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その日は新作ゲームの攻略で忙しかった。
ゲームの内容は「狩った魔物から素材を得て、素材から武器を作って強くする」というモノだった。
私はオンラインで強い魔物を狩っていたが、どうしてもクリアできない。クリアしようと思っても、やられてしまう。
あまりにもやられてしまうので、私はコントローラーを投げ出して攻略を諦めようと思った。――スマホが短く鳴っている。メッセージか。
メッセージの主は、当然の如く善太郎だった。
――オウ、彩香。今何してるんだ?
――お前さえ良ければ、今からそっちに向かう。
――たいしたことじゃねぇが、お前も興味を示すんじゃねぇかって思ってな。
一体、何なのよ? 私は善太郎のメッセージに返信した。
――安仁屋くん、急に言われても……。
――まあ、別に来てもらったところで都合は悪くないんだけど。
これでいいか。――返信はすぐに来た。
――分かった。今からそっちへ向かうぜ?
どうせ「事件を解決してくれ」とかそういう依頼だろう。私はそう思っていた。
*
善太郎のスマホにメッセージを送信してから数分後、彼はやってきた。
そして、案の定――私に事件の解決を持ちかけてきた。
「オウ、彩香。実は厄介な案件に巻き込まれてしまってな」
「厄介な案件? 一体何よ?」
「ああ、実はゲーム開発会社のプログラマーが殺害されてな。今お前がやっているそのゲームの開発者というか……生みの親だぜ?」
そう言って、善太郎は私のゲーム機を指さした。
「えっ? このゲーム?」
「そうだ。プログラマーの名前は『芹澤充』というらしい。吹田に本社機能を構えるゲーム会社の腕利きプログラマーで、大阪府警では何らかのトラブルに巻き込まれて殺害されたと見ているぜ?」
「でも、どうしてゲーム会社にとって優秀な人材を殺害する必要があるのかしら? 私には分からないわよ」
「そこなんだよな、そこ。オレも色々考えてみたが、やっぱり分からねぇ。そこで、お前の頭脳を借りようと思ったんだ」
そう言いながら、善太郎は自分のこめかみに指を当てて――ツンツンした。ムカつく。
若干のムカつきを覚えつつも、私は善太郎の要求を断っていく。
「もしかして、あの時のファインプレーをまだ擦ってるの? いい加減忘れてよ」
あの時のファインプレー。――言うまでもなくメリケンパークで発生した「犬による事故死に見せかけた殺害事件のこと」だろう。
それでも、善太郎は引き下がらない。
「ああ、忘れるべきだろうけどな――どうしても忘れられねぇんだ。もちろん、お前が小説の執筆で忙しいのは織り込み済みだぜ?」
「じゃあ、帰ってよ」
「帰るわけがねぇだろ。――ああ、コイツか。コイツはこうやって倒すんだぜ?」
そう言って、善太郎はゲーム機のコントローラーを握って――魔物を倒した。
「それ、どうやってやったのよ?」
善太郎は、腕を組みながら話す。
「教えてほしいか? 100万円出してくれ」
当たり前だけど、そんなお金は持っていない。私は断った。
「お金取るのね。――じゃあいいや」
案の定、善太郎は――笑っている。
「お前、冗談を真に受けるタイプか。だから何をやっても上手くいかねぇんだな」
私のことを見透かされている。――仕方ないな、ここは協力してやるか。
「分かったわよ。――その、芹澤充が殺害された事件について推理を協力すればいいんでしょ?」
「ああ、その気になってくれたか。――じゃあ、説明するぜ?」
善太郎の話によると、芹澤充は自宅で背中にナイフのようなモノで斬り殺されていた。傷痕はきれいな一本線であり、他に斬られた痕跡は見当たらないとのことだった。
「――そういう訳だ。芹澤充は完全な密室状況で何者かに殺害された。件のゲーム会社自体がリモートワークを推奨していて、当然彼はリモートワークで働いていた。ちなみに、ゲーム会社の本社は吹田市だが、芹澤充の自宅があるのは吹田じゃなくて天王寺だ」
「天王寺ねぇ……真逆ね」
確かに、天王寺は吹田から考えるとかなり距離がある。普通に考えて、他の社員が芹澤充を殺害することは不可能である。となると、やはり事件の犯人は彼に対して恨みを持つ人間だろうか?
私は、善太郎が持ってきた資料をまじまじと見つめる。
「容疑者リストはこんなものか。――全員怪しそうに見えるわね」
「オウ、そうだな。特に怪しそうに見えるのは誰だ?」
そう言って、善太郎はタブレット端末から容疑者リストを開いた。
容疑者は3人だった。1人目は「菅野愛莉」という女性で、芹澤充と同じ部署で働くプログラマーだった。2人目は「浅利勇斗」という男性で、プログラマーというよりは――ゲームデザインを手掛けていたらしい。そして、3人目の容疑者は「坂下薫」という男性で、ゲームに対するデバッグを担当していたらしい。
こうやって見ると、やっぱり――ゲーム業界というモノは大変なのか。私はそう思った。
――そうだ、善太郎の質問に答えないと。私は彼の質問に答えていった。
「うーん、普通に考えると菅野愛莉が怪しいと思うわ? 同じプログラマー仲間だと、ギスギスした挙げ句相手を殺すなんてこともあり得るし」
「なるほど。――お前の考えは中々いい線いっているな。ちなみに、凶器となったナイフからは指紋が検出されていない。犯人はよほど用意周到だったと見えるな」
そういえば、殺害現場にはナイフ以外のモノが残されているのだろうか? 私は善太郎に質問をしてみた。
「ところで、ナイフ以外に残されていたモノってあるの?」
私の質問に対して、善太郎は咳払いをしつつ答えていった。
「ああ、そういえばこんなモノがあった。――暗号か、これ?」
そう言いながら、善太郎は私に件のモノを見せてきた。
【\u6d45\u5229\u52c7\u6597】
――なんだろう、コレ。文字として見るとすごく気持ち悪い。
私はその暗号をスマホのカメラで撮影して、メモを取った。
それから、善太郎は話す。
「お前がどう思うかは知らないけど、多分、これは――『ハントモンスター』を開発していたフェーズで起こった事件だと思うぜ?」
ハントモンスター。――私が遊んでいるゲームのことか。長寿シリーズであるが故に、開発時のトラブルも絶えないのだろう。私はそう思った。
*
善太郎は、適当に資料を置いていって帰った。――相変わらず、身勝手だ。
仕方がないので、私は容疑者リストから事件の様子を想像して、容疑者をあぶり出すことにした。多分、この3人の誰かだということは間違いない。それ以前に、芹澤充はなぜ背中を斬りつけられたのか。無数にある殺害の手段から、斬殺を選んだことが――分からない。
頭を抱えつつ、私は――資料をじっくり読むことにした。