3
念のために、善太郎にも例のことを伝えることにした。私はスマホで善太郎と話す。
「安仁屋くん、ちょっといいかな?」
「オウ、どうした? 何か分かったのか?」
「実は、容疑者の家に向かっていたんだけど、その過程で――暗号を解読したのよ」
「マジか。教えてくれ」
「いいわよ?」
それから、私は善太郎に件の暗号を説明した。
「芹澤充が残した暗号って、『\u6d45\u5229\u52c7\u6597』という謎の文字列だったんだけど、この文字が示すモノって――『ユニコード』なのよ」
「ユニコード? パソコンやスマホで使われる文字を暗号化したモノか?」
「そうよ。容疑者の1人である坂下薫はゲーム会社のデバッガーで、当然だけどそういうモノには精通してたって訳。それで、本題に入るけど――」
「オウ、説明してくれ」
私は、善太郎に暗号の解読方法を説明した。
「後でスマホに送るけど、『\u6d45\u5229\u52c7\u6597』という文字列は――16進数を組み合わせたモノなの。16進数は0からFまでの16文字で成り立ってて、現在のコンピュータにおける基本中の基本の数字なのよ。まず、『\u6d45』から解読していくけど、これは漢字で『浅』って書くのよ。次に『\u5229』を解読すると――『利』ってなる。この時点でほぼ答えは出てるんだけど、残り2文字の『\u52c7\u6597』を解読すると『勇斗』って表示される。つまり、犯人は――浅利勇斗って訳」
「そうか。――お前、すごいな」
「いや、すごいのは暗号を解読してくれた坂下薫に言ってよ。私は何もしてないわ」
それから、私は善太郎にあることを伝えた。
「そうそう。安仁屋くん、今どこ?」
「オレなら仕事中だが? まあ、今日はリモートワークで自宅が職場だけどな」
「西九条からそっちって、すぐに行けそう?」
「あー、西九条か。――微妙だな。とりあえず、来てくれるんだったらオレは歓迎するぜ?」
「分かった。すぐに向かうから、待ってて」
安仁屋善太郎という人物が住んでいる場所は――大阪市内の京橋である。昔のコマーシャルで「京橋は良いところだ」なんて言ってたけど、実際は治安の悪い場所である。とはいえ、最近の「グリ下」と呼ばれる場所よりは遥かにマシなのだけれど。
私はバイクを走らせて、京橋方面へと向かっていく。だいたい30分ぐらいで着くとはいえ、大阪市内を横断していくのは少々骨が折れる。
やがて、善太郎の住む場所――京橋の一等地にあるタワーマンションが見えてきた。駐輪場にバイクを停めた上で、私は彼の部屋番号を入力する。
「――来たけど?」
「オウ、来たか。入ってくれ」
そう言って、マンションのエントランスは解錠された。善太郎の部屋があるのは9階だから、エレベーターで上がっていく。
目的の階に着いたところで、私は――善太郎の部屋のドアホンを押した。
当然だけど、善太郎はすぐにドアを開けてくれた。
「ああ、待っていたぜ? 中に入ってくれ」
*
善太郎の部屋は、私の部屋よりも整理整頓が行き届いていた。――見習わないといけない。
コーヒーを淹れてくれた上で、テーブルにはクッキー缶が置かれていた。せっかくなので、私は真ん中にジャムが乗っている高そうなクッキーを頂くことにした。
クッキーを食べながら、私は話す。
「つまり、坂下薫が解読した暗号はこんな感じだったのよ。多分、犯人を悟られないように敢えてユニコードに変換したんでしょうね」
「なるほど。プログラマーらしい考え方だな。――それで、お前は浅利勇斗の家に向かうのか?」
「向かおうと思ってるけど、やっぱり私だけじゃ心細くて……。ここは安仁屋くんの力を借りようと思って」
「ああ、確かに言い出しっぺはオレだもんな。だから、オレがこの事件のケリをつけないといけない。それは分かっているぜ?」
「そうと決まれば、浅利勇斗の家に向かって――白状してもらうだけね」
私と善太郎は、それぞれの乗り物で――浅利勇斗の家に向かった。
*
善太郎は日産GTRの中で待機するという形になった。
「――幸運、祈っているぜ?」
「任せなさいよ」
私は、浅利勇斗の家のドアホンを押す。
「――また君ですか。いい加減にしてくださいよ」
そう言う彼に対して、私は殺人の証拠を突き出す。
「これを見た上でも、そうとは言い切れるでしょうか? これは、あなたの同僚である坂下薫が解読した暗号です。暗号は文字コードの一種であるユニコードに変換されていて、芹澤充はあなたに殺される前に『浅利勇斗』という文字を入力していました。当然、このまま入力すると悟られてしまうので――『\u6d45\u5229\u52c7\u6597』という文字列に変換した上で息を引き取ったのでしょう」
「くっ……」
浅利勇斗は、憔悴した表情を見せていた。私は追い打ちをかけていく。
「ここで問題になるのは『どうして芹澤充は背中を一文字に斬られて殺害されたのか』ということですが、少し家の中に入らせてもらってもよろしいでしょうか?」
「だから、僕の家はリフォーム中なんですか……」
「嘘は吐かないほうが良いと思いますよ? ほら、安仁屋くんも」
「オウ、分かったぜ」
そう言って、私と善太郎は浅利勇斗の家にノコノコと入っていった。ノコノコと入っていった上で、凶器は――割とすぐそこにあった。
善太郎は、それを見て話す。
「玄関にある日本刀。これこそが――芹澤充の命を奪ったモノだな。流石に無銘の刀だろうけど、こうやって飾ってあるってことは家宝か何かだろうな」
「ぼ、僕が日本刀を扱う? そんなバカな話、信じませんよ!」
反論する芹澤充に対して、善太郎は――トドメを刺した。
「そう言わなくても、鞘にお前の指紋がベッタリと付いているぜ?」
朱色の鞘には、善太郎が言う通り――白いモノがくっきりと付いていた。多分、拭き取るのを忘れていたのだろう。
善太郎は話す。
「大阪府警の刑事は『事件現場にナイフが残されていた』って言っていたが、アレは凶器じゃなくて『ハントモンスター』に出てくる武器のモデルというか、実物大のサンプルだった。そこにいる小説家はナイフを武器に魔物を狩っていたからな、証拠品を見たフェーズでピンときた」
そこにいる小説家。――私のことか。そして、善太郎は話を結んだ。
「だから、事件現場のナイフは『それで殺した』というフェイクでしかなかった。そういうことだろ?」
当然だけど、芹澤充は――俯いている。
「すみません、確かに芹澤先輩は――僕が殺しました。『ハントモンスター』の最新作を開発するフェーズで芹澤先輩とトラブルになってしまい、そのうち殺意の感情が湧くようになって、最新作の発売日に彼を殺害しました」
芹澤充が動機を説明したところで、善太郎は腕を組んで話す。
「ストレスが溜まっていたからって、相手を殺害するのはもっての外だ。ましてや、お前にとって芹澤充という人物は大切な先輩だったんだろ? どうして殺したんだ?」
「そ、それは……」
「ああ、分かっているぜ? お前、あの時――酒を飲んでいただろ?」
「酒? それのどこが殺害事件につながるんでしょうか?」
「先ほど、大阪府警から連絡があって、事件現場に充満していたアルコール度数を調べてもらった。その結果――アルコールが検出されたぜ?」
善太郎の言いたいこと、なんとなく分かるかもしれない。私は言葉を発した。
「つまり、浅利勇斗は酔った勢いで芹澤充を殺害しようと思ったの?」
私の考えは、合っていたらしい。
「オウ、その通りだぜ? 発売記念の打ち上げパーティーで酒を飲んだ浅利勇斗は、そこで芹澤充を殺害する決心がついた。でも、酔った勢いで殺害したということは、当然シラフの時の記憶がないということだ。だから、浅利勇斗は――『芹澤充を殺害した時の記憶』が抜けているって訳だ」
そこまで説明したところで、浅利勇斗は――折れた。彼は、俯きながら自分の罪を認めた。
「――自首します。どうせ僕が悪いんでしょう?」
「オウ、そうだな。さっさと自首するんだな。――警察まで、送ってやるぜ?」
そう言って、善太郎は自分の日産GTRに浅利勇斗を連れ込んだ。多分、このまま出頭するのだろう。
私が考えても仕方がないのだけれど、やっぱり生きている以上対人トラブルは避けられない。だからこそ、人間関係は上手く築き上げていくしかないのだ。それはコミュ障の自分でもそう思うのだから、当然だろうか。
空にはオレンジ色の雲が浮かんでいる。――すっかり、夕焼けになってしまったな。なんかやりきれない気持ちになりつつ、私はバイクを走らせて芦屋へと戻った。
K談社向けの長編を書きたいのでしばらく休載させてください。ごめんなさい。