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結局のところ、容疑者リストの3人は全員『ハントモンスター』の開発者であり、何らかのトラブルに巻き込まれて芹澤充という人物は殺害されたのだろうと思った。
何らかのトラブル。――恐らく、バグが出たのだろうか。
事実、このゲームは度重なるバグで延期になったという経緯がある。当然、発売されたところで毎週のように修正パッチが配布されている。
昔ならそういうバグの類は「クソゲー」として笑って流せたけど、ゲーム機の性能が進化するに連れてバグも見過ごせなくなってきた。故に、バグはあってはならないモノとして恐れられている。
当然、バグの原因はプログラミングによるミスであり、それをチェックして除去するのがデバッガーの仕事である。故に、デバッガーという仕事はかなり神経を使う。神経を使うということは――当然、かなりイライラしている。
となると、事件の犯人はデバッガーである坂下薫だろうか? いや、考えすぎか。一旦、その考えは捨てよう。
こういう時、頼りになるのは――やはり、自分の頭脳だけである。
適当にチョコレートをかじりながら、事件の犯人を考える。――そうだ、件の暗号についても考えなければ。
件の暗号は「\u6d45\u5229\u52c7\u6597」という気持ち悪い文字列が芹澤充のパソコンの画面上に表示されていたとのことだった。多分、彼なりのダイイングメッセージなのだろう。
3人の容疑者について色々と知りたくなった私は、直接ゲーム会社へ向かおうと考えたが……やはり、それはマズい。もっと能率的な手段を考えなければ。
*
結局、私はバイクで容疑者の自宅へと向かうことにした。住所録によると、菅野愛莉は西宮在住であり、浅利勇斗は尼崎在住、そして坂下薫は大阪市内――西九条に住んでいるとのことだった。バイクで行っても余裕だ。
バイクを走らせて数キロ。菅野愛莉の住む自宅が見えてきた。――多分、夙川周辺だったと思う。
私はチャイムを押して、彼女を呼び出す。
「――私に、何の用でしょうか?」
彼女がそう言うので、私は思っていたことを正直に答えた。
「実は、菅野さんが殺人を犯したんじゃないかって思って……」
当然だけど、彼女は事件の関与について否定する。
「私はそんなことしません。――帰ってください!」
ああ、やっぱりそう言われてしまうか。困った私は善太郎の名前を持ち出すことにした。
「実は、私――こういう者なんです。私自身は小説家なんですが、一応安仁屋善太郎という探偵の助手も務めているんです」
「探偵の助手ですか。――仕方ないですね、中に入ってください」
そう言って、菅野愛莉は私を家の中へと入れた。――ちょろいな。
淹れてくれたコーヒーを飲みながら、彼女は話す。
「――なるほど。確かに、私は芹澤さんと共にゲームの開発に従事していました。でも、その実態は修羅場というか、地獄そのものでした。なんというか、職場は常に怒号が飛び交っているんです。正直言って、私は会社を辞めようと思っていたぐらいです」
「そうなんですか。――大変なんですね」
「大変とかそういうレベルじゃないですよ。本当に」
ため息を吐きながら、彼女は一通り経緯を話してくれた。
私は、彼女に対して件の暗号を尋ねてみた。
「ところで、この暗号について何か知っていることはないでしょうか?」
「暗号? 詳しく見せてもらえないでしょうか?」
「いいですよ? ――こんな感じです」
しかし、彼女の答えは――私の望む答えではなかった。
「うーん、分からないですね……。力になれなくてすみません」
「そうですか。――そんなに落ち込まなくても良いんですよ?」
そう言って、私は菅野愛莉の家を後にした。
*
浅利勇斗の家は、尼崎南部にあった。いわゆる「治安の悪い場所」であり、普段は避けて通るようにしている。でも、こればかりは仕方がない。
彼は話す。
「僕はそんなことしませんよ。ましてや、芹澤先輩を殺害するなんてもってのほかです」
「でしょうね。――中に入らせてもらえないでしょうか?」
私の要求を、彼はあっさりと否定した。
「すみません、今――家のリフォームで立て込んでいて……」
言われてみれば、家の周りは騒がしい。どうやら、リフォームをしているというのは嘘ではないらしい。
「そうなんですね。それじゃあ、この暗号だけでも……」
そう言って、私はスマホで件の暗号を見せた。
「この暗号について、何か知っていないでしょうか?」
「――知らないですね」
そこまで言うのなら、仕方がないか。私はそう思った。
「それじゃあ、失礼します」
そう言って、私は浅利勇斗の家を後にした。これで、向かうべき場所は――ただ1つである。
*
バイクは、兵庫県を抜けて大阪府へと入っていった。その中でも西九条は「ハリウッドな遊園地」がある場所として知られているが、所詮は工業地帯である。
そんな工業地帯を通りながら、目的地――坂下薫の家へと向かう。どうやら、高層マンションに住んでいるらしい。
マンションの部屋番号を入力して、坂下薫を呼び出す。
「はい。――誰でしょうか?」
「えっと、私はこういう者ですが……」
「探偵の助手? 世の中には珍しい職業もあるんですね。――ああ、確かに僕が坂下薫です。とりあえず、中へ入ってください」
そう言われたからには、中に入るしかない。私はエレベーターで彼の部屋まで向かった。
「――なるほど。そこにある容疑者リストの誰かが芹澤君を殺害したということになっていて、僕も容疑者の1人であると。そう言いたいんですね?」
「その通りです。残念ながら、あなたも容疑者の1人ですが……」
「それは知っていました。だって、芹澤君を含めた僕たち4人が――『ハントモンスター』の開発チームですから」
やはり、そうなのか。私は坂下薫に対してもう少し詳しく尋ねることにした。
「つまり、『ハントモンスター』はあなたたちの作品であると」
「そうですね。――もっとも、僕はただのデバッガーでしかないんですが」
「いや、デバッガーも立派な仕事だと思いますよ? デバッガーなしではソフトウェアは成り立ちませんから」
「そうですよね。――ああ、それで……芹澤君は開発チームのリーダーとして僕たちを指揮していました。プログラマーの菅野愛莉、デザイナーの浅利勇斗、そしてデバッガーの僕。それ以外にも色々な人員が関わって、初めて『ハントモンスター』というゲームは完成するんです。事実、最新作の開発は1年以上かかっていますからね」
確かに、今どきのゲームの開発期間は――1年以上はザラであり、長いモノになると5年以上かかるなんてモノもある。ゲーム機の性能が良くなれば良くなるほど、開発期間も延びていくのである。
故に、1つのバグに対する修正は大変なモノであり、膨大な数のコードを辿らないとバグの場所に辿り着かないのである。――気が遠くなりそうだ。
彼は話を続ける。
「最新作に関して言えば、確かに開発は大変でしたよ。毎日が地獄でしたからね。当然、残業も日常茶飯事で、長期休暇を返上して開発に勤しむなんてこともありましたから」
それはそうだろう。――つくづく、大変な仕事だと思う。そういうことを念頭に入れた上で、私は彼に話した。
「仮にですけど、開発の過程で人間関係が悪化して――『殺したい』と思ったことはないでしょうか?」
「いやいや、とんでもない。そんなことはありませんよ。僕たちは『チーム』だと思っていますからね」
当然の答えしか帰ってこない。――彼が犯人という線は、捨てたほうが良いか。私は話を件の暗号に切り替えた。
「ところで、この暗号――見覚えがありませんでしょうか? 多分、デバッガーなら分かると思いますが……」
そう言って、私はスマホで彼に暗号の写真を見せた。すると、彼は――表情を変えた。
表情を変えた上で、彼は話をする。
「ちょっと待ってください! その暗号、僕に解読させてください!」
彼が言うには、どうやら――これは「文字コード」と呼ばれるモノらしい。ということは、犯人の手がかりがつかめるかもしれないのか。
私は、カチャカチャとなるキーボードを見ながら、暗号の解読を待っていた。
*
数分後、暗号の解読が終わったらしい。
彼は話す。
「解読、完了しましたよ? ――えっ、嘘? そんなことがあり得るんでしょうか?」
「どうしたんでしょうか?」
「――いや、何でもありません。でも、彼はそんなキャラじゃないです」
「なるほど。――でも、その画面に映し出されているメッセージは、恐らく事実なんでしょうね」
私は、パソコンのモニタを見た。
――なるほど。私は、腕を組んで彼に話した。
「薫さん、これが本当なら――多分、事件はすぐに解決するでしょうね。任せなさい」
坂下薫のパソコンのモニタに映し出されていたモノ。それが事実だとしたら――やはり、犯人はあの人物しかいない。私はそう思った。