が泣くとどうしようもなく辛いし胸が痛むし、それに……」


そこで言葉を切るイムルに、マユラはまた続きを促した。


「……それに?」


「それに、お前に嫌いだと言われると……かなり(こた)える、死にたくなる……」


な、なんですって?

内なるマユラは今のイムルの発言にこれ以上なく瞠目するも、それをおくびにも出さずに言う。


「嘘です。私のことなんて、イムル様はどうでもいいのでしょう?」


「そんなわけはない」


「嘘よ。イムル様は嘘をついて取り繕おうとしているんだわ」


ツンとしてそう言うと、イムルはハンカチを握りしめたまま膝の上で行儀良く揃えられたマユラの手を包み込むように握りしめてきた。


「嘘じゃない、取り繕っているわけでもない。わかってくれ。お前に嫌われたくなくて必死なんだ」


「どうして?どうして私に嫌われたくないんです?」


「それは俺が……お前を……」


「私を?」


「お前をっ……」


マユラはイムルが何を言いたいのか察した。

察したが、絶対に先に口に出してなんかやるもんかと思った。


マユラはイムルに握りしめられている手をそっと離し、彼の前髪を後ろに撫で付けて目元をさらけ出した。

そして一心にその青紫の瞳を見つめる。


言って。早く言って。

ちゃんと私を見て、あなたの言葉できちんと告げて。


「俺は、お前が、大切で、かわいくて、仕方がないんだ……」


「どうして?どうしてそう思うんです?」


「それは俺が、お前のことを……愛してるから……」


「聞こえません。もう一度、ハッキリと言ってくださいっ……」


「俺は!お前がっ、マユラが好きだ!初めて会った時から、どうしようもなくお前に惹かれていたっ!だから妻にと望んだっ……え、わっ?マユラっなぜまた泣くっ!?」


マユラに乞われて想いの丈を打ち明けたというのに再び、いや三度(みたび)大粒の涙を零し出したマユラに、イムルは焦燥感を露わにする。


「マ、マユラっ……」


「イムル様のバカ!そんな大切なことは最初に言っておいてくださいっ!私はてっきり、この結婚はイムル様の面倒を見るのに都合がいいから私が充てがわれたのだと思っていたんですよ!」


「都合がいい妻と言ったのはそういうことか?ち、違う、それは違うぞマユラっ……」


「もう!ホントに紛らわしいんです!勘違いするような行動ばかりして!……でも私もごめんなさいっ……私も最初から何もかも諦めたりせずに自分の考えを伝えれば良かった……私だって充分言葉足らずでした、本当にごめんなさいっ……」


泣きながらそう言ったマユラを、

イムルは優しく掻き抱くように抱き寄せた。


「いや、圧倒的に俺が悪い……すまん、すまんマユラ。頼む、出て行ったりしないでくれ……ずっと俺の妻でいてくれ……」


いつもの気怠げなイムルとは違う。そんな必死な様子を見て、不器用でも懸命に言葉を紡いで想いを伝えようとするイムルを見て、(こわ)ばり(かじか)んでいたマユラの心が解れていく。


マユラはイムルの腕の中で泣きながら、何度も頷いた。



部屋の外では主人夫婦の声を聞きつけ駆けつけたハウゼンとザーラが「どうやら問題は解決したようだ」と結論付けてそれぞれの仕事に戻っていったのであった。









次回、最終話です。


ユクノキの花が咲いたら……


イムルとフローラの事情。

イムルがどうするつもりだったのかがわかります。


そして、別宅のフローラが登場しますよ。

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