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村瀬隆宏は、六甲アイランドにあるタワーマンションに住んでいたらしい。エントランスで部屋番号を入力して、ロックを解除してもらう。
エレベーターを上がっていって、目的の場所にたどり着いた。ドアホンを押したのは、善太郎だった。
「――探偵だ。中に入らせてもらうぜ?」
そうは言うけど、探偵じゃないでしょ。――まあ、いいか。
私はてっきり村瀬隆宏のことを既婚者だと思っていたけど、実際は独身だったらしい。その証拠に、彼以外の生活の痕跡が見当たらなかった。
善太郎は村瀬隆宏に質問する。
「村瀬隆宏、お前は高梨乃絵瑠が殺されたことについてどう思っているんだ?」
その答えは、当然のモノだった。
「そりゃ、悲しいですよ。僕は乃絵瑠さんと付き合っていましたからね。――探偵さん、僕を疑っているんですか? 僕は乃絵瑠さんを殺したりしないですよ? 恨む要素なんて持っていないですから」
「それはそうだろうな。――お前、医者だったな」
「確かに、僕は病院で働いていますが……医者というよりは、レントゲン技師ですね。患者さんの体を撮影して、悪いところがないかを見る。それが僕の仕事ですから」
「病院で働いているなら、ツベルクリン検査のことも知っているだろう?」
「ええ、知っていますけど……現在では使われていないと聞きました」
「ああ、小学校におけるツベルクリン検査は平成24年に廃止されているからな。ツベルクリン検査は元々結核の感染リスクがあるかどうかを検査するためのモノだが、現代において結核の感染リスクはほとんど無いに等しい。だから、検査する必要もなくなったんだ」
「そこは、探偵さんのおっしゃる通りです。ウチの病院でも、結核患者はいなくなった訳じゃないですが、昔よりは格段に少なくなりましたからね」
「オウ。――お前はシロだ」
善太郎は、村瀬隆宏を「シロ」判定にした。というか、元々シロとして見ていたのだろう。
村瀬隆宏は、善太郎の「判定」にそっと頷いた。
「それじゃあ、乃絵瑠さんを殺害した犯人は……」
「それはまだ分からねぇ。まだ調べている途中だからな」
「そうですか。――幸運を祈っています」
「分かったぜ。何か手がかりを掴んだら、お前に連絡するからな」
そう言って、私たちは村瀬隆宏のマンションを後にした。
*
マンションを後にしたところで、私は話す。
「ねえ、安仁屋くんは誰が怪しいと思ってるの?」
私の質問に対して、善太郎は答えていく。
「うーん、まだ分からないな。でも、少しずつだけど事件の全容は見えてきたぜ?」
「ホントに?」
「本当だ。――次は、桐山悟の家に行くぜ。場所は三宮だ」
「三宮?」
「ああ、さっき桐山悟に連絡したところ、『三宮のライブハウスに来てくれ』と言われた。どうやら、今晩公演をやるつもりだろう」
「なるほどねぇ……。分かったわ」
そういう訳で、次は桐山悟が待つライブハウスへと向かうことにした。
*
桐山悟が指示した場所は、三宮の繁華街――というか、裏路地の怪しげな場所だった。どうやら、ここにライブハウスがあるらしい。
ライブハウスの裏口――というか、関係者専用入口へと向かい、警備員に事情を説明した上で中に入った。そして、デニージョップの楽屋の中で――善太郎は話をする。
「お前が桐山悟か?」
「確かに、俺が桐山悟だ。――探偵ごっこはそこまでにしろ」
「ああ、お前の言う通り、オレがやっていることは探偵ごっこだ。でも、人が死んでいるんだぜ? ――お前、高梨乃絵瑠という人物を知っているか?」
「知らねぇよ」
「そうか。まあ、知るよしもないか」
しかし、高梨乃絵瑠の写真を見せたことで――桐山悟の態度は急変した。
「少し待ってくれ。俺、少し前に骨折で入院したことがあるんだが、そこで写真の看護師の世話になった。看護師の名前、高梨乃絵瑠って言うんだな」
「オウ、そうだ。――面識あるじゃねぇか」
「そうは言うけど、直接関わった訳じゃない。そこは認めてくれ」
「認めるか。――分かった、お前は犯人じゃないな」
「犯人なんてとんでもない。俺は相手を殺める行為なんてしない」
「分かった。――もうここに用はないな」
そう言って、善太郎は楽屋から出ていった。――私も、行くか。
それにしても、2人共脈ナシだと――犯人は半々の確率か。いや、容疑者がこの4人とは限らない。飽くまでもリストアップした人物は一握りにすぎない。
そんなことを思いつつ、今度は菊池沙奈恵の元へと向かうことにした。彼女の居場所はポートアイランドのマンションだった。――怪しい。
善太郎が、菊池沙奈恵に話しかける。
「――お前、この人物が殺害されたときにブレイキンの練習をしていたらしいな」
「はい、確かに私はあの時ブレイキンの練習をしていて――殺害現場を目撃しました。でも、この女性を殺した訳じゃありません。それは信じてください」
「オウ、信じるぜ? ――ところで、ブレイキンの練習ってどうやるんだ?」
「そこですか……。ブレイキンは、Bluetoothスピーカーで音楽を流して練習します。もちろん、夜間だと近所迷惑なのでイヤホンは装着していますが……」
「なるほど。警察の話によれば、写真の女性が殺害された日時は12月11日の午後10時頃と推定されている。当然、時間帯を考えれば――お前はイヤホンを装着していたな」
「その通りです。流石に午後9時を過ぎると近所迷惑になりますからね。――あっ、ちょっと待ってください。そういえば……私、スマホでこんなモノを撮影していました」
「本当か。――見せてくれ」
そう言って、菊池沙奈恵は善太郎にスマホの画面を見せた。
スマホの画面には、黒い影と――高梨乃絵瑠だったモノが写っていた。恐らく、犯人だろうか。犯人はかなり大柄な人物で、女性ではないことは確かだった。
それを踏まえた上で、善太郎は話す。
「ということは――犯人は、男性か」
「そうなりますね。念のために、スマホの写真は探偵さんに転送しておきますね」
「オウ、助かるぜ」
そう言って、菊池沙奈恵は善太郎のスマホに件の写真を転送した。
*
そうなると、やはり犯人は――諸星すみれだろうか? でも、彼女は高校生だ。とても殺人に手を染める風には見えない。
そんなことを考えながら、日産GTRは諸星すみれの家へと到着した。どうやら、彼女の家は――長田の開業医らしい。
診察中だったと見えてか、諸星すみれは私たちを病院ではなく家の方へと案内した。
「こっちが家です。――余計なことはしないでください」
「オウ、それは分かっているぜ」
居間では、諸星すみれの母親と思しき人物が待っていた。
「私が、諸星すみれの母親――諸星瑛子です。探偵さんが何の用事でしょうか?」
「実は、お前に見てほしいモノがある。――この写真、見覚えがないか?」
善太郎がそう言うと、諸星瑛子は口を覆った。
「そ、そんな……私の夫が、殺人を? いや、そんなはずはない。夫はそんなことしません!」
「そういえば――お前の夫、何という名前だ?」
「夫は諸星敏夫と言います。ウチ、見ての通り開業医なんですけど、職業は言うまでもなく医師です」
「そうか。――諸星敏夫と話がしたい」
「夫は現在診察中です。今日の診察が終わるまで待ってもらえないでしょうか?」
「いつ頃だ?」
「午後7時ですけど……」
諸星瑛子の言葉を受けて、善太郎は腕時計を見た。
「あと1時間ほど待ったら、今日の診察は終わるな。――待つぜ?」
私の答えは、当然のモノだった。
「待ちましょう。――多分、事件に関する『何か』が分かるかもしれないからね」
善太郎は、頷く。
「オウ、そうだな」
それから、私たちは1時間ほど待つことにした。普通に待っていても暇なので、私は古屋桃子と話をした。
「――そういえば、『ホス狂い』の話で思い出したけど……もしかして、諸星敏夫さんって開業医と何かを掛け持ちしているのかも」
「掛け持ち? 開業医だったらそれだけで食べていけると思うけど……」
「仮に、何か事情があって掛け持ちで働いているとすれば?」
「事情ねぇ……。あっ、もしかして――敏夫さんって開業医として働く傍らホストとして働いていたとか?」
彼女の言葉で、私は大きく手を叩いた。
「――それだ! 高梨乃絵瑠はホストとしての諸星敏夫に貢いでいて、何らかのトラブルに巻き込まれた。そして、逆ギレした諸星敏夫は――彼女を殺害した。そういうところかな?」
私の推理を聞いていたのか、善太郎が反応した。
「オウ、その可能性は大いに考えられるな。――来たぜ?」
善太郎が言う通り、そこにいたのは――紛れもなく白衣を身にまとった諸星敏夫本人だった。