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閑話 あの時のイムル

「お前が掃除をするわけじゃない!そんなこと端から期待しておらんっ……ここにいる用務員の彼女にしてもらうんだ」


そう言った師団長が連れて来た用務員がマユラであった。


赤みがかったブラウンの髪に六月の葉の色(イムルの個人的なイメージ)である緑の瞳。

一見凡庸で大人しそうに見えたその用務員が的を得た指摘をした後に、テキパキと片付け作業をする様子にイムルは興味を引かれた。


思えばそのファーストコンタクトからしてマユラは他の女とは違っていた。


少年と呼ぶ年齢の頃からその見目の良さから一方的な好意を寄せられ押し付けられていたイムルは、成人を迎える頃には熟練した熟年男性のような俯瞰した価値観を持っていた。

女など煩くて利己的で打算の塊ですぐ感情的になって泣く面倒な生き物であると勝手に定義付けていたのだ。


だがマユラはこれまでイムルに擦り寄ってきたどの女性ともタイプが違っていた。


どこか自分に似ているような気がする。

もっともこれまで人の心どころか己の心情にさえも無頓着に生きてきたイムルは、そう感じたことにすら気付かなかったのだが。


イムルは侯爵家の庶子であった。

父である侯爵が戯れにメイドに手を付け身篭らせた子ども。

世間体を考えて認知はされていたが、侯爵夫人の悋気に触れ解雇となった母と共に市井に捨て置かれた。


父親から送金されるわずかな生活費と母の少ない稼ぎでの慎ましやかな暮らしであったが、イムルにとっては平和な子ども時代であった。


しかしイムルが十歳の頃、母親が流行病(はやりやまい)で呆気なく死んだことにより、彼の人生は一変した。


これまた世間体を考えて引き取られた侯爵家で、イムルは精神的に虐げられる生活を余儀なくされたのであった。


肉体的に直接虐げられたわけではない。

一応は当主の血を引く子どもとして、少なくとも使用人のように扱われることはなかった。

食事はきちんと与えられていたし、衣服もまともなものを着せられていた。

教育も、異母兄姉たちよりは多少劣るとしてもそれなりの一般教養は受けさせて貰えた。


だが存在を否定されるような、侯爵家において異物のような扱いを受け続けたのである。


余計なことは一切喋るな。

極力声を聞かせるな。

なんなら同じ空間で呼吸をするな近寄るな。

など、ネチネチと心無い言葉を受ける日々。


しかしそれ以上エスカレートしなかったのはイムルが侯爵家の始祖の再来と一部囁かれるほどの高魔力保持者であったからだろう。

いずれ報復されるのを恐れて、侯爵家の人間たちは段々とイムルの存在を無視して空気のように扱うようになったのであった。

まぁそれの方がイムルにとっては気が楽で都合が良かったのだが。


それに救いであったのはこれも世間体として一応充てがわれた魔術家庭教師が可愛がってくれたこと。

知る人ぞ知る、知らない人はホントに知らないという、魔術機械人形(オートマタ)の先駆者と名高いその老魔術師の影響で魔術機械人形(オートマタ)造りという生き甲斐に出会えたことも僥倖であった。


イムルは魔術機械人形(オートマタ)造りの副産物というかオマケとしてメキメキと魔術師としての頭角を現していったのであった。


しかし出来れば一日のほとんどを魔術機械人形(オートマタ)造りに当てたいと思っているイムル。

そのためそれ以外全てのことを無駄、面倒なことだと位置づけるようになってしまった。


そしてそのまま魔術師となり独り立ちをし……功績により史上最年少で研究棟に研究室を与えられた後に、汚部屋を生み出してしまったのであった。


それを見かねた師団長が連れて来た用務員マユラ。


第一印象は「頭は悪くなさそうだな」である。


人として社会人として頭のネジが一本足りないと評されるイムル。

変人が多いとされる魔術師という職業であるから許される(?)ものの、その他の職業では圧倒的社会性不適合者の烙印を押されるような人間であるくせに、自分のことを棚に上げて偉そうにそう思ったのであった。


そんな彼女が片付けの最中で見つけた人形(ドール)の瞳。


その瞳を美しいと、そして瞳の色が元はイムルのものだと知った時のマユラの微笑み。

それを見たとたんに、イムルは人形(ドール)を製作する時たまになる魔力による漏電でビビビと痺れたような感覚に陥ったのであった。


瞳が美しいなんて初めて言われた。

侯爵家では引き取られた直後から侯爵家の色を持たない青紫の瞳が不気味だ目障りだと言われ続けた。

その瞳の色を初めて褒めて貰えたのだった。

まぁ魔術師となってからずっと前髪で隠し続けてきたのだから、瞳自体が他の者の目に触れる機会がなかった。

なので褒められる機会がなくて当然なのだろうが、それでもイムルにとっては初めてのことだったのである。



それからというもの、なぜかわからないが寝ても覚めてもマユラという用務員の事が気になって仕方がなかった。


もうあの用務員は掃除に来ないのかと師団長に尋ねたら、まるで天変地異でも起きたような顔をされたのが謎だった。

だがその後、師団長の差し金かマユラが書類を届けに来てくれた時は、顔が見れて嬉しいと思ったのだ。


それが恋だというものだと師団長がニヤケ顔で言ったのが若干癪に障ったが、なるほどと素直に思えた。

何かの文献で読んだ、恋愛感情というものの症例に似た状態に今の自分が陥っている。

そしてそれを自覚して、すんなりと受け入れることができたのだ。


イムルの中で恋というものが都市伝説ではなかったと証明された瞬間でもあった。


そしてそんなイムルに師団長がマユラとの縁談を打診してきたのであった。

結婚して少しでもまともな人間になってくれと師団長には言われたが、それとは別に恋をしたのであれば結婚しなければならないだろうと、ある意味初心ウブで生真面目なイムルは、その時そう思ったのであった。


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